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教育一覧

平野 廣和

平野 廣和 【略歴

『知性×行動特性』による就業力育成教育

-就業力育成(コンピテンシー育成)教育の必要性-

平野 廣和/中央大学総合政策学部教授・大学院総合政策研究科委員長 キャリア教育委員会委員長
専門分野 構造工学、耐震工学、環境シミュレーション

1. はじめに

 文部科学省平成22年度「大学生の就業力育成支援事業」に本学から申請をした「『知性×行動特性』による就業力育成教育」の取組が2010年9月28日に採択された。2010年度から5ヶ年間である。

 この採択の背景にあるのは、本学の創立以来125年に亘って建学の精神である「實地應用ノ素ヲ養フ」に基づく実学教育を進め、産業界、法曹界、官界等の各界に広く有為な人材を多数輩出してきたことにある。この実績を踏まえ本学では、この取組に関して教育改革の一つとして「就業力」を「知性(専門的知識・技術)」×「行動特性(実地応用する)」と定義し、従来のキャリア形成支援の取組に加え、全学レベルでの体系的な就業力育成に向けた取組を行うものとしている。 本報では、この「就学力育成(コンピテンシー育成)教育」を必要とする世の中の背景と、これを加味しての本学の取組姿勢に関して述べることとする。

2. 現在の大学を取巻く環境

 大学教育の目標は、教養科目から専門科目への体系的学修により個性豊かな人間を育成することにある。さらにこれと併せて教育制度の最終段階にあたる高等教育機関として、「就業力」の涵養を行っている。ここでの前提は、大学入学までに社会や家庭での活動、初等・中等教育を通じて獲得してきた能力を基として具現化してきたことである。しかし、家族構成の変化、コミュニケーションの在り方の変化とツールの多様化、社会との関わりの希薄化など、学生が育ってきた社会環境は大きく変容している。そのため大学入学前に獲得すべき能力が未発達であるため、大学教育を通じての「就業力」の向上が十分にはかれない状況になっている。

 この背景には、大学を取り巻く社会環境の大きな変化が上げられる。世の中は経済の高度成長期から長期低迷期へ、少子化による18歳人口の減少、「生徒」から「学生」への脱皮がはかれない学生の意識状況の変化などの事情がある。特にここで強調したいことは、大学の「入口」としての高校生の精神面での低年齢化という質的変化が年々顕著に表れていることである。少子化の中、めぐまれた家庭環境に育った高校生は、かつてのような人間的な基礎教育を家庭・学校・地域社会において受ける機会が希薄になり、結果として「大学1年生」が「高校4年生」とも称されるような社会的に未成熟な状態で入学して来ている状況である。「生徒」のまま「学生」への意識変換が十分に行われないまま学生生活を送る例も少なくないことが全国の大学で指摘されている。

3. 「『知性×行動特性』による就業力育成教育」の目的

 就業力育成の必要性を学生の視点から考えてみることとする。入学したばかりの新入生は、入学に到るまでにはひたすら受験生活に没頭し、大学入学を目指してきたといっても過言ではない。結果的に大学入学が、まさに人生前半のゴールに等しくなっている。ところがこのゴールで待ち受けていたものは、自己決定・自己責任という「学生」としての新しい意識である。この意識に対応できない社会的に未成熟な学生は、目標を見失い、とまどいながら4年間を過ごしてしまうことになる。また昨今の厳しい社会経済状況の中で、卒業後の自己の進路に不安を抱いている学生も数多くいるのも事実である。このように卒業後の進路を初め、将来を見通した人生設計を立てることが容易なことではない状況下にある。「職に就く」ということに対しても十分な準備のないままに3年次になり、目前の就職活動に取り組み、その結果自分の思いとは異なった職業を選択してしまう場合もある。さらに社会人としての活動を始めてからも、自分自身の存在を見失ってしまう場合も増えている。これは、学生が十分な自己分析や企業研究を行わないまま就職活動を行い就職してしまったことによるもので、その結果として企業とのミスマッチによる短期離職者・退職者の増加との形で表れてくることになる。

 このように問題を抱え、かつ社会的に未成熟な状態で入学して来る学生に対し、就業力育成(コンピテンシー育成)教育の目的は、少なくとも学部3年次までに、最低限の人生観・職業観を持たせることである。さらに4年次までに、職業意識や勤労観の醸成、職業に就くために必要な基礎能力の体得等、卒業後に迎えるべき社会人として必要な知識・技術を教授することである。

4.「『知性×行動特性』による就業力育成教育」の取組

(1)学生自己点検・評価システムの導入

 本取組では、知性を示す指標としての学業成績(GPA)と行動特性を示す指標として本学が独自に定義した「行動特性評価指標」*)を活用する。特に後者は、大学を卒業した職業人に求められる最低限のレベルを設定し、産業界等への「社会的適合性調査」により、職業分野別に設定する「評価指標」項目に係る到達目標レベルを学生に明示している。これにより、実社会に即した能力の獲得に向けた目的意識の明確化と学修意欲の向上をはかっている。

 ここでは、図-1 に示す初年次教育から専門教育までを各年次の進行と伴に育成・評価しながら、「入口」から「出口」まで一貫した4つのSTEPで体系する。さらに、キャリア教育、インターンシップ推進等のテーマによって、テーマ別に設ける各種プロジェクトを通じて体系化した育成指導を行う仕組みとなっている。

 上記の教育取組を支える基盤システムとして、「GPA」と関連づけて「行動特性評価指標」の各評価項目レベルの推移を自己確認できる仕組みとして、「学生自己点検・評価システム」を平成23年度より導入する。これにより学生は、不足する行動特性を補うための「テーマ別プロジェクト」への参加や、将来のキャリアを見据えた計画的な学修・活動プランを組み立てることができる。さらに教職員は、学生個々の入学前情報や学生生活・学修履歴等を踏まえた適切な指導・助言を行うとともに、各種プロジェクトの「育成効果測定」や学生指導履歴のデータベースとしての活用が可能となる。

 一方、学生に対する本取組の周知・啓発は、入学時から履修要項や学生ポータルサイト(C plus)、各種ガイダンス等を通じて積極的に行い、各シラバス及び各プロジェクトに「行動特性評価指標」における各評価項目の到達目標レベルを設定し、学生の主体的な参画に資するものとなる。

*) 本学が2009年度新教育GPに採択された「段階別コンピテンシー育成教育システム」(中央大学理工学部)が基本となっている。代表者の牧野教授らが、米国ワシントン州立大学他を訪問し、engineering educationの要であるsenior design projectの評価ツールTIDEEに関する調査等を行っている。

(2)実施体制

 実施体制は、学長のマネジメント体制の下に新たに全学的な「プロジェクトチーム」を設置し、その運営・推進主体となる。平成22年度より、プロジェクト運営推進ワーキング・グループ及び点検・評価ワーキング・グループ等を設け、就業力育成に係る学内組織間の有機的な連携を図る。さらに、「テーマ別プロジェクト」の運営及び「育成効果測定」等の点検・評価活動を行う。また、大学評価委員会の下に全学で毎年取り組む自己点検・評価活動とも連動し、本取組の持続的なPDCAサイクルを担保することとする。

 一方、産業界等との連携により教育活動面では、これまでの学士教育課程内外における実務家による講義及び課外でのキャリア形成支援取組の推進を強化する。また本取組の点検・評価については、「社会的適合性調査」を通じた大学新卒者に求められる「行動特性評価指標」の適正検証と、本取組における活動内容についての評価を求め、取組全体の改善・高度化を図る。

(3)期待される効果

 本取組により期待される効果は、次の2点である。

  1. ① 「行動特性評価指標」を基礎に置いた「就業力育成メタ・プロジェクト」及び「学生自己点検・評価システム」を両輪とした全学レベルでの就業力育成に向けた体系的な取組
  2. ② 全学的な「プロジェクトチーム」による恒常的な「育成効果測定」及びPDCAサイクルの持続的な運用

 これらにより、産業界等との連携を深めつつ、本取組を通じて社会的に必要な能力や実践的能力を一層高めた学生を安定して輩出することで、大学が社会から負託された教育機能を十全に果たせる仕組みを具現化することにある。

5. おわりに

 本学の建学の精神である「實地應用ノ素ヲ養フ」に基づく「『知性×行動特性』による就業力育成教育」の取組は、平成22年度準備期間を経て、平成23年度から全学レベルでの就業力育成に向けてスタートする。この就業力育成教育を通じ、学生一人一人に自分を見つめ直す機会を与え、新たな目標を持たせることは、充実した学生生活、意欲的な学修姿勢にも結び付くことになり、極めて重要な意味を持っている。本取組が、中央大学学生の育成の一助になるように進める所存である。

図-1 就業力育成(コンピテンシー育成)に関する中央大学の取組

平野 廣和(ひらの・ひろかず)/中央大学総合政策学部教授・大学院総合政策研究科委員長 キャリア教育委員会委員長
専門分野 構造工学、耐震工学、環境シミュレーション
東京都出身。1955年生まれ。1979年中央大学理工学部土木工学科(現都市環境学科)卒業。同大学院理工学研究科博士前期課程土木工学専攻修了の後、三井造船株式会社入社。中央大学理工学部非常勤講師・総合政策学部専任講師・助教授を経て、1998年より中央大学教授。工学博士。
風、地震等を起因とした構造物の揺れを止める研究を実験と数値解析の両分野で実施。研究論文の他、首都高速(株)などに採用された簡単な機構で揺れを止める各種の制振装置を開発。本学で最初の特許使用料を得ている。