第1回 進む都市木造
都市に「木のオフィスビル」誕生

7階建て「木質ハイブリッド造」
住友林業が施工 耐震・耐火+木のぬくもり

都市の商店街の一角に出現したフレーバーライフ社の本社ビル。外からもビルを支える木の柱が見え、木の存在を感じさせる

日本は国土の約3分の2を森林が占める「森林国」だ。豊かな森林は、地球温暖化の原因の一つである二酸化炭素を吸収し、水源を保ち育て、自然災害の被害を軽減するなど、さまざまな「山の恵み」をもたらしてくれる。国内林業の担い手不足などで山の荒廃が進んでおり、適切な伐採による森林機能の維持は待ったなしの課題となっている。私たちは森林とともに未来をどう生きていくのか。全3回シリーズの第1回では、都市の建築物に木材を活用する動き、都市の木造・木質化を考える。

1Fには木質感溢れる店舗スペース

健やかな空間に

「森のいきづかい毎日感じます」 「このビルに、木の持つポテンシャルを強く感じた。街のランドマークになってほしい」とフレーバーライフ社の興津社長

 JR東京駅から電車で約40分。東京・多摩地域の交通の要衝、国分寺駅前の商店街の一角に今年8月、木材をふんだんに使った7階建ての「木のオフィスビル」が完成した。アロマテラピーに関わる事業を行うフレーバーライフ社の本社ビルだ。

 この「木のオフィスビル」は、スタジオ・クハラ・ヤギが設計、住友林業が施工。基本構造は鉄骨だが、4階から7階部分は、鉄骨を木材で包んだ木質ハイブリッド集成材を使用し、耐震・耐火性能の高い構造とした。

 都心の狭い敷地で、木を多く使った木質建築のモデルケースとして、国土交通省の「サステナブル建築物等先導事業(木造先導型)」に採択された。外壁に取り付けたルーバーには、地元の多摩産のスギと新開発した塗料を使い、木質感と耐久性を高めた。4階から7階の室内には、カラマツの柱が美しい木目を見せ、アクセントになっている。

 「木で本社ビルを作りたい」。フレーバーライフ社の興津秀憲社長が、天然の精油を中心に自然素材を扱う会社の事業方針を新社屋建設に重ねていた。「職場は働く人にとって健やかな空間であってほしい」との思いもあった。木をふんだんに使った建築の良さを取り入れながら、木で耐火・耐震性のある建物ができることを知り、このプロジェクトを始めた。

ルーバーには、地元多摩産のスギを使用している

 最上階の7階は社員が集うイベントフロアで、全面に木の空間が広がる。社員が思い思いに時間を過ごせる場として、時に開放感のあるミーティングルーム、時にランチパーティーの会場など幅広いコミュニケーションに活用。興津社長は「一日も早く引っ越してきたいとみんなでワクワクしていました。毎日、木のぬくもり、森の息づかいを感じています」と語る。

 木のオフィスビルの施工を担当した住友林業の佐野惣吉・木化営業部グループマネージャーは、「品質と性能で、木は鉄骨など他構造と変わらないレベルに到達している」と説明する。「『木を使うと面白い』と思っている方々に実際に使っていただけるレベルに木の技術開発が追いついた。あらゆる場で木の可能性が広がっている。今後は木を都市の中でどうデザインするかが重要」とみる。

法改正も後押し

 2000年の建築基準法改正で木造で建設できる建物の規模が大きくなり、都市の建築物で木材を活用する環境が整ってきた。佐野グループマネージャーは「時代に合わせて社会が求める新しい木のマーケットを創る責任がある。1691年の創業以来、森とともに生き、木を扱ってきた木材のマーケットリーダーとして、積極的に社会に木を活かす建築物を提案していきたい」と語る。

 都市木造は、都市の「森林」として二酸化炭素を炭素として固定し、貯蔵する。木造は解体後も再利用でき、最終的にはバイオマス発電の燃料としても活用できる。戦後の高度成長期に植林されたスギなどの人工林が成長し利用時期を迎えており、建築需要の多い都市部での木材利用は大きな意味を持つ。都市の木造・木質化は、森林を活用する林業の活性化へとつながり、持続可能な循環型社会を創り出している。

※木質ハイブリッド集成材
耐火木材の一つで、鋼材を内蔵しまわりの木材が鋼材に対する耐火の役割を持つ。
【写真】2000年の建築基準法改正で都市部で中高層の木造建築物の建設に耐火などの性能が実証された木材の使用が認められ、耐火木材の開発が進んでいる。

海外で先行 大規模木造
木質建材で安定強度

空港構造部分に

 長い間、木造建築の規制が厳しかった日本と比べて、海外では1990年代以降、中層以上の大型の木造建築が増えている。

 こうした建築物に使われているのが、木材を原料とした木質建材だ。合板、集成材、LVL(単板積層材)、CLT(直交集成板)などがある。木で用途に応じた幅や長さ、強度を持つ材料を新たに作ることができるようになり、安定した性能を持たせることが可能だ。

 住友林業のグループ企業でニュージーランドに本社のあるネルソン・パイン・インダストリーズ社では、木質建材のLVLを製造している。

 LVLは、厚さ数㍉の板を層のように積み重ねて接着しており、強度が高く加工性に優れている。ニュージーランドでは、2016年に完成したカイコウラミュージアムに使用されたほか、2018年に完成予定のネルソン空港で構造部分に利用されている。

 LVLの原料は現地のラジアータパイン。約25年で成木となり植林木の中でも成長が速い。ラジアータパインの根本の直系が太い部分をLVLに、先端の直系が細い部分は別の木質建材であるMDF(中密度繊維板)に使用することで、一本の木を余すところなく利用している。

 CLTは、欧州や北米の集合住宅や商業施設で広く使われており、カナダでは18階建ての学生寮が完成した。

2015年完成のニュージーランドのオフィスビル。木質建材LVLを使用し延べ床面積6700㎡の大規模な建築が可能に

森林手帳
 日本の木造建築の耐久性を象徴する一つに、奈良・東大寺の大仏殿がある◆直径1メートル20センチほどの柱には、ちょうど子供が通り抜けることができる大きさの穴があり、子供のころ穴を通る「柱くぐり」を経験した人には、何年経ってもすべすべとして柔らかく厚みを持った木の感触が残っているのではないだろうか◆現在、東京・神宮外苑で建設中の新国立競技場は、木をふんだんに使った「杜(もり)のスタジアム」がコンセプトだ◆完成は2019年11月を予定しており、木材と鉄骨を組み合わせた大きな屋根が架かる◆木には人間の本能を呼び覚ますものがある。古来、日本の伝統的な建築物には木が使われてきた◆世界が注目する「神宮の杜」を通じて、都市で暮らす人々も、森林の恵みに改めて思いをめぐらせるだろう。

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