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妹尾 俊男

妹尾 俊男 【略歴

研究は人類の究極の遊び

―ヒゲナガゾウムシの研究と生徒たちへ伝えたいこと―

妹尾 俊男/中央大学附属中学校・高等学校理科教諭
専門分野 昆虫系統分類学 生物地理学 日本昆虫学史

ヒゲナガゾウムシとの出会い

 ひとつのことにこだわって研究することは、とても面白い。研究する楽しさを味わったことのない人は、マニアックと笑うかもしれない。私は昆虫の研究にふれたくて九州の田舎の高校から東京に出てきた。大学の入学式が終わるとすぐに、昆虫学研究室の門を叩いた。数日のち面接を経て、運よく研究室にもぐり込むことに成功し、片隅に机と実体顕微鏡が与えられた。それからしばらくして昆虫学実験や昆虫分類ゼミ、昆虫生態ゼミ、昆虫形態・生理ゼミなどが夕方から毎日あり、怒涛の日々が始まった。

 5月のある日、教授と夕食を共にする機会に恵まれ、いろいろ話が進んでいくうちに、五月病に陥っていた私は教授に、カミキリムシを200種蒐集し、それがひそかな自慢だったのが、先輩たちはその倍以上の種類を持っているのを知り、落胆していることを打ち明けた。そしたら教授は、「カミキリムシの分類はかなり進んでいるので、カミキリムシに似たヒゲナガゾウムシの研究をやったらどうだね」と勧められた。それ以来、ヒゲナガゾウムシの研究が私のライフワークとなった。

ヒゲナガゾウムシの研究

 昆虫の分類の研究をやるためには、まず標本を集めることから始まる。学部1年の終わりに1ヵ月かけて昆虫網を片手に台湾を廻った。それが弾みとなり、毎年、東南アジアの国々へ飛んだ。院生になってからは、2ヵ月から長いときには半年間、ヒゲナガゾウムシの調査と称した東南アジアへの放浪の独り旅が続いた。タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン、ベトナム……。

 歩き疲れ、コケむした倒木に腰をおろし見上げると、大木に美しい花をつけた着生ランが垂れ下がっている。それが一服の清涼剤となった。さらに奥へ進んでいくと山岳少数民族がひっそりと暮らしていた。

 ヒゲナガゾウムシは、亜熱帯から熱帯にかけての地域に多く繁栄しており、地球上には数千種が生息していると推測しているが、まだ実態は全くつかめていない。日本には現在までに184種の分布が確認されている。

 これまでに新種を100種以上発見したが、それは未知の部分のほんのごくごく一部にしか過ぎない。

1)世界最大のヒゲナガゾウムシの発見

図1.世界最大のスラウェシテナガオオヒゲナガゾウムシ Eugigas morimotoi Senoh

 テナガオオヒゲナガゾウムシ属は、マレー半島からスマトラ、ジャワ、ボルネオにかけて Eugigas goliathus Thomson が分布し、またウェーバー線を越えてニューギニア方面へ渡ると Eugigas schoenherri Thomson が分布している。

 中央大学附属高校に就職して3年目の秋のことである。大学の昆虫学研究室の先輩から、スラウェシ島(インドネシア)で採集された Eugigas 属の1種の標本が託された。一見マレー半島からボルネオ島にかけて分布する goliathus に似ているが、詳しく観察すると、体表の微毛がつくる斑紋や、触角の長さ、腹部末端の尾節板などに明らかな差異が認められたので、Eugigas 属の第3番目となる新種として学会誌に発表した。

 ヒゲナガゾウムシというわりには触角は体長とほぼ同じ長さであるが、前脚が非常に長いのが特徴である。頭部から尾部までの長さは40mmを超え、世界最大のヒゲナガゾウムシである。しかし、アマゾン川流域には人類がまだ知りえていないもっと大きいヒゲナガゾウムシが生息しているかもしれない。

2)中国湖北省から新属新種を発見

図2.口吻が特徴的な Morimotanthribus chinensis Senoh et Tryzna

 チェコの博物館に勤務するトリズナ博士が、私のホームページ「ヒゲナガゾウムシ科研究中心“Research Center of Anthribidae”」新規ウインドウを訪れてくれたのがきっかけで、ヒゲナガゾウムシに関して意見交換するようになった。

 数年前、ヨーロッパの調査隊によって中国湖北省の標高1,300mの森林で2頭の奇妙なヒゲナガゾウムシが捕獲され、それがトリズナ博士の許に送られてきたという。それを見た博士は系統的にどの辺の位置に分類されるのかが分からないと私にメールで写真を送り、意見を求めてきた。パソコンの画面に大写しにしたが、この風変りな種は分類学的にどこに所属するのか私もさっぱり見当がつかなかった。それで共同研究することになり、私のもとにその標本が送られてきた。生物室の実体顕微鏡で観察したところ、腹部末端の構造から2頭とも雄であることが分かり、さらに詳しく頭部、胸部、腹部などを調べ、文献も入念に調べ、結局、この種を所属させる属が存在しないという結論に達した。それで新たな属を創設し、そこにこの新種を含めることにした。

 新属の学名はゾウムシ類の碩学森本名誉教授にちなみ Morimotanthribus とし、種小名は中国から発見されたので chinensis と命名することを二人で決めた。論文は、日本の学会誌に共著で発表した。

3)絶滅の心配

 学生の頃、研究室の標本室で長年集められたヒゲナガゾウムシ類を整理していたとき、奄美大島の湯湾岳で採集された図鑑にも載っていない大型のヒゲナガゾウムシを見つけた。文献をくまなく調べた結果、新種であることが分かった(図3)。採集者(当時、東京医科歯科大学教授)に因んで Peribathy shinonagai Senoh と命名し、学会誌に発表した。

 その発見から2年後、沖縄本島北部のやんばるの森で蛾の調査をされていた研究者から、奄美大島の shinonagai に似た標本が送られてきたが、斑紋の状態や色が異なるので顕微鏡で見るまでもなく別の新種であることが分かったので、すぐに論文を書いた。種小名は、ラテン語で沖縄の住人という意味の Peribathys okinawanus Senoh と命名した(図4)。

 これらは日本最大級のヒゲナガゾウムシなので和名がないのもどうかと思い、奄美大島に生息する shinonagai にキマダラオオヒゲナガゾウムシ、沖縄本島に生息する okinawanus にゴマダラオオヒゲナガゾウムシという名前をつけた。属名にはマダラオオヒゲナガゾウムシ属なる和名を与えた。

図3.奄美大島に生息する Peribathys shinonagai Senoh キマラダオオヒゲナガゾウムシ(左)
図4.沖縄本島に分布する Peribathys okinawanus Senoh ゴマダラオオヒゲナガゾウムシ(右)

 奄美大島にのみ生息するキマダラオオヒゲナガゾウムシと沖縄本島にのみ生息するゴマダラオオヒゲナガゾウムシに類縁の種類は、遠く台湾や中国南部、ベトナムから熱帯アジアにかけて広く分布する。

 推論であるが、奄美大島や沖縄が大昔ユーラシア大陸の東の縁にあった頃は、同一の種類だったのが、地殻変動や気候変動にともなう海進などにより、奄美大島や沖縄が大陸から離れ、海という障壁により大陸の個体群と遺伝子の交流がなくなり、奄美大島に閉じ込められた個体群と沖縄本島に閉じ込められた個体群は、時代とともにそれぞれ別々の種に分化していったものだと考えられる。島の特にさらに狭い生息地に追い込まれた個体群のように、個体群が小さくなると、遺伝的浮動による遺伝子頻度の変動の影響を受けやすい。

 キマダラオオヒゲナガゾウムシとゴマダラオオヒゲナガゾウムシは現在、環境省のレッドリストに挙げられているが、「情報不足」ということでまだ「絶滅危惧種」には指定されていないが、キマダラオオヒゲナガゾウムシの生息する奄美大島の湯湾岳や、ゴマダラオオヒゲナガゾウムシの住む沖縄北部のやんばるの森の自然環境がもし悪化すれば、それぞれ地球上から絶滅する可能性が十分にある。大型で、個体数が少なく、生息地が限られている生物は、絶滅しやすい。

 種の多様性・生態系の多様性・遺伝子の多様性をまとめて「生物の多様性」というが、我々はヒゲナガゾウムシなどの昆虫類が生息する森や山だけではなく、海や浅瀬、磯浜、干潟、川、沼、湖、湿地、高山などのさまざまな生態系を守らなければならない。生態系は生物の生息地であり、それぞれに適応した生物がたくさん生きている。生態系が維持されなければ種や遺伝子の保存も、きわめてむずかしくなる。生物を保護するということは、生物の多様性を保護するということである。

図5.ゴマダラオオヒゲナガゾウムシ Peribathys okinawanus Senoh。沖縄本島西銘岳(やんばるの森)にて久米加寿徳氏撮影。

 上の写真(図5)は、倒木に産卵しているゴマダラオオヒゲナガゾウムシ Peribathys okinawanus Senoh(右)雌の傍で雄がそれを見守っているところである。もしかすると交尾のチャンスをうかがっているのかもしれない。産卵管を倒木にほぼ垂直にもぐり込ませている。産卵穴のまわりには、おがくずが出ている。

 このような光景が、やんばるの森に分け入ればいつでも見られるように自然環境を保全していかなければならない。

経験してきたことを生徒たちへ

 機会があれば生徒たちにこれまで経験してきたことを話すことがある。

 昆虫網を片手にひたすら地図もない熱帯のジャングルを歩く放浪の独り旅で体験したこと、たとえばタイとミャンマーの国境の山岳地帯で武装したゲリラに自動小銃を突きつけられた時の恐怖や、ジャワ島の山の中で大きなトラに遭遇した時のことや、村によって服装が異なる山岳少数民族のことや、東南アジアの国々の文化について思ったこと考えたことなどである。時には自分の研究で行き詰まっていることをぶつけてみることもある。

 本校には「自由研究旅行」がある。20~30名規模で、生徒に研究テーマを持たせ、事前学習を重ね、現地で検証し、旅行から戻りしだい何らかの形にまとめるというプログラムである。私は迷わず生徒たちを研究の舞台となっているタイへ連れて行くことを考えた。

図6.タイ東北部の農村でホームステイしているT君とお母さん。バナナの葉は、食器やラップの代わりをする。

 最初私の頭の中では班ごとに分かれて研究テーマに関するデータを収集する、というイメージでいた。ところが生徒たちがタイでホームステイをしたいと言って来た。それで、タイ東北部の農村にホームステイしながら、タイ国の基層文化を体験し、現地の同世代の人たちと交流するという企画にした。事前学習で、タイの自然や文化などについて一通り学習したが、一番苦慮したのは、やはりタイ語であった。私がタイ語の初歩を教えたあと、タイ語学校のタイ人講師を学校に招いて、本場のタイ語の学習を二日ほど行った。内容は、あいさつやホームステイで使いそうな単語や文型である。

 現地で生徒たちは高床式の住居に住む1家族に2名ずつお世話になり、さまざまな異文化を体験した。タイでは湯ぶねにつかる習慣がなく水浴びをするが、タイ東北部は雨が少なく、雨どいを利用して大きなかめに雨水を溜めて、それを手桶で頭からかぶる。それを経験した女子生徒が、「先生、お風呂の水で髪を洗ったら、雨のにおいがしました」この言葉は私にはとても新鮮に聞こえた。男子生徒は、「虫を食べましたよ。バッタとイモムシはサクサクでしたけど、バッタの方は後味が悪かったです」

 また、ある女子生徒は次のような文章を残している。

~略~
村で出会った友達がお別れ会の後、夜空を指差して言った。「イープン(日本)」とか「ドゥー(見る)」とか、わずかな単語しかわからなかったけど、ジェスチャー交じりの彼女の話を聞いていたら、何を言っているのかがわかった。彼女は、私が日本に帰った後もタイで星を見るから、私も日本で星を見て、ということを言ってくれた。
~略~

 最近、欧米でのホームステイは、なかば下宿屋化しているプログラムもあると聞いたことがあるが、貧しいながらも質素に暮らすタイの農村の生活に飛び込んで、村の人々と共にトウモロコシやマンゴウの収穫・稲の脱穀などの農業体験やバナナの葉に包んだタイのお菓子やタイ料理作り、絹織物体験、麦わらで帽子や筆箱作り、早朝の托鉢、象に乗ったことなど、おそらく生徒たちは一生忘れないだろう。生徒たちが村で言葉の障壁を越えて活き活きと行動し、別れ際に涙する姿を見ていると、また生徒たちを私のフィールドに案内したくなる。次回実現すれば3回目となる。

ヒゲナガゾウムシがいろいろ教えてくれた

 私は大学で良き師とヒゲナガゾウムシに出会い、自分の人生の旅が大きく広がった。これは私にとってお金では買えない大きな財産になっている。ヒゲナガゾウムシは私に研究する面白さだけでなく、いろいろなことを教えてくれた。東南アジアの文化を調べたり考えたりする楽しさ、たとえばヒゲナガゾウムシの採集をしていると首長族などの山岳少数民族新規ウインドウに出会ったりするが、それぞれの民族衣装・装身具や生活習慣に興味をもったり、またインドシナ半島の貨幣新規ウインドウの種類や歴史に興味を持ったりと、いろいろ開眼させてくれた。

 私はヒゲナガゾウムシに出会って本当によかったと思っているので、生徒たちにも学問や芸術、スポーツ、趣味、特技、何でも構わないので何か没頭できるものに出会ってほしいと願っている。そして、世界を舞台に自己を思いっきり表現してほしい。

妹尾 俊男(せのお・としお)/中央大学附属中学校・高等学校理科教諭
専門分野 昆虫系統分類学 生物地理学 日本昆虫学史
【略歴】
1956年福岡県柳川に生まれる。
国立科学博物館動物研究部特別研究生。東京農業大学大学院博士後期課程修了(農学博士)。
学位論文 Phylogeny and reclassification of the higher taxa of the Anthribidae (Coleoptera) occurring in the Palaearctic and Oriental Regions
中央大学附属高等学校教諭。中央大学運動施設拡充事業に伴う自然環境調査検討委員会委員。日本鞘翅学会編集委員会委員長。長期海外研修員。タイ王立タマサート大学客員研究員。タイ国農務省昆虫動物研究所客員研究員。タイ王立カセサート大学農学部客員研究員。中央大学附属中学校・高等学校教諭(現在)。
【研究テーマ】
ヒゲナガゾウムシ科の分類学的研究
【所属学会】
日本昆虫学会 日本甲虫学会 日本昆虫分類学会 日本動物分類学会