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トップ>教育>コンピテンシー育成による「知」・「能」の教育をめざして-文科省新教育GPにも選定された理工学部の取組-

教育一覧

牧野 光則

牧野 光則 【略歴

コンピテンシー育成による「知」・「能」の教育をめざして

-文科省新教育GPにも選定された理工学部の取組-

牧野 光則/中央大学理工学部教授
専門分野 システム解析・可視化、コンピュータグラフィックス

「社会の厳しい? 目」

 近年、大学を含むわが国の高等教育に向けられる目は厳しい。主要大学を卒業さえすればOKとちやほやされたいわゆるバブル期はとうに過去のものとなった。バブル期の終末あるいはバブルが弾けた頃に生まれた世代である現在の大学生には、地に足をつけた努力が求められている。

 大学生に求められていることは、わが国ならびに世界を支える人物に将来なれるよう(なるかどうかは本人の意思や巡り合わせもあろう)、必要(と思われる)知識を吸収し、それを活用する手段を会得することである。しかし、社会の多様化と先進化が進んだことと小学校から高校までの初等・中等教育の内容変更により、大学で学ぶよう求められる知識がこれまで以上の幅と深さになっている。一方で4年間という基本就学期間は変わっていないから、大学での学習は詰込み型になってしまったり、あるいは学習内容がこれまで到達していた水準に至らなかったりしている可能性がある。そもそも大学で全てを教えることができるはずはないので、学ぶきっかけを与えればよいという考え方もあるが、それにしてもどこまでどのように大学で学ぶのか、かつ、学ぶための力をどこまで会得しておくかは、厳しさを増すわが国の産業界に受け入れてもらうためにも、そして何らかの意味で常に競争状態にある社会で自分らしく生き抜くためにも重要であろう。

「教育の質保証」

 そんな中、高等教育の質をどのように保証するのか、に関する議論があちこちで起きている。これらの議論に共通することは、高等教育で修得する知識ではなくそれを活用できる能力に重点が置かれていることである。

 例えば、2008年12月に発表された文部科学省中央教育審議会答申「学士課程教育の構築に向けて」(文部科学省ホームページ新規ウインドウ)では、いわゆる「学士力」が示されている。これは、学士課程(「学士」の学位を授与する教育課程)が共通して目指すべき「教育成果」のこととされており、例示では、「知識・理解」、「汎用的技能」、「態度・志向性」、「統合的な学習経験と創造的思考能力」の4点で構成されている。また、経済産業省が示している「社会人基礎力」(経済産業省ホームページ新規ウインドウ)では、職場や地域社会で働く上で必要な力を「前に踏み出す力(アクション)」、「考え抜く力(シンキング)」、「チームで働く力(チームワーク)」の3つの能力を合計12の要素で分類して提示している。さらには、国際的な人の移動の活発化に伴い、生まれた国、教育を受けた国、働く国が一部あるいは全部異なることも珍しくなくなってきた状況を踏まえて、ユネスコとOECD共同で「国境を越えて提供される高等教育の質保証に関するガイドライン」(OECDホームページ内PDFファイル新規ウインドウ)を発表している(仮訳がある文部科学省のWebpageはこちら 文部科学省ホームページ新規ウインドウ)。ここでは、質の高い高等教育が国境を越えて展開されることを促し、高等教育の国際化の恩恵を最大限に高める一方で、質の低い教育や不当な提供者から学生等の関係者を保護することを意図している。すなわち、わが国の大学は国際的にみても十分な質を保った教育をしているのか、直接間接的にチェックされることが普通になる時代が遠くないことが予想される。

 教育成果(educational outcomes)を問うている学士力は、「何を教えているのか/学んでいるのか」という単なる知識だけでなく、実際にどの程度理解しているのか、それを活用することができるのか、そのために必要な素地はできているのか、という学生自身の行動特性にも及んでいる。すなわち、学士力を保証するためには、「将来この分野の職業人となるためには何を知っており、かつ、何ができるようになっていなければならないか」を大学はこれまで以上に考える必要がある。「先生の背中を見て(見せて)学ぶ」やり方は、教えられることに慣れてきた学生の意識を自ら学ぶ方向に変え、学士力の修得に資することは大きいと考えられる。一方で、質保証に関する説明責任を果たすためには、学士力を系統立てて伸ばしていることを明確にする必要がある。

「コンピテンシーと中央大学理工学部の取組」

 ある目的のために知識を活用する・できる行動特性は、一部で「コンピテンシー」と呼ばれている。潜在能力や広い意味での行動特性は、過去から現在に至る個人を取り巻く環境や経験、信念に基づいているため、直接評価することや教育することは困難である。しかし、職業人として行う業務上の行動特性はある程度把握でき、必要な改善をはかることができるといわれている。このため、一部の企業では採用時面接でコンピテンシーを評価基準にしたり、入社後もコンピテンシーを本人ならびに周囲で確認させて人材配置に活用したりする例もある。ちなみに、コンピテンシーが全くない人間などまず存在しない。その意味では、例えば「コミュニケーション力を身につけよう」ではなく「コミュニケーション力を向上させよう」が正しい表現であろう。

 中央大学を含む多くの大学では就活支援の一環として、コンピテンシーの育成を「キャリア支援」の一部として行っている。社会人基礎力の育成を図るためにもキャリア支援で取り組むことは重要であるが、一方で、学士力の育成を図るためには、やはり大学本来の教育課程(カリキュラム)への対応が求められる(例えば、キャリア支援でコンピテンシーを向上させたとしても、単位が修得できなければ卒業できない)。このためには、いわゆる知識伝授の従来型教育と人間力育成教育を組み合わせ、段階的かつ能動的に学生が向上していく形態が望ましいのではないだろうか(図1)。

 そこで、中央大学理工学部では、自らの教育改善活動の一環として段階的コンピテンシー育成教育システムの開発・導入を情報工学科から始めることとした。2008年度から取組に着手した情報工学科では、まず学科卒業生に求められる人材像をこれまでより具体的に定義し、それに必要なコンピテンシーを7項目で定義し、それらを合計33個のキーワードで詳細化した(図2)。これだけだと水準の解釈に大きな幅ができるため、各キーワードを5段階(すなわち165項目!)で定義した到達度点検表(ルーブリックスとも呼ばれている)を作成した(図3)。この策定のために、若手・中堅教員が夏休みを返上して企業の人材育成プロフェッショナルの協力も得ながら集中的に議論したことは、参画した教員の教育に対する意識を大きく向上させ、ファカルティ・ディベロップメント(FD)としても有効であったと感じている。これを受けて、コンピテンシー育成・点検の主要部を担う教育を2009年度から実施することとし、「映像系コンテンツエンジニア」の育成を目指す演習科目(情報工学科学生にとって興味深く、かつ、成果を目で見ることができるCGや画像処理をテーマに取り上げた、チーム単位のプロジェクト)を開設し、現在実施中である。演習科目設計にあたっては、通常の専門科目としての授業計画を立てた上で、各回で学生に求める行動や提出物を明確にし、それらから点検可能と思われるコンピテンシー・キーワードを対応させている。この結果、最終段階で学外の方にプロジェクト成果を説明し質疑応答する場を設けて、プレゼンテーション・コミュニケーション能力の向上を目指すなど、演習の過程でコンピテンシーを教員側はもちろん学生側にも強く意識させるよう計画・実施することができ、4月の前期演習開始時点と7月の終了時点での学生によるコンピテンシー自己点検結果にもその成果は強く表れている(図4)。

「学士力育成を通じた教育力の向上へ」

 このような情報工学科の取組を先例として、段階的コンピテンシー育成・点検を無理なく理工学部各学科の教育課程に導入し、中大理工の学士力を明確化することを目指すこの「段階別コンピテンシー育成教育システム」が文部科学省より平成21年度「大学教育・学生支援推進事業【テーマA】大学教育推進プログラム」に選定された(採択率14.8%とのこと)。関係者に通知されるとともに公表された選定審査結果によると、本取組は他大学等のGP(Good Practice)となることが強く期待されていることが読み取れる。

 コンピテンシー育成を意識する教育は、学生のコンピテンシーのみならず教える側(教員、職員、Teaching Assistantなど)の継続的改善システム(PDCAサイクル)や教員側自身のコンピテンシーも問われる。このため、本取組はファカルティディベロップメント、スタッフディベロップメントを含むと共に、TAとは何で何を意識して何をすべきなのかを整理する契機にもなろう。中大理工の学士力の保証と向上が中大理工の「教育力」の継続的向上にもつながる、win-winの関係になることを願っている。

牧野 光則(まきの・みつのり)/中央大学理工学部教授
専門分野 システム解析・可視化、コンピュータグラフィックス
1964年千葉生まれ。1987年早稲田大学理工学部卒業。1992年早稲田大学大学院理工学研究科博士課程修了。博士(工学)。中央大学専任講師・助教授を経て2004年より現職。現在の研究課題はコンピュータグラフィックス、バーチャルリアリティ、可視化で、「綺麗な映像を作ることより人や社会に役立つ映像を作れる仕組みを構築する」を方針としている。学術分野での活躍の他、日本技術者教育認定機構基準委員会副委員長、電子情報通信学会アクレディテーション委員会副委員長、内閣府総合科学技術会議基本政策推進専門調査会「大学院における高度科学技術人材の育成強化策検討ワーキンググループ」メンバーなど、工学系人材育成や教育認定に関しても積極的に関わる。2009年11月より理工学部長補佐。
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