Chuo Online

  • トップ
  • オピニオン
  • 研究
  • 教育
  • 人‐かお
  • RSS
  • ENGLISH

トップ>教育>「文化」ってなんだろう?

教育一覧

黒田 絵美子

黒田 絵美子 【略歴

「文化」ってなんだろう?

-地域文化振興の実習を通して学ぶこと

黒田 絵美子/中央大学総合政策学部教授
専門分野 美学(文学・演劇)

1.まずは見る

 2008年度から開設された「地域公共マネジメントプログラム」という学部横断型ゼミ (Faculty Linkage Program)を担当して、今年でようやくすべての学年のゼミ生が揃いました。

 わたしの専門が演劇ですので、地域公共マネジメントの中でとくに「文化振興」について、実践を取り入れつつ教えております。ひと口に「文化振興」と言っても、まだ二十歳そこそこの学生たちは、観劇体験も少なく、せいぜい高校の芸術鑑賞教室で歌舞伎や落語を見たことがある程度です。そういう学生たちに、いきなり、地域の文化事業の実態を調査させ、改善策を提案させるのも無茶な話です。そこで、まずは「見る」ことから体験させなくてはいけません。

 観劇という行為は、幕が開いてから閉まるまでを劇場の椅子に座ってじっと見ることを指すかのように思われがちです。ところが、何を見るか、いつ見るか、どの席で見るか、どういう交通手段で行くのか、などに始まり、終演後、友人と感想を語り合ったり、食事をしたりといった余韻も必要です。

 学生たちにはまず「観劇という行為」が、そのような一連のイベントであることを体感してもらう必要があるのです。その体験を通して、どういうポスターが人の目を引くのか、内容の解説文はどのチラシが読み易いか、劇場までの地図はどうか、劇場周辺で軽食は取れるか、劇場のロビーの居心地は、など実にさまざまな気づきがあります。それらのちょっとした気づきのすべてが、その後行う地域文化振興の実習の際に驚くほど役に立つわけです。

2.それからやってみる

 現代英米演劇を専攻して、学生時代から戯曲の翻訳家として上演に関わってきましたが、ひとつの芝居の企画が持ち上がってから上演に至るまでには大変な苦労と日数がかかります。もちろん費用がかかることは言うまでもありません。ですから、学生に演劇の公演のプロデュース体験をさせることは不可能です。そこでわたしが考えたのが、落語会のプロデュースです。これは、もともとわたし自身の体験から出たアイデアでした。

 長年やってきた戯曲の翻訳だけでは飽き足らず、自分で芝居を書いて演出をするようになりましたが、前述のとおり、ひとつの芝居を上演するには、大変な労力と人手と出費がかかります。そんな時に、落語との出会いがあり、新作落語を頼まれて書くようになりました。芝居と違って、落語は寄席で常時行われており、噺家さんが新作を覚えて話してさえくれれば、それで上演が実現されます。

 そんなことから、初代ゼミ生たちの一年間の学びのゴールとして、落語会の企画・開催を課しました。ゼミ生のうちの二人の地元である川越の古民家が会場として選ばれましたが、この会場が市のものであったことから、借りるには教育委員会に企画書を出さなければならず、許可が下りるまでに時間がかかりました。ようやく許可が下りて、案内のチラシを作り、駅頭で配る段になったら、今度は、そういう広報活動をするには警察の許可が必要ということを知りました。一方、出演してくださる噺家さんとの打ち合わせも重要です。高座を作るには何が必要なのか、どんな噺をしていただくのが良いか。準備すること、考えることが山ほどあって、ゼミ生たちにとっては試行錯誤と苦難の連続でした。

3.2回目の挑戦

 ごく少数のお客さんで、しかも半分は知り合いという落語会プロデュース体験ではありましたが、学生たちには大きな自信となったようで、翌2009年、2代目ゼミ生を迎えて新たな企画に臨むときには、初代ゼミ生たちは、頼もしい先輩に変貌していました。

 2年目に挑戦した企画は、新聞広告で見つけた、「多摩センターにぎわい創出事業」です。パルテノン多摩にあるきらめきの池に能舞台が特設され、そこでプロの能の公演をしたあと、その舞台を使って「何か」を行い、地域の活性化を図る団体を求む、という広告でした。ゼミとして、地域住民や学生による音楽祭を提案する企画書を出しましたところ、それが通って実現の運びとなりました。ところが、ここに大きな誤算がありました。音楽祭なら、いくつかの演奏グループを募って参加してもらえば、あとは各グループに任せておけばいい、という軽い気持ちでいたのが大間違い。機材の調達は企画者であるわがゼミが行わなければならないことが判明しました。予算は一切(といっていいほど)ありませんから、必要経費は参加団体から徴収するしかありません。会ったこともない人たちを呼び集め、音楽祭のコンセプトを解説し、経費の分担について話をしなくてはなりません。「お金がかかるなら参加を取りやめます」とあっさりメールで断られるのを食い下がってなんとか説得する。見たこともない機材について、インターネットで見つけた業者に電話をして低予算でのレンタル交渉をする。機材を運搬する車を借りて運転出来る人を探す。2代目を中心とするゼミ生たちは、夏休み返上でさまざまな準備を進めました。

 川越の落語会と違って今回は客席数500を超える屋外ステージです。雨天の場合はどうするかの判断も重要です。パニックに陥りそうになったり、フリーズ状態になる2年生を後方からしっかり支えてくれたのが初代ゼミ生たちでした。

 当日までに必要な作業を事細かに書きだし、現場での人員配置を分刻みで一覧表にしました。うちのゼミ生だけでは人数が足りませんから、各自が数名ずつ友達に頼んでボランティアスタッフを集めました。

4.人を動かすには

 このボランティアスタッフとの関わりが、ゼミ生にとってはまた大きな学びとなりました。交通費も出ないのにただ善意で集まってくれた人たちに、現場でスムーズに、気持ち良く動いてもらうためには、主催者であるゼミ生たちがよほどしっかりと作業の流れを把握して、それを言葉にして伝えなければいけません。また、現場で発生するさまざまな想定外の出来事に対しても臨機応変に判断して、段取りの変更をスタッフに伝えなければなりません。そして、何よりも人に動いてもらうには、自分たちが一番動かなければいけないのだ、ということをゼミ生たちは学びました。

 さて、学生の実習体験を中心に書いてまいりましたが、これらの活動を指導する立場にあるわたしの動き方というのが実に難しく、悩み多いところです。演劇や朗読会の公演に長年携わってきましたので、つい自分が手を出したくなります。でも、自分にとってはごく簡単なことでも、それをやってしまったのでは学生の学びにはつながりません。学生たちが試行錯誤して苦しみ、答えを出すまでの間、じっと待つというのがわたしに与えられた最大の課題でした。

5.検証して定着させる

 近年、演劇を文化人類学や法学など他の分野と関連づけて論ずる研究者が増えてまいりました。観劇という行為を単に客席に座っている間のことだけではないとした捉え方があることは前述しましたが、そういう考え方は、近年の演劇学の根底にあり、多くの研究書でも言及されています。

 プロデュース体験を終えたゼミ生たちに英文で書かれたそれらの論文を読ませると、そこに書かれていることが、自分たちの体験に照らして納得できるため、「そうそう」、「これはあのことを言っているのでは」などといった深い理解を表す反応が見られます。

 一番最近では、地域の中学校からの依頼で落語会のプロデュースをお手伝いしましたが、ここでまた想定外の出来事に直面、というのが、会場となる体育館がひどく汚れていて、高座づくりや舞台づくりの前にまず大掃除が必要になったのです。そこで、入ったばかりの新2年生から就職活動中の4年生までを総動員して、もちろんわたしも一緒に、ホコリまみれになりながら、限られた時間の中で精一杯掃除をしました。

 この掃除体験のあとの授業で、「なぜわたしたちはあそこまで必死に掃除をしたのか?」について話し合いました。すると、古典芸能について読んだ本にあった「ケ」と「ハレ」の概念に関係があるのではないかということに気づいた学生がおりました。演劇や芸能というのは、非日常の空間で行われなければならない。したがって、日常の生活から出たゴミやホコリの中に演者を迎えることは出来ない。それらのことを、少ないながらもこれまでの観劇体験や演者さんとの打ち合わせを通して、学生たちが頭ではなく心に沁み入って理解していたのです。

 鈴本演芸場の楽屋見学をさせていただいたときに、お弟子さんが師匠の着物を和紙の上に整然と並べておられた様子や、お寺での落語会のお手伝いをしたときに金屏風を丁寧に扱ったこと、終演後、障子のはめ方をお寺の執事さんに教わったことなども机上の学問からは得られない貴重な学びとして学生たちの心に浸透しているかもしれません。

 わたしが口癖のように学生たちに言うのは、「まず自分が動きなさい」ということと、「嫌ならやらなくてもいい」という、ふたつの相反することです。なぜなら、「文化振興事業」の根底にはこのふたつがあると考えるからです。そして、「やらなくてもいい」と言いつつ、学生たちが「やったほうがいい」と心から思って動いてくれることを常に祈っているのです。

 昨年の学生たちの努力が実り、今年度はパルテノン多摩から「きらめきの池野外ステージ企画協力者」という位置づけでの参加を要請され、現在三年目の活動を進めております。

黒田 絵美子(くろだ・えみこ)/中央大学総合政策学部教授
専門分野 美学(文学・演劇)
東京都出身 東京女子大学大学院修士課程修了(英米文学)、青山学院大学大学院博士後期課程単位取得退学(アメリカ演劇) 『毒薬と老嬢』(J.ケッセルリンク)、『マスタークラス』(T.マクナリー)、ミュージカル『スイート・チャリティー』(N.サイモン)、『ザ・ビューティフル・ゲーム』(B.エルトン)など、多数の上演台本を翻訳。創作戯曲『白いカラス』、『天使の庭』、新作落語『干しガキ』、『こわいろや』など。雑誌『アメリカ演劇』(法政大学出版局)編集長。