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トップ>教育>文学部教育学専攻の「教育実地研究」

教育一覧

眞鍋 倫子

眞鍋 倫子 【略歴

文学部教育学専攻の「教育実地研究」

眞鍋 倫子/中央大学文学部准教授
専門分野 キャリア教育論、生涯学習論

教育実地研究という授業

 私が所属する文学部教育学専攻には、「教育実地研究(通称実地研)」という名物(?)授業がある。過去をさかのぼると、「教育調査実習」という名で課外授業として行われていたものが、1992年に正規授業になると同時に、必修授業になったという古い歴史をもつ授業である。国内のどこか一つの都道府県を訪れ、そこで行われている教育活動を見せていただいたり、それを支える人たちに話を伺って報告書にまとめる、という授業である。正規授業となって以後すでに15年を越え、これまでに訪問した都道府県も13にのぼる。訪問のための準備も、以前は2年次に演習授業の時間のなかで行っていたが、昨年度より「教育研究法」という正式に実地研に向けての準備をする授業を設置することになった。約1年半という時間をかけ、授業時間以外にも多くの作業をかけ、また旅費や宿泊費などのほとんどを自分たちで負担するという、学生からみても負担の重い授業である(しかも必修である)。

緊張しながらのアポとり

 さて、2009年度の3年生は例年よりやや少なく45名。それぞれが自分の関心に基づいて、「地域と社会」「青少年支援」「社会教育」「子ども・福祉」「学校教育」という5つの班に分かれ、宮城県を訪問することになった。それぞれの関心にもとづいて、さまざまな訪問先を選び、6月の下旬に宮城県を訪れることになった。具体的な訪問先は県の教育庁や実際の学校現場、地域の教育委員会や大学、さまざまなNPOなどですべての班を合わせた訪問先を38もあった。

 2年次から準備をしているとはいえ、3年生になると一気に準備が本格化する。実際に具体的な訪問先を決め、アポイントを取ることが必要になる。このアポイントをとる、という課題は、学生が初めて社会と接点をもつ機会になっている。職業体験やアルバイトなどですでに社会との接点はある学生も多いが、訪問の依頼となると話は別らしい。やはり役所や学校現場や団体に組織を代表して連絡を取るのは初めてのことだからだろうか、みな緊張しながら、電話で伝えることを事前に練習していたりする。さらに、「電話していたら、敬語がむちゃくちゃだった」など、普段の自身の言葉づかいなどを振り返ることになることも多いようだ。相手から思いもよらない返答をされ、おろおろしたりする姿もみられる。そんななかから、少しずつ、「実地研に行くのだ」という緊張感が漂い、準備にも積極的に取り組む姿が見られるようになる。

今年の訪問先 宮城県

 私が担当する班は、社会教育に関心を持つ班が多いが、同じ社会教育と言っていても毎年、学生たちの関心の対象は異なることが多い。スポーツ振興にかかわる領域に興味を持つもの、地域社会と社会教育の関係に興味を持つもの、女性を対象としたものや男女共同参画社会に関心を持つもの、毎年さまざまである。今年度社会教育班のテーマは「学社連携・学社融合」。訪問先の宮城県は「みやぎらしい協働教育」というプランをたて、学校と社会の協働を実現しようとしているらしいことが、事前の調査でわかっていた。また今回は、宮城県に訪問先が決まった際に、宮城の教育事情について講演をお願いした現職の校長先生という強力な協力者がいらっしゃった。この方が、実際に訪問することになった石巻市や他の地域をご紹介くださった。おかげで、県内でも比較的取り組みが進んでいる地域を訪問することができたと思う。

さまざまな訪問先で成長する学生たち

 私が担当した班以外の班の訪問先の中には、児童相談所や少年院といった、普段の生活ではほとんど接点のない場所も含まれる。そういった場所は、実際に行って見ることで、自分たちが抱いていた先入観がまったく的外れだったことに気づいていく。

 また、学校や行政、団体でも、事業の概要などを丁寧にお話いただくだけではなく、思いもかけない本音を語ってくださる方も多い。また地域によっては、地域ぐるみで歓迎してくれるといったこともある。

 最初の訪問先は、みな不安で、事前に用意した質問を何度も読み返し、挨拶の言葉を繰り返し練習していたりする。しかし訪問をひとつひとつ終えていくうちに、少しずつ度胸がついてくる。訪問先の方々の受け答えを聞くだけではなく、その答えを聞いて、さらにつっこんだ質問ができるようになってくる。これは簡単なようで、かなり難しい。教員も訪問先へも同行するので、そこでの質問の仕方、フィールドを見るための視点などを、ミーティングや、移動時間に伝えることができる。学生たちは、どんどん入ってくる情報をどのように噛み砕けばよいのか、夜遅くまで検討していく。さらには息抜きも大切と、検討会が終わってから、訪問先の名物を見物したり食べに出かけたりと、この5日間は本当に毎日忙しい。

 子どもが2歳までの時期は、この訪問を少し免除してもらい、最終日の合同発表会にだけ参加させてもらっていた。学生たちを送り出し、数日後に現地で学生たちに出会うと、学生たちが大きく成長しているのがわかった。また、全日程に参加するようになると、今度は日々の学生の成長ぶりを目の当たりにすることになる。

全員で作る報告書

 このような経験をして帰ってきてからも、お礼状を送り、報告書を書く作業がある。報告書も、ただ書くだけではなく、自分たちでも文章のチェックをし、訪問先にも原稿のb内容をチェックしてもらう。最後は編集委員の学生が、綿密に誤字を訂正したり、レイアウトを工夫したり。印刷された報告書が届くのは1月も後半になってから。出来上がった報告書を訪問先にも送り、ようやく1年以上にわたる実地研が終わる。

大変だが刺激的な実地研

 実際に訪問し、報告書を書く学生の伴走をしながら、私もさまざまなことを考える。今回の宮城県への訪問を通じて感じたことは、地域社会の状況によって、協働のあり方はかなり異なっているということである。地域共同体が機能している地域にある学校では、学校がそれほど努力しなくても、ある程度の協働が可能になっている反面、地域共同体が機能していない地域では、学校の努力がなければ協働を可能にすることができないか、協働を継続することが難しいという面があるようだ。また、お会いした先生方はほとんどが社会教育主事の経験者であり、この「学校と社会の協働」を進める事業は、社会教育での実践経験をもつ教員が中心的に担っている学校が多いことに気づいた。実際には学校の中にいる教員が、社会教育的な考え方を持ちながら、学校と社会の橋渡しをしようとしている姿がみられ、社会教育を担当している者としては、その姿に心うたれるものがあった。

 先にも書いたように、教員からすれば、睡眠時間以外のほとんどの時間を、担当班の学生と過ごすというのはかなりのストレスでもある。このような授業を担当する労力は計り知れず、同業者にこの授業の話をすると、たいていの人は「よくそんな授業やってますね」と驚かれることになる。実際のところ、準備にしても実際の訪問にしても、すべての学生が積極的に取り組むことは難しい。最初から積極的に取り組む学生も多いが、一方には「面倒くさいし大変だから行きたくない」という学生も多いのも事実である。

 だが、子どもも小さく、ふだんはなかなか夜まで大学にいることができない私にとっては、この5日間は、学生とゆっくり話し、学生たちの生活や人間模様をみる絶好の機会でもある。最終日には、全員が集合して報告会を開き、その後も皆で飲みながらワイワイと過ごす。そんなときに、最初は行きたくなかった学生が、訪問を終えて熱く訪問先について語るなどということも珍しいことではない。どんなに話しても話したりないかのように、最終日の夜が更けていくのである。そういう時間は、私にとっても刺激的な時間なのである。

(提供:草のみどり第231号)

眞鍋 倫子(まなべ・りんこ)/中央大学文学部准教授
専門分野 キャリア教育論、生涯学習論
1970年京都府生まれ。1989年京都府立乙訓高校卒業。1993年静岡大学人文学部社会学科卒業後、京都大学大学院教育学研究科に進学。東京学芸大学教育学部専任講師を経て、2006年より中央大学文学部准教授となる。講義の担当は生涯教育学、キャリア教育論、社会教育学など。現代の社会において、生涯にわたる学習・教育が必要となってきた背景や、教育がキャリア形成にどのように関わっているのかについての講義を行っている。研究課題は、女性のキャリアやライフコースと教育達成との関わりを通じて、教育のあり方を考えること。主に計量的な手法を用いた研究を行っている。