文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

薬と薬草のお話vol.66 オウヒと桜皮(おうひ)

広告 企画・制作/読売新聞社広告局

vol.66 オウヒと桜皮(おうひ)

薬用基原植物 Prunus jamasakura
Siebold ex Koidzumi
または
Prunus verecunda Koehne (Rosaceae)

 今年もサクラの風景は私たちの気持ちを癒やしてくれました。桜花の枝下に立つと、昔ともに眺めた心安らぐ人々の笑顔が脳裏に浮かびます。

 サクラの種類は非常に多く、また分布も広範囲です。薬用には主にヤマザクラの樹皮を「桜皮」と定義し、日本独自の使用法で、特に江戸時代から民間療法としても多く使われてきた生薬です。サクラはセンブリと同様、中国から知識を導入したものでなく、日本育ちの生薬です。また桜皮単独の薬効としては鎮咳(ちんがい)・去痰(きょたん)の効果が認められています。子供の頃、忙しく薬を調製している母の手にある液体の一つにおいしそうに思えたものがあり、後に桜皮エキスなどの咳(せき)止め薬と知りました。

 一方、漢方として桜皮が配剤されている処方には「十味敗毒湯(じゅうみはいどくとう)」があり、これは江戸時代の医師・華岡青洲が荊防敗毒散(けいぼうはいどくさん)の薬味を基に作ったとされています。ただし、現在のエキス剤の十味敗毒湯は、メーカーによって桜皮でなく樸樕(ぼくそく)(クヌギの樹皮)を使用しているものもあります。いずれにしても十味敗毒湯としては、例えば軽度の化膿(かのう)性湿疹や皮膚炎、蕁麻疹(じんましん)などに効果を発揮してくれます。この処方中の桜皮の薬効(役割)は、桜皮エキスの鎮咳・去痰薬としての役割とは異なり、主に排膿(膿〈うみ〉を体の外に出す)や解毒の効果がある薬味として配剤されています。

 私たちは誰しも毎日仕事や勉強に取り組んでいると、思わぬところで悲しい出来事や辛いことに出会う時があります。そんな時、「過去は振り返らない、精いっぱい前に進みなさい」と励まされるかもしれません。けれどサクラを見ると心に浮かぶのは何年か前の4月、亡父に頼まれ一度だけ父と母をつれて慰霊祭に出かけた日のことです。その日の両親のひと時の笑顔を囲む満開のサクラの景色を「忘れないこと」「思い出すこと」で前を向けます。

 心に浮かぶいとおしい日々は、私にとって未来への励ましのように思えます。


2022年4月30日
(笹川 悦子/笹川薬局社長/薬剤師)

トップへ ページの先頭へ