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武田 直邦

武田 直邦 【略歴

森を楽しんで“環境教育”

武田 直邦/中央大学商学部教授
専門分野 比較内分泌学・比較生理学

 「森」という字は山の分類の一つで、山頂までぎっしりと樹木に覆われた山のことを指し、そのような森には神が宿るとされる。中央大の多摩キャンパスは、緑に囲まれた多摩丘陵の森の中にあり、私はそこで、森を楽しみながら環境教育と生き物の保全に当たっている。森には森の神がおり、そこに住む様々な“住人”を見守っているのである。頂点に位置する住人が、タヌキやノウサギであるため、散策するのに安心である。また、絶滅危惧種も、動植物合わせて5指に余る程見られる。その他、雛を連れて散歩のカルガモ、ムツゴを狙うカワセミ、森の麓でじゃれあう仔ウサギ、振り向いたままジッと見つめるタヌキ等、胸がときめくような光景も展開される。

 私の唱える“環境教育”とは、難しいことではなく、只、森の住人の名前を覚え、生物的環境におけるそれらの立場を心得、愛情をもって接することにある。また、必要と判断されれば、それらを育成して繁殖をサポートすることでもある。それはとりも直さず、自然を守り、生き物を慈しむ心を養うだけでなく、生物多様性の維持や生き物との共生、更には生態系の保全に関わる生きた教育になると信じるからである。

1.“金住(こんじん)稲荷”に詣でる

 森に入るには、先ずは、森の神に挨拶をするのが礼儀であろう。本学では、鎮守の森に、金住院なる廃寺から受け継いだお稲荷さまを祭ってある。キャンパスには桃やビワが実り、また、栗やアケビも季節に彩りを添えている。私たちは、季節毎にそれらをお稲荷さまにお供えし、森の散策や調査の無事を祈念している。時には私も、心経や祝詞を唱えもしている。森の中には、石に注連縄を張っただけの“山の神・水の神”も見られ、日本の風土らしい、自然に対する畏敬の念が伺える:正に、森は生きているのである。

2.“トウキョウサンショウウオ”を育成する

 自然の生き物を採集して飼育することは、その生物独自の特徴や習性等を、その生き物から直接学び取る絶好の機会であり、サンショウウオもその例に漏れない。多摩キャンパスは湧水に恵まれており、その一つに、“サンショウウオの谷”がある。従来、3月の半ば頃に前年に産卵した“小池”をさらうと、やがて湧水で満たされ、そこに満を持してトウキョウサンショウウオが産卵に現れる。例年、産みつけられた卵塊の幾つかを別取りし、変態が進んで独り立ち出来るようになるまで、ゼミ生が“全員飼育”で世話をしている。一方、森の“小池”には、時々アカムシを持参でご機嫌伺いに出向き、不足になりがちな蛋白質を補う手助けも行っている。従来、変態が進行して鰓が退化する頃、幼生を小分けにし、数回に渡って放流している。この周辺は、数年前から植林をして生息環境を整えた所でもあり、推定70頭程のトウキョウサンショウウオが潜んでいると見られる。しかし、捕食者のヘビもでる前途多難な厳しい環境でもある。

3.“ゲンジボタル”の飛翔を楽しむ

 夏の風物詩でもあるホタルの飛び交う光景は、何度見ても楽しいものである。この地もまた嘗ては田圃であり、ゲンジボタルが飛び交ったといわれている。その後、ホタル用に水路を造成したことから、自然発生のものを補充する形でゲンジボタルの飼育が行われてきた。私はヘイケボタル飼育の経験があることから相談を受け、爾来、ゼミ生と共に人工飼育に当たっている。飼育を担当したゼミ生は、皆ホタルへの愛着が強く、春・夏・冬の休暇中も厭わず飼育に専念している。そのような中、末田けい子さんの卒業論文、「ゲンジボタルの人工飼育に関する研究」が学部長賞の受賞となり、ゼミ生を大いに活気づけた。

 ところでホタルは、一年では羽化するに至らず、2年を要するのが普通になっている。そのため、カワニナの採集と飼育も本格的にしなければならず、飼育は二重に手間のかかる作業になるものの、担当のゼミ生は、ホタルが羽化し飛翔するのを目標に、ひたすら地味な幼虫の世話を継続してきた。その結果、多い年には80頭余のホタルを羽化させたこともあった。また、ホタル水路への成虫の“放流”も、例年20から30頭を目安に調整している。このような努力の甲斐があってか、最近、野外の水路でもゲンジボタルが着実に殖えているのは嬉しい限りである。

4.住家を追われた“ヤマアカガエル”を守る

 私は着任した年の早春、乗馬部の池で初めてカエルの産卵を見たのをきっかけに、カエルの変態の実習を行ってきた。そのような中、乗馬部周辺に生息していた“ヤマアカガエル”が、これまで産卵していた“池”が競技用に使用されるため、“引越し”をしてやらねばならなくなった。学内に取って代わる池がないため、その年は応急の“水溜り”を造り、池の有機物を入れてオタマジャクシを育て、昨年の秋、桜広場の片隅に相応の“ビオトープ(小池)”を造成した。それは、試掘から完成までの全てが、男子ゼミ生の若い力で行われた代物なのである。

 この春、そこに産まれたての卵塊を入れ、孵化したオタマジャクシが上陸していくのを確認した。その後の生育や生息状況が気になっていた今秋、“ビオトープ”の周辺一帯で、幼体のみならず成体サイズのヤマアカガエルまで、予想を上回って多数確認されるに至ったのである。これは、ヤマアカガエルの救出プロジェクトの成功を告げていることなので、“ビオトープ”造りに尽力したゼミ生は一気に、感動と興奮の熱気に包まれた。今後、産卵に至るまで問題はあるにせよ、ゼミ生が自らの力で、カエルの保全のための第一歩を成功裏に踏みだしたことを喜びたい。

5.環境破壊も生じていた ~ 同じ轍を踏ませないよう ~

 森を楽しむといっても、それは必ずしも良いことばかりとは限らない。時としておぞましい事態に陥ったこともある。キャンパス唯一の湧水のホタル水路が、2005年に上流のサッカー場の人工芝化に際して、そこに撒かれた100トンものゴムチップの毒性成分により、水路は乳濁色に爛れ、生息していた生物は周辺領域も含め、壊滅的な被害を受けたのである。レイチェル・カーソンの“沈黙の春”を地で行くような、信じられない光景が目前に展開したのは忘れることが出来ない。

 その後、湧水と水道水とを水路に流し続ける等の対策により、4年を経過した最近になって、ようやく立ち直るに至ったのである。地主さんによるホトケドジョウの放流も成功し、現在は数センチの稚魚があちこちで見られるようになった。豊饒の生態系が少しずつ戻ってくるのは、嬉しいことである。

 以上述べてきたように、私たちは森の恵みを享受し、森に生きる多くの生き物に親しみ、それら生き物の語りかける様々なメッセージに対処してきた。季節の花が乏しくなっても、また、雪が降れば残された足跡にも森はその都度適切な情報を提供してくれる。 担当の講義でも私は、胴乱に毎回何種類かの季節の草花を入れ、時にはホタルの発光も交えて、キャンパスの生き物を紹介している。これからも、かけがいのない“キャンパスの自然遺産”を楽しむだけではなく、守り続けていかなければと思っている。

 最後に、日野山に閑居した鴨長明は、方丈記で、“恐ろしき山ならねば、山中の景気、折につけて尽きる事なし。”とし、“いわんや、深く思い、深く知らん人のためには、これにしも限るべからず。”と結んでいる、蓋し至言であろう。

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執筆者監修の教養番組「知の回廊」(「ダンゴムシより進化を読む」(第56回))新規ウインドウ

武田 直邦(たけだ・なおくに)/中央大学商学部教授
専門分野 比較内分泌学・比較生理学
1945年山形市に生まれる。1972年東北大学大学院理学研究科博士課程単位修得退学。以後、東邦大学理学部助教授、(株)コスモ総合研究所・バイオテクノロジー部門・主席研究員、理化学研究所・脳科学総合研究センター等での研究を経て、2002年度から現職。専門は比較内分泌学・比較生理学。農学博士。
主要共著書:『The Biology of Terrestrial Isopods』(Academic Press)1984年、『Atlas of Endocrine Organs』(Springer-Verlag)1992年、『Progress in HPLC-HPCE』(VSP Inter. Sci. Pub.)1997年、『Progress in Developmental Endocrinology』(John-Wiley &Sons)2000年。