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トップ>教育>「文化」ってなんだろう?

教育一覧

日髙 克平

日髙 克平 【略歴

フェアトレード(公正貿易)を通じて共生社会を創造する

―ゼミナール(演習)教育の方法と成果、そして課題―

日髙 克平/中央大学商学部教授
専門分野 経営学

Ⅰ 大学教育とゼミナール

 大学のカリキュラムは、講義とゼミナール(演習)から成り立っています。講義は学部に設置された学科目に関する基礎概念や体系を効率的に学生に教授するとともに、最新の学識を学生に伝えることを主たる内容としています。最新の学識とは、例えば「iP細胞」のような最先端科学分野の新たな発見や発明もあれば、新たな歴史解釈のように定説を覆すような新説をさす場合もあります。

 講義の方法にもよりますが、総じて講義科目は教授から学生へ一方向的に知識が伝授される傾向があり、わが国の大学教育においては特にその傾向が強いと言われています。したがって、多くの講義において、学生はひたすら教授の話を聞き、ノートをとる作業に追われることになります。もちろん、こうした作業、すなわち、高度な学識を正確に聞き取り、要領よく記録する作業がたいへん重要であることは言うまでもありません。

 ところで、「グローバリゼーション(国境を越える経済活動)」とその推進力となっているICT(情報通信技術)の急速な拡大が国際社会を構造的に変化させています。大学教育にも、こうした社会の変化に対応した教育内容がもとめられています。ICTはインターネット社会を創造し、その中を飛び交う情報量を巨大なものにしました。おびただしい情報の中から重要なものだけを効率的に処理する能力が現代人にはもとめられています。また、そのために、海外の情報も含めて幅広い情報を収集し分析する能力とともに、情報発信力も重要です。

 大学でおこなう学問は、もともとある種の学問的対象に科学的な分析を試み、得られた結果の一般性・普遍性を他者との対話を通じて確認していく行為です。その意味で、学問はコミュニケーションの科学であり、得られた知見を他者と共有するところに特徴があります。他者との対話の中で、自らの言説を批判的に定式化する行為といってもよいでしょう。そして、この他者との対話力を高めるための絶好の場がゼミナールです。ゼミナールは豊富な専門知識を有する教授と学生が現代社会の問題点を洗い出し、それを解決するための処方箋を描く知的創造活動の場です。少人数の学生が教授とともに、ある学問分野ないし学問対象について専門的に学習するプロセスの中で、他の学生と意見を交換し、批判を受け、知見を広めていくのです。

Ⅱ ゼミナールの研究テーマ

 それでは、私のゼミナールについてご紹介しましょう。ただし、ゼミの研究テーマはその年度毎に異なっているため、運営方法についても違いがみられます。

 ここ数年間でお話しますと、2007年度は「レクサスのブランド戦略」を研究しました。レクサスはご存知のように、トヨタ自動車の高級車事業部門ですが、そのブランド造りが海外の自動車メーカーとは全く異なる点に注目しました。米国を代表するフォード社や、ドイツを代表するフォルクスワーゲン(VW)社は、高級車事業を既存のブランド企業を買収する戦略で獲得してきたのに対し、トヨタ自動車は自前のブランド「レクサス」を1989年にまず米国市場で創り、その地で定着したブランドビジネスを本国その他の市場に波及させるという戦略を採用した点に注目したのです。レクサスカレッジのご厚意もあり、また学生諸氏が丁寧なフィールドワークを実践した結果、なかなか見事な共同論文『レクサス研究』が纏まりました。残念ながら、この共同論文を執筆している最中にわが国の乗用車市場が冷え込み、さらに、いわゆるサブプライム問題以降は世界市場の冷え込みが加わり、高級車ブランドにあまり世間の注目が集まらなくなったため、日髙ゼミからの情報発信という点ではやや弱いものとなってしまいました。

 2008年度は、CSR(企業の社会的責任)の多面的考察という研究テーマを設定し、3つの産業(自動車、電機、生活用品の各業界)を代表する国内外の企業6社(自動車産業ではトヨタ自動車とフォルクスワーゲン、電機産業ではシャープとアップル、そして生活用品産業では、ライオンとユニリーバ)について、各社の『CSRレポート』や『地球環境報告書』を中心に分析しました。各社が社会貢献をどのように実践しているのか、各社の経営努力は、学生や消費者から見た場合にどのような意味を持っているのか、を考える2年間でした。分析結果をレポートに纏め、明治大学など他大学のゼミナールとの討論会に参加し、対話と交流の機会をもちました。

 2009年度の研究テーマは「フェアトレード(公正貿易)」です。フェアトレードは、発展途上国の生産者や労働者が国際貿易の場で「アンフェア(不公正)」な立場に立たされていることを改善するための取り組みであり、「対話と透明性と尊重の理念」に基づいて、先進国の消費者と発展途上国の生産者が国際貿易の場で互恵的な取引関係を構築することを目指した活動です。制度設計もさることながら、特にわが国においては啓蒙活動が現時点では重要な課題となっています。

 そこで、まずゼミ活動として、フェアトレードについて書かれた理論書、実践書を読破することから始めました。この期の学生諸氏はもともと基礎学力に恵まれ積極性もあったため、文献からの知識獲得にはそれほど時間がかかりませんでした。そこで、次のステップとして、文献でもよく登場するフェアトレード団体や、フェアトレード事業を積極的に推進している企業をピックアップし、ゼミ学生をグループに分け、グループ毎に関心を持った団体や企業を訪問してみようということになりました。文献からの知識に頼るのではなく、実際に企業の担当者から実態や課題を聞き取り調査するという手法は、コミュニケーション能力を高めるためにも有効です。

 そのような活動の中で、イオンのフェアトレード担当部門の方から、それでは秋のイベントに一緒に取り組まないか、というご提案をいただきました。イオンは、2004年から顧客からの要望がきっかけとなってフェアトレード運動を手掛けてきた企業です。フェアトレード運動の担い手は発展途上国を支援するNPO(非営利組織)のような団体に限られるというイメージを持つ人も多いようですが、イオンに代表されるように、積極的にフェアトレード運動に取り組んできた日本企業もあります。この運動の発祥の地とされるヨーロッパ諸国と比べると、多少見劣りするかもしれませんが、それは大した問題ではありません。企業市民として社会貢献しようとする意識の高いフェアトレード企業を消費者が支持することこそが重要であると考えます。ゼミナールの活動も、消費者にフェアトレード商品の社会的意義を知ってもらい、発展途上国の犠牲の上に成り立っている先進国優位の社会を、互恵的な「共生社会」に転換するための活動にほかなりません。そのような活動を通じて、市民(消費者)と企業、そして発展途上国の生産者が結びつくことが何より重要なのです。

 さて、イオンのご提案は、具体的には、昨年12月10~12日に開催された「エコプロダクツ2009」という大規模な環境イベントへの参加依頼でした。東京ビッグサイトで企業や環境団体が協賛し環境関連のイベントを行うというものでしたが、その中のイオンのブースをお借りして、ゼミのメンバーがフェアトレードのキャンペーン活動を、パンフレット配布やデモンストレーション(プレゼンテーション)という手法により行うという内容でした。大きなイベントですので、多数の来場者の前で日頃のゼミ活動の一端を披露できたことは学生諸氏にとってたいへんなチャレンジであったと思いますし、充実した数日間であったことでしょう。このような思いがけない成果を生んだゼミの学生諸氏を指導教授として誇りに思うとともに、活動の場を与えて下さり、フェアトレードの推進という点で志を共有するイオンの関係者の方々のご厚意に感謝したいと思います。

Ⅲ 教育の成果

 私のゼミナールの特徴は、研究するテーマをゼミに参加する学生諸氏が知恵を絞って決定するということです。自分達で決めたテーマですから、最後まで責任を持って取り組まなければなりません。しかし、他方で、ゼミのテーマは指導教授の研究テーマに限定して、より高度の専門的な知識を授かるべきであるという考え方もあるでしょう。私もそれを否定するものではありません。しかしながら、学生の自主性を重んじ、そうするからには指導教授からあてがわれた課題ではなく、最後まで自分たちの課題として研究を全うすることが何より重要だと考えます。さらに、そうする事で私も自分の専門分野に学生を引き入れるのでなく、その時々の研究テーマに対し、絶えず学ばなければなりませんし、ある種の緊張関係の中で学生諸氏と接していくことになります。学生が設定したテーマを一緒に研究することで、私と学生との間に一方的ではない、真剣勝負の対話の可能性が開かれるのです。そして、この点がゼミナールの講義とは違った醍醐味なのだと考えています。その点で、私のゼミ運営は学生主体という一点に拘っています。

 ゼミ運営に関してもう一つの拘りは、共同論文を作るということです。ゼミナールの最終目的は、学生個々人が優れた卒業論文を全力で執筆することによって、これまで受けてきた教育の総仕上げを行うということでしょう。しかし、研究という作業は個人が単独で行うものではありません。共同研究する者がお互いに知恵を出し合いながら、研究のゴールをめざす知的創造活動であるはずです。その意味で、自らの役割を果たしながら、ゼミの仲間と一つの論文を創造するという営みが重要なのです。

 もう一つ指摘しておかなければならないことは、このような活発なゼミ活動の司令塔であるゼミ長の存在です。特に、2009年度の小林麻衣さんは日髙ゼミの歴代のゼミ長の中でもとりわけ優秀であるというだけでなく、中央大学がFLP(学部横断的に環境問題等の研究課題を学習する全学的プログラム)の学生として育成してきた人物です。FLPプログラムの中で育まれた自主的な学習姿勢や積極性がわがゼミナールの学生諸氏に大いに刺激を与えてくれています。その意味で、私のゼミ活動の成果は、中央大学がこの間に取り組んできたFLPプログラムの成果でもあるのです。

Ⅳ 未来社会の構図を描く

 サブプライム問題以降の日本社会は、デフレ経済の進行や就職難などから意気消沈しているかのようです。このような社会状況では、若者に希望を持てというのもなかなか難しい。しかしながら、このような時代だからこそ、せめて学生諸氏には夢と希望を持ち続けてほしいではありませんか。教育者としての私の当面の仕事は、将来ある中央大学生に夢と希望を失うことなく、豊かな未来社会の構図を描かせることだと考えています。右肩上がりの高度成長期には時代の流れに身を任せていればよかったのかもしれませんが、これから社会人となる学生諸氏は新たな日本社会を設計しなければなりません。いまは明治維新にも匹敵するほどの歴史的な転換点なのかもしれません。したがって、変化に耐え抜く人材を社会に送り出す使命を現代の大学教育は担っています。中央大学もそうした社会の要請に真摯に応えなければなりません。その意味で、ますますゼミ教育の成果が問われているのです。中央大学に集う学生と教職員は、今こそ力を合わせてわが国の豊かな未来社会の構図を描き、その実現に向けて日々一歩一歩努力をしていかなければなりません。私のゼミ活動もそのような地道な努力の一つなのです。

日髙 克平(ひだか・かっぺい)/中央大学商学部教授
専門分野 経営学
1956年山口県生まれ。1979年中央大学商学部卒業。1986年より商学部助手、現在、商学部および大学院商学研究科教授、日本比較経営学会常任理事。
担当科目:多国籍企業論、国際経営研究(大学院)、演習科目その他。現在の研究テーマは、持続可能性社会と企業経営、フェアトレード・ビジネスの現状と課題、環境共生型交通システムと自動車産業の課題、グローバルシティと多国籍企業経営など。
著書:赤羽新太郎・夏目啓二・日高克平『グローバリゼーションと経営学ー21世紀におけるBRICsの経営学』ミネルヴァ書房、2009年。
日本比較経営学会編『会社と社会』文理閣、2006年、第14章所収。
徳重昌志・日高克平編著『グローバリゼーションと多国籍企業』中央大学出版部、2003年。