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豊岳 信昭

豊岳 信昭 【略歴

ハノイ法整備支援インターンシップ

豊岳 信昭/中央大学法学部教授
専門分野 商法(会社法)

 中央大学法学部では、学生が大学在学中に自分の専攻している分野や将来のキャリアに関連した就業体験をおこなうインターンシップを積極的に推進しています。
 特に授業として単位認定する「アカデミックインターンシップ」は、「国際」「行政」「NPO・NGO」「法務」の4分野を開講しており、実務経験を通じて新たな学修意欲が喚起され、キャリアデザイン構築の契機となっています。
 今回は私が担当した「ハノイ法整備支援インターンシップ(国際分野)」をご紹介します。

1.ハノイ法整備支援とは?

 2008年度から、法学部学生のハノイ法整備支援インターンシップが動き始めています。その主な活動内容は、JICA(国際協力機構)ハノイ法整備支援室を拠点にして、第1に、法整備支援とは何かについてレクチャーを受け、第2に、法整備支援の現場での具体的活動に参加し、第3に、ハノイ国家大学、ハノイ法科大学等、現地の学生との交流等を行うことです。
 まず、第1のレクチャーの内容は、(1)開発途上国支援、法整備支援とは何か、また、現在行われているベトナムの法整備支援の具体的活動内容にかかわる講義、さらに、(2)ベトナムの国家体制やベトナム法の特徴とその現状等の解説です。これらはハノイの法整備支援室(室長は検察官の方で、さらに裁判官、弁護士各一名の法曹三者が専門家としてハノイに常駐しています)の専門家の方々やJICAの現地職員らによって与えられます。
 次に支援活動への参加ですが、実際の立法作業に伴って開催されるさまざまなセミナー等に参加することが第一の活動です。いわば、支援活動がどのように行われているか、実際の支援活動そのものの現場を見ることになります。
 このセミナー等では、(3)日本人研究者・裁判官・JICA専門家等による公開講演会に参加したり、(4)司法省内部で行われる法典編纂のための準備的検討作業や、(5)法典化の過程での条文そのものの検討作業、(6)テレビ会議システムを用いてのベトナム側の司法省立法関係者と日本の研究者との検討会議や、さらに、少し外れますが、(7)裁判傍聴等へ参加します。そして最後に、(8)ベトナム人学生等との交流等が行われます。
 (3)の公開講演会では、今ベトナムで実際に行われようとしている立法、もしくは改正作業の対象となっている具体的法典や、具体的法領域に関して、日本法の立法が、また、改正が何を考え、どのようにそれを条文化したのか、といった改正作業の経験や過去起こったさまざまな立法上の問題点等を紹介したりします。
 ベトナム側の主な参加者は研究者、司法省関係者・立法担当者等です。
 (4)の内部の検討作業は改正作業の対象となっている法領域に関して、立法趣旨の検討や、基本的法律用語の内容・概念等の検討がなされたり、大きな枠組みでの体系的な検討がなされます(次のパラグラフ2.を参照ください)。
 司法省関係者やベトナム人研究者等が参加します。非常にレベルの高い議論がなされており、学生諸君には大きな刺激となったことと思います。
 (5)の具体的検討作業は、立法趣旨の検討も行われますが(それは以下の問題に深くかかわってくるからです)、条文そのものの適用領域が、果たしてこれでうまく表現されているかといった文言の検討や、条文相互の整合性の問題等も含めて、非常に緻密で神経を研ぎ澄まさなければならないような検討もなされます。司法省内部の人が参加しています。
 (6)には豊岳は参加しなかったので内容紹介は控えますが、過去の経験から言うと、基本的な概念整理の段階で、日本的常識とベトナム的常識がぶつかり合う面白い議論がなされました。
 今年(7)で傍聴した裁判は、職を紹介してやると言ってお金を騙し取った事件でしたが、日本の裁判と違って、裁判官と検察官がいわば一体となって被告人を問い詰めると言う人民民主主義国家特有の裁判のあり方が、学生諸君には大変興味深かったようです。
 なお、被告人が裁判所の中にふらっと入ってきて(傍聴人にびっくりしていたようです)、審理が進み、あっという間に結審、判決が下りる(全部で1時間ほど)という裁判にも驚かされます。
 (8)は、ハノイ法科大学日本法講座の学生やハノイ国家大学日本法講座の学生との交流が予定されています。彼らの真摯な態度と、日本語能力の高さに、驚かされ、また、法律初学者の法意識、いわばベトナム人の一般的法意識と日本人の法意識との乖離に驚かされるはずなのですが、今年は残念ながら実現しませんでした。
 今年度はこれらのプログラムのうち、(5)と(8)が実現できませんでした。

2.法整備検討作業の一例

 たとえば2009年度のセミナー(上記(4))では、土地利用をめぐる権利関係等が議論されていました。
 ベトナムでは、土地は全人民所有という事実上の国家所有で、国民は土地「使用権」を持っているにすぎません。そしてその土地使用権の権利主体は「家族=家」であって、「家族」単位で土地をたとえば農地として使用します。
 土地(使用権)の売買等の処分は家長が行いますが、そのためには家族構成員全員での合意が必要とされています。
 その構成員の一人が都会に出て、そこで独立して家族を持った時、元の家の構成員としての権利(農地使用権)と新しい家族の一員としての権利(都市での不動産内に居住する権利)を二重に持つ可能性がありますが、それをどのように調整するのか(農地使用権は原則として消滅します)。
 さらに、都市で暮らしているそのアパート(マンション)が共同住宅で、それはもともと数家族が使用権を持っていた土地の上に建てられた共同住宅であったような場合には、原則としてアパート全体は元の土地所有家族の共有になりますが、もともとのひとつの土地が(家族員の間での)共有で、その共有された土地が、他の共有された土地と共有されることになって来て、その土地の上にアパートが建つことになります。
 そうすると、アパートという建物の使用権と元々の土地使用権の間の調整をどうするか(たとえば建物の建っていない空間の使用権)、さらに、アパートを購入して新たにそこに住み込んできた人の使用権ともともとの土地使用権者、もしくは土地使用権者家族との権利をどのように調整するのか、といった複雑な問題が生じてきますが、今回の内部セミナー(4)ではこうした複雑な問題が論じられていました。
 学生諸君はこれらのセミナーやさまざまな活動に参加したあと、法整備支援室に戻って、支援室の専門家の先生方のアドバイスを受けながら、問題点を整理したり、話し合ったりしながら検討を行います。
 食事時間も含めると一日当たり10時間ほどを支援室の法曹三者と共に生活することになるわけです。

3.ベトナム法整備支援インターンシップの特徴(ベトナム法整備支援インターンシップはここがすごい)

 ベトナムインターンシップの特徴は、第一に、日本国内にあっては学部学生が立法作業現場の「見学」をすることすら簡単ではありませんが、それがベトナムインターンシップでは実現していること、第二に、インターンシップに参加した学生たちは、法整備支援室の、裁判官、検察官、弁護士それぞれの発想の仕方や、課題へのアプローチの仕方の相違を、さまざまな場面を通じて見、聞き、体験することができますし、さらに、第三に、この法曹三者から、それぞれの立場での具体的な法整備へのかかわり方についてのレクチャーを受けることもできますし、さらに、これがひょっとしたら一番重要なことかもしれませんが、第四に、ベトナム料理がおいしいこととベトナム人が親切でやさしく、景色が美しいことです。
 長期にわたって非常に濃密なインターンシップを経験することになりますので、やはりそのコンディション作りは大変です。
 ちょっと湿度が高いことをのぞけば、比較的治安が良く、民度が高く、また優秀な人たちとの交流は、参加学生諸君の将来の礎となる大きな財産となることでしょう。

4.法整備支援とはネットワークを作り育てること

 ところで、数年前からハノイ国家大学に日本法講座が開設されています。
 これは当時の法整備支援室長M検事が、法律の条文を作るだけが法整備支援ではない。条文を自ら作る人材や、それを運用する人材、さらに広く法にかかわる人材そのものを養成することこそが法整備支援の中核でなければならず、ベトナム法整備支援は、単に法律を作ったり、その改正作業をする段階ではなく、法そのものを自ら適切に作り、運用し、改善する、そうした段階に至っている、として、最初はまさしくM検事ご本人の手弁当で始まったのがこの日本法講座です。
 これはベトナム自身の法の運用段階における人材養成と、さらに市民レベルでのいわゆるリーガルマインド、法的運用能力の普及・向上を目指した、まさしく究極の法整備支援のひとつのあり方でしょう。
 そして、すでにこの日本法講座出身者が、現在中央大学大学院に2名、名古屋大学大学院、神戸大学大学院に各1名留学中であって、彼らはそれぞれの場で勉学を納めた後、自らリーガルマインドを体現した実践者として、さらにひょっとしたら新しくリーガルマインドを備えた後身を養成・育成する者としてベトナムに大きく貢献するような人材となることでしょう。
 さて、中央大学のベトナム関連の法整備支援には、永井学長や、とりわけ佐藤恵太教授らが以前から深くかかわっていらっしゃいます。そうした縁で、この日本法講座の講義の半分近くを中大関係者がお手伝いしていて、さらに、かつてハノイ法整備支援室には、中大出身の佐藤弁護士がいらして、同弁護士は、任期を終えて帰国されてからも、所属している大手渉外事務所の活動を事実上休眠状態にして、現在、JICAのアジア法整備支援全体の責任者として、アジア各国を飛び回っていらっしゃいます。このように中大とハノイ法整備支援室は、従来から非常に緊密な連携を保っていました。
 他方で、JICAハノイ法整備支援室は、中大はじめ様々なロースクールからのインターンシップ生を受け入れていて、一昨年のことですが、この法整備支援室と日本法講座をM検事から引き継がれたI検事に、講座の講義を終えて帰国する前の晩の食事の席で、「Iさん、学部学生を受け入れていただけませんか?」とおずおずとではあるが厚かましくもお願いして、快諾を得たのがこのインターンシップの始まりです(その後の大変難しい調整をして頂いた関係者の方々に、心より感謝したいと思います)。

5.縁は異なもの味なもの?

 さて、こうして始まった初年度インターンシップでは、途中の休日にハロン湾日帰りツアーに行きました(余談ではありますが、読者の皆さんにもぜひお勧めします。できれば泊りがけで)。
 その行きがけのマイクロバスの中に、日本人観光客で、大声で「ガイドさん、ガイドさん、あれ何?」などと叫びまわる、うるさく元気なお年寄りがいらっしゃいました。クルーズ船の中でその元気なお年寄りと同じテーブルで食事をすることとなり(内心、面倒だなあと思いましたが)、「皆さんは観光なの?」と訊ねられて、「法整備支援室でインターンシップをしているんです」と答えると「えっ? うちの義理の息子のところやないか!」。
 I検事は、「おやじがハロン湾に行くと言っていたから、なんとなくいやな予感がしていたんですよ」と後で笑っていらっしゃったが、こんな様々な縁の糸が絡まり合ってこのインターンシップがスタートし、動いているわけです。
 しかも、実は、I検事は、豊岳が以前フランス留学中に家族ともども大変お世話になった元旧帝大法学部教授T先生のゼミ生だったということも、このお父様の話のついでに判明したりしました。
 T先生は、学会などでお会いすると「Sちゃんはお元気ですか?」といつも次男の消息をお尋ねになられますが、ちょっと傍若無人なところのあるぶっきら棒な次男の「大ファン」だと自認なさっている、私の家族の大恩人です。その大恩人のお弟子さんにまた大きな恩を受けてスタートし、続いているこのインターンシップは、私にとっては実の子のようなインターンシップでもあります。
 こうして奇跡のような偶然の積み重ねでスタートし、動いている本インターンシップですが、今度は、このインターンシップに参加した学生諸君が、新しい縦糸・横糸となって次の世代へと橋渡しをしてくれることを望んでやみません。
 最後になりますが、今まで参加した学生諸君の、事前準備、現地での活動、帰国してからの報告書作成等の過程とその成果は、インターンシップの内容と同様、ひょっとしたらそれ以上に素晴しいものであったことを付記しておきます。

(提供:草のみどり第233号)

豊岳 信昭(ほうがく・のぶあき)/中央大学法学部教授
専門分野 商法(会社法)
岡山県出身。1949年生まれ。中央大学法学部卒業。1982年明治大学大学院博士課程後期課程単位取得退学。明治大学短期大学教授等を経て2003年より現職。主要著作に『政治資金と法制度』(共著:明治大学社会科学研究所叢書)。現在『株式会社の資金調達とステークホルダー間の利害調整の研究』のために、ストラスブール(ロベール・シューマン)大学・企業法研究所にて在外研究中。