
- 絹川 弘一郎氏
- 富山大学医学部第二内科 教授
- 小野 稔氏
- 東京大学医学部附属病院 心臓外科 教授
- 遠藤 美代子氏
- 東京大学医学部附属病院 看護師長
- 大橋 未歩氏
- フリーアナウンサー


東京大学医学部附属病院
心臓外科 教授
小野 稔氏 東京大学医学部附属病院 心臓外科 教授
(おの・みのる)1987年東京大学医学部卒業。99年米国オハイオ州立大学心臓胸部外科臨床フェローを経て、2001年東京大学医学部附属病院心臓外科助手、04年東京大学医学部附属病院心臓外科講師、09年から現職。13年から東京大学医学部附属病院医工連携部長も務める。
■心不全のリスクや治療に家族で向き合う
大橋 現在、日本では推定5000万人以上に心不全のリスクがあるとのことですが、予防策や心不全になった場合について教えてください。
絹川 心不全の進行ステージには4段階あり、Dが最も重い難治性の状態、Cでは心不全の症状が出ます。Bでは心筋梗塞などを発症し、その手前のAにある高血圧や糖尿病は心不全の最大のリスク因子です。予防となるのは血圧・血糖・体重の管理です。
小野 心不全になったら進行させないよう生活習慣の改善に努め、医師のアドバイスを守り、処方薬をきちんと服用しましょう。また、家族と団結して病気と向き合う姿勢も大切です。
遠藤 補助人工心臓や心臓移植と言われると戸惑う方が多く、急激な状態の変化で治療を決断する時間が短いと、ご家族も追い込まれているように感じました。日頃から家族と相談することが必要かと思います。
大橋 私は脳梗塞の経験があります。「まさか自分が」と思いましたが、その「まさか」はやってくるんだなと改めて思いました。
遠藤 患者さんの中には「生きていいのか」「移植を受けてもいいのか」と考える方もいると思います。だからこそ、将来の生活を事前に家族と話し合っておくことが大切です。
■最新治療で変わる生活 社会復帰を目指して
大橋 薬物やカテーテルなどの治療でも症状が改善されない場合、手術になるのでしょうか。
小野 内科治療で対応できない患者さんには、必要に応じて外科的手術を導入しますが、ことさらに恐れる必要はありません。ここ10年ほどの間に医療技術も各段に向上しました。
大橋 重症心不全とはどのような状態ですか。また、補助人工心臓はどのような患者さんに適用されるのでしょうか。
絹川 平地歩行でも息切れがする、何か用事をするだけでも症状が出る、また3か月や6か月に1回程度の入院を要するようになると、重症心不全と診断されます。
小野 重症化して体を動かすことが困難になる場合は、心臓の働きや血液の循環を補助する強心薬の点滴治療を行い、それを止めると再び悪化する患者さんには補助人工心臓を装着します。植え込み型補助人工心臓の最大の目的は、自宅に戻ることです。通常に近い生活が送れるようになり、生活の質は大きく改善します。
絹川 補助人工心臓の場合は一定の制限はありますが、多くの方が復学や復職などを実現させています。国内旅行や山歩きができるほど運動能力が上がった方もおられます。
小野 心臓移植をすると活動的な生活が可能になります。免疫抑制剤を服薬したり、食中毒の危険性から生ものを控える必要がありますが、入浴や海外旅行・出張も可能です。

東京大学医学部附属病院
看護師長
遠藤 美代子氏 東京大学医学部附属病院 看護師長
(えんどう・みよこ)1989年東京大学医学部附属看護学校卒業。同年4月から東京大学医学部附属病院看護部に所属。97年から東京大学医学部健康科学・看護学専攻助手、2003年から現職。09年に人工心臓管理技術認定士を取得。

■患者さんのサポートと理解も深めていく
大橋 遠藤さんは山内さん、永田さんをはじめ患者さんをサポートしてこられて、いかがでしたか。
遠藤 私はレシピエント(※)移植コーディネーターとして、補助人工心臓装着前後・心臓移植前後とトータルでサポートさせていただきましたが、やはり家族が支えになっていると感じました。患者さんにお伝えしているのは、社会復帰の実現のためにも安易に辞職せず、相談してほしいということです。
※移植を受ける患者さん
小野 補助人工心臓・心臓移植と聞いて「機械によって無理やり生かされる」「他の方の心臓を頂いてまで……」と思う方は多く、まだまだ周知不足だと感じています。患者さんの考え方や生き方を尊重した上でですが、外科的手術の理解を得られるよう説明努力を続けていきたいと思っています。
■大切ないのちをつなぐために
大橋 補助人工心臓や心臓移植はまさにいのちをつなぐための治療だと感じました。今後の心不全治療についてどのように思われますか。
絹川 患者さんの最初の入り口となる内科医としては、早期の診断・適切な治療、そして必要な時期に外科につなぐことが重要な使命と考えています。また、治療を成功に導くには、様々な立場の医療従事者が一つのチームとなり最適・最善の治療を提供することが何より大切だと思っています。
遠藤 患者さんを地域や社会でも支えていけたらと思っています。ドナーさんのご家族は悩みながらご決断されていて、私たちはいのちをつなぐという重要な仕事をしていると感じています。移植された患者さんも一生懸命生きておられますので、皆さんも応援していただきたいです。
小野 65歳を超えて重い心不全を患っている方も、補助人工心臓を装着すると自宅で生活することができます。この治療は昨年から健康保険が適用されるようになっています。「自分は年だからもう無理だ」と思われている方も、今の日本には非常に優れた治療があるということをぜひ知っていただきたいと思います。

フリーアナウンサー
大橋 未歩氏 フリーアナウンサー
(おおはし・みほ)2002年テレビ東京に入社し、スポーツ、バラエティ、情報番組を中心に多くのレギュラー番組で活躍。18年からフリーに。脳梗塞を発症した経験から厚生労働省循環器病対策推進協議会委員を務め、パラスポーツの魅力を伝える活動にも力を入れている。

補助人工心臓から心臓移植へ 患者さんのお話

職場の理解が心の支えに 山内 牧子さん

特発性拡張型心筋症と診断され、保育士を続けながら服薬治療をしていましたが、歩くだけで息切れがするなど悪化したため、東大病院に移送されました。そこで、補助人工心臓の装着と心臓移植の必要性を告げられました。装着当初はすごく不安で、涙が止まらなくなることもあったのですが、日に日に体調が良くなり体が楽になっていくことを実感でき、何より自宅に戻れたのは大きかったです。
移植を待つ間に職場(群馬県高崎市)の方や病院の先生方、看護師さんたちのご協力で復職できたときは「病気ごと社会に受け入れてもらえた」という安心感がありました。ドナーの方には言葉にならないほど感謝しています。移植をして元気になった今、再び保育士として働けたらと思っています。

医療チームへの信頼と安心 永田 智さん

拡張型心筋症と診断されてから二度目の入院で肺炎のような症状に加え、脚からたまった水が出るようになり、衰弱が進んで「余命半年」と宣告されました。その際、補助人工心臓と心臓移植で助かる可能性があるとのお話をいただいて東大病院に転院し、補助人工心臓の手術を受け、家族・友人・職場の皆さまのご理解と多大な支援もあって仕事に復帰しました。
当初は正しい知識や理解がなく、「補助人工心臓で人造人間になるのでは」「日本で心臓移植ができるのだろうか」という怖さや不安を持っていました。そうした中で、医療チームの方にはプロ意識を感じ、信頼と安心がありました。移植後は仕事も通常通りできるようになり、趣味であったテニスを再開しています。ドナーの方には感謝しかありません。

絹川 弘一郎氏 富山大学医学部第二内科 教授