1950年代半ばからの高度成長期以降に植林された木々が育った現在の日本は、かつてないほどの森林資源に恵まれている。こうした木々の多くが伐採期に達しており、林業は、木材の需要開拓や森林整備などの面からこれまでとは異次元での取り組みが急務となっている。林業の成長産業化は政府の重要政策に掲げられている。全3回シリーズの第2回では、地域の挑戦から森林と林業の未来を考える。
糸島市の「木材需要創出ワーキンググループ」のメンバー
間伐などの手入れで日光が差し込むようになったスギの人工林。池田主任主査(左)と菊次課長
「持続可能な山のサイクルを」
ブランド野菜に豊富な漁業資源。「移住したい町」として注目されている福岡県糸島市は人口約10万人で、福岡市という大都市に隣接しながら、海と山に囲まれた自然とともにある暮らしが人気を集める。地域の農産物などを扱うJA糸島産直市場「伊都菜彩」(いとさいさい)の売り上げはJA直売所で全国トップ、漁業では天然マダイは漁獲量全国トップ、カキの養殖、天然ハマグリの漁獲も盛んだ。
その糸島市が現在、力を入れているのが、林業の活性化だ。山から田園、さらに海へと水は流れている。「豊かな森林からなる山の恵みによって、きれいな水でおいしい農産物が収穫でき、漁場も豊かになる」との考えからだ。糸島市では「森林を整備しなければ、農業など他の産業にも影響が出てくる」(吉村浩次・農林水産課長)と説明する。
糸島市は2013年、「糸島型森林再生プロジェクト」をスタートさせた。市内の林業は国産の木材価格の長期低迷で収益性が悪化、従事者が減り、間伐など必要な整備が行われず荒廃する人工林が増えていた。間伐材産出の助成制度を設け、公設公営の貯木場を開設した。次のステップとして、2015年度と2016年度には、住友林業に委託し、森林の計画的な循環利用を目指す「糸島市森林・林業マスタープラン」を作成した。
住友林業発祥の地は愛媛県別子銅山で、銅山経営に伴い荒廃した森の再生に向け、当時の別子支配人が1894年に「大造林計画」を開始。多い年には年間200万本を超える植林を行った。以来、持続可能な森林経営を行い、現在、社有林は国内で約4万6444ヘクタール。社有林で培ったノウハウを生かし、森林整備から木材の需要開拓まで一貫してアドバイスを行う森林コンサルティング事業を行っている。
糸島市内の森林面積は約9800ヘクタール。スギやヒノキの人工林を含めて全体の8割以上が樹齢40年を超え、伐採・利用の時期を迎えている。マスタープランでは、最新の※航空レーザー計測を実施して樹種別の詳細な森林の状況を把握し、伐採計画や木材を運ぶ林道などの路網計画を作成した。
さらに、産出した木材をどう使うかを考える「木材需要創出ワーキンググループ」を設置。地域の森林組合、製材所、工務店などの代表者が参加し、市で産出された木材を市内で流通・加工・販売する木材の「地産地消」を進めていくことが決まった。メンバーで日新ホームの加賀田憲治・代表は「糸島の山を育てるには、糸島の木材を使わなければいけないと思っていた。ようやくここまで到達できた」と話す。へいせいの宮津寛・住宅部参事は「糸島の木を使うと糸島の山が元気になり、農業、漁業に恩恵をもたらす。そこに新たな価値を感じてもらえれば」と期待を込める。
豊かな森の先に海が広がる
建築用の糸島市産材を作り、天然乾燥させた木材のブランド名は、「伊都国のスギ」に決まった。糸島市が古代は「伊都国」と呼ばれていたことに由来する。糸島市農林水産課は「糸島の森林からの木材生産量が増加し、森林整備の成果が出てきた」(松本健一郎・課長補佐、池田将信・主任主査)と手応えを実感している。
マスタープランの作成を担当した住友林業の岡田広行・山林部グループマネージャーは糸島市に何度も足を運び、ワーキンググループのメンバー同士の橋渡し役になった。メンバーには初の試みに戸惑う声もあったが、一緒に議論を重ねるうちに、「皆で気持ちを一つにして柱一本から売っていこう」という機運が高まった。福岡県広域森林組合の菊次憲二・本店事業課長は「岡田さんの他地域などでの実践に基づいた豊富な知識とアドバイスで前向きな気持ちになった」と振り返る。
岡田グループマネージャーは「我々の仕事は森林のドクター。地域の声を聞いてその地域の実情に合った方策を決めるお手伝いをする。伐った木をきちんと売ってその利益を山に返していくことで、持続可能な山のサイクルを作る」と語る。
農業や水産業を含めた地域産業の活性化には、森林と林業が重要な役割を持つ。糸島での取り組みは全国に山からのメッセージを投げかけている。
穂木(枝から採った苗木の原料)をコンテナに挿し付ける作業工程。地域の人々を雇用し生産体制が整ってきた
全国的に森林が伐採期を迎える一方で、今後は将来の森林資源づくりに欠かせない苗木の不足が予想される。住友林業は、宮崎県日向市など全国4か所に「育苗センター」を開設した。専用のコンテナを使ってスギなどの苗の大量生産体制を確立し、年間1000万本の供給を目指している。独自開発の生産技術を活用し、苗の品質を高めるとともに生産の効率化に取り組んでいる。
住友林業が林業の活性化に関わる事業を展開している地域
・北海道下川町
・京都府京丹波町
・奈良県十津川村
・岡山県真庭市 他
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