トップ>教育>中央大学経済学部「地域活性マインドを有する高度職業人の育成」
田中 廣滋 【略歴】
(平成20年度文部科学省「質の高い大学教育推進プログラム(教育GP)」採択事業)
田中 廣滋/中央大学経済学部教授
専門分野 公共経済学、環境経済学
グローバル化や地方分権が進展する社会において地域の諸課題の解決は、自治体の担当者だけで解決が可能な状況になく、政府は企業や住民などの力を活用して協働してこれらの課題解決に取り組む体制を構築する必要があり、公民協働(PPP: Public Private Partnerships)の枠組みが地域社会にとって不可欠なものとなっている。自治体や中央省庁に就職した人だけが地域の課題解決への責任を担うだけでは、持続可能な社会が実現しないということであり、地域の持続可能性にどのように取り組むべきかを具体的、かつ、明確にしなければ、この地域ガバナンスの協働の枠組みを実践できる人材は育成されない。
本取組は大学在学中に、職業選択を含めた人生設計を真剣に考える過程において、地域ガバナンスの課題への対応方法を学習することによって、大学卒業後の各々の立場に応じて、幅広く地域の諸問題の解決を図るリーダーとなり得る人材の育成を目標としており、現代社会の要請である「循環型社会システムの構築」及び「環境対応型社会ネットワークの形成」等を担う人材養成という課題に積極的に応えようとするものである。
本取組の骨格は、本学が地球環境へ貢献することを目的として、1998年の地球環境ユニットの立ち上げ、1999年の学術誌「地球環境レポート」の創刊、2001年の「高校生地球環境論文」の募集開始など、これら一連の活動から次第に形成されてきた。この活動の担当者は、地域の環境問題への実践的な対応の中から大学としての取組みの方向性を見出すことを企図し、東京電力との地域貢献活動(多摩チャレンジキャンバス2002年、2003年)、八王子市あるいは日野市と地域環境改善のための共同事業などを実施した。これらの実践的な活動とこの分野の世界的な先進的事例研究から、大学と地域住民と行政が連携する持続可能な取組と、そこに学生が参加・貢献する地域活性化の仕組みの構築が目標とされ、『中大・八王子方式』と名づけられた。
この方式が多くの地域で普及・発展するためには、当該方式による地域活性化の人材教育の有効性を実証する必要があり、文部科学省「現代GP」に選定された「『中大・八王子方式』による地域活性化」の取組み(2004~2006年度)を通じ、本学の大学院教育を中核としながら、八王子市、日野市、岩手県の紫波町で自治体と大学が多様なタイプの共同事業を実施する過程において、当該方式の有効性が地域の住民や自治体から認められたほか、この先駆的な取組みの中で、学生が地域活動の専門家や自治体の職員から育てられていく様子が観察され、地域による人材教育の機能が大学教育にも有効であるという実感が得られることとなった。
一方、当該プログラムに参加した学生に対する教育効果やキャリア形成に与えた影響は、次の3つのタイプの学生の存在に代表される。すなわち、一つ目は、自治体や企業などでこのような活動が継続できるような職場に進んだ学生、二つ目は、この活動の意味と適用の可能性をもっと体系的に学習したいと本学の大学院に進学した学生、そして三つ目は、この方式と単なるボランティア活動の違いを知って、今後の人生の設計に役立てたいと希望する学生の存在であり、いずれの場合からも、現場での課題解決型という実践的な教育の展開は、大学における教育との密接な連動が必要不可欠であることが確認されたのであった。
本協働プロジェクトの特長は、『中大・八王子方式』による地域活性化の方法論を2007年度から新カリキュラムとして導入した経済学部クラスター教育プログラムにおいて展開し、実践的なフィールドによる体験と大学における体系的な学習を連動させることであり、フィールド教育の場として、東京都八王子市、日野市、町田市、埼玉県秩父市、岩手県紫波町、中国天津市が設定されている。各フィールドでは、各地の課題に対して、地域と連携した多様なプロジェクトを構築することになるが、本プロジェクトより新規に取組むこととなった国際的な協働事業の取組み実績は、次の通りである。
この10年で経済発展が全国でトップの実績の開発区を擁する中国天津市を協働プロジェクトのフィールドとするために、2006年から天津理工大学と準備を行い、天津市の都市計画の政策を担当する設計院と中央大学との協働プロジェクトを実施することが決まり、中国側の教育機関として天津理工大学が中央大学をサポートする体制が構築され、この国際協働の枠組みに従い、2009年10月に天津市で学生による日本の経験を活かした政策提言をすることとなった。また、当該プロジェクトへ参加する学生においては、中国の環境問題に関する正確な知識がないだけではなく、中国の現地の情報を得ることも困難な状況にあったことから、政策提言を行う上で克服しなければならない難問の解決のために、次の3つのステップで教育計画が立てられた。
第1ステップでは、中国から講師を招聘して、中国の天津地区や雲南省昆明市の経済発展と環境問題などの講演を通じて、学生における中国の環境問題に対する関心を高める試みを行った。第2ステップでは、政策提言の課題を選定して、課題研究を指導し、学生の研究に必要な日本語と中国語の教科書を作成した。全学の学生が履修可能なFLPの環境プログラムを通じて本取組への参加が保障されている。第3ステップでは、2009年4月から、経済学部における「演習」および「公共クラスター特殊講義」、「FLP演習」で日本と中国の専門家が協議して定めたテーマに則し、本学の教員が学生の指導を行った。また、7月には本学に中国側の指導担当者を招いて本学学生が中間報告を行い、さらに、10月には、日本の2チームと中国側の代表として天津理工大学と北京市の対外経済貿易大学の2チームで国際フォーラムが実施され、日本のチームには日本語と中国語、中国のチームには日本語と中国語あるいは英語で事前に論文を発表することが義務づけられており、日本のFLPのチームが最優秀の表彰を受けた。日本人学生には、フィールド学習の場として天津市の都市農場、ゴミ発電所、汚水処理場の最新施設の見学の機会が与えられた。また、中央大学よる環境に配慮した産業の発展の戦略と住民の行動指標に関する政策提案は中国側に評価され、2010年の国際共同研究のテーマとしてさらに研究が進められることになった。
London Accord本部に隣接するギルドホール
本協働プロジェクトの目的の1つには、ロンドン市との協働により、公民協働の活動の先進地で開発された枠組みの有効性を学生に理解させることである。このため、本プログラムの担当者は、2006年から公民協働の先進地であるロンドン市が英国政府と共同で実施する持続可能な環境プロジェクト“ London Accord ”に協力しながら、公民協働の国際プロジェクトを支援する活動を続けている。現在、ロンドン市から定期的に送られてくる資料を学生と一緒に購読するだけでなく、日本からも政策情報を発信する双方コミュニケーションを実践することを心がけて学生の指導を行っている。実際、本学からも定期的に政策提案を続けており、論文“The Sustainable Framework of Climate Change and Financial Crises 2008-09 ”は、英国の気候変動戦略の理論的基礎としてロンドン市の研究グループから高い評価を得るとともに当該研究グループのWebサイトを通じて紹介され、本取組は英国が先導する国際的な気候変動問題へ一層の貢献をすることが期待されている。
2009年度における国内の各フィールドで取組む活動計画の概略は、以下の通りである。
本取組は、日野市の環境情報センターの機能の向上に寄与して、次の3つの重点項目に関し、日野市の行政能力と地域統治能力の向上ための活動を支援するものである。
また、環境情報センターが一部の市民だけが利用する施設となるのではなく、日野市のプロジェクトが地域の活性化を推進する参加型の地域活性化事業の拠点としての役割を果たすよう、その機能の向上と改善を支援している。
八王子市における取組の特徴は、前述の現代GP「中大・八王子方式による地域活性化」による活動を通じて、地域の環境診断指標「ちぇっくどぅ」を作成し、環境の地域活動の中核となる八王子市環境診断士を育成したことであった。現在、八王子市との取組では、この環境診断士による「ちぇっくどぅ」の普及を主要な目標として開催される環境フェスティバルにおける地域活性化のイベントの支援を行い、その後の期間において環境診断士が自主的に実施する地域環境改善活動を学生が協力して運営することを主眼としている。
中央大学教育GP; 町田市新エネルギーアンケート調査から
本取組は、新エネルギー政策の展開ための基礎資料として新エネルギーの事業促進に役立つパンフレットを作成し、住民の意識アンケート調査を町田市と共同で実施してその結果を分析することにより、町田市における新エネルギー政策の基礎資料を提供するものである。ここで得られた資料は日本が取組む低炭素社会の道筋に大きな示唆を与える内容となっている。
本取組は、岩手県紫波町の地域総合環境政策の計画と実施に必要な支援を行うものであり、具体的には以下の項目に要約されるが、多くの地域で適用可能な持続可能な地域ガバナンスのための政策手段が開発される。
本取組は、埼玉県秩父市の森林再生と地域活性化事業の推進を支援する活動である。
本取組の特徴は各地域の活性化に寄与する多様な政策手段を考案して実用化する過程を学生に体験させることである。本プログラムに参画する学生の中には、専門知識の不足により、個々の活動の意味を社会システム全体との関係で捉えることが十分でない場合もある。しかし、各フィールドでの活動を通じて、大きな達成感や充実感を得ており、これらのフィールドで培われた彼らの学習に対する意欲を糧として、担当者が何度も学生に体験報告をさせながら、その意味を学生と一緒に考えていくという地道な教育の実践が、このプログラムの有効性を一層高めるとともに、将来的な実践的教育の新たな展開への活路となると考えている。
中央大学経済学部教育GP
地球環境レポート
ファカルティリンケージ・プログラム-Faculty-Linkage Program-(FLP)