2022年10月5日
未来貢献プロジェクトのオンラインシンポジウム「日本を元気にするまちづくりとは―都市と地方の両面から考える―」が8月23日に開かれ、オンラインで配信された。日本総合研究所の藻谷浩介・主席研究員らが、都市と地方の連携を重視した日本の活性化策について意見を交わした。司会はシンクタンク「リ・パブリック」共同代表の市川文子さんが務めた。
- 主催:
- 読売新聞社
- 協賛:
- 三菱地所株式会社
基調講演
脱一極集中 強い社会へ
藻谷 浩介氏 (日本総合研究所 調査部主席研究員)
日本は「ガラパゴス」だとよく言われる。未来を悲観する傾向のためか、日本人が思う世界と現実との間にズレが生じやすい。等身大の事実を認識できないことが多いように思われる。
昨年の輸出額が過去最高水準だったにもかかわらず、「日本の国際競争力は落ちた」と言うのも、ガラパゴスな議論の典型だろう。その輸出を支えているのは、物を作っている地方だ。日本は東京ではなく、地方の総合力で稼いでいる。
ただ、足元は円安や原油価格の上昇で苦しい。生き残るために、米国でも中国でもなく、「日本からカネをもうけている国」を参考にしてみたい。
日本が経常収支で赤字となっている相手は、長年変わらない。衣料品やパスタを買っているイタリアと、薬品と時計を買っているスイスだ。両国とも一極集中の都市がなく、人件費も高い。
日本経済はバブル崩壊後の25年間、ガラパゴスなことを続けてきた。コンビニやネット通販が普及したが個人消費は増えず、東京に機能が集中したが経済は成長しなかった。もはや、大きい街を作っても競争には勝てない。ゲームのルールが変わったと気付かなくてはいけない。
都市圏の人口を世界と比べると、2000万人弱の京阪神は、米ロサンゼルスと同じ規模だ。アマゾンなどの拠点がある米シアトルや伊ミラノ、シンガポールなどは福岡と同じくらい。世界ではこの規模の都市が「成長点」とされている。
京阪神や名古屋、福岡、札幌、仙台など、日本には世界的にも大きな市場が複数あり、それぞれが競争力と世界機能を持てば強い社会になれる。可能性がないというのは、ガラパゴスで卑屈な見方だ。地方の可能性に気づいてみてはどうか。
人の集まる空間 創る
茅野 静仁氏 (三菱地所執行役員)
三菱地所グループは、JR東京駅前の大手町、丸の内、有楽町の「大丸有」と言われる地区を中心に事業を行っている。
丸の内はずっと順風満帆だったわけではなく、1997年に丸ビルの解体工事を行っている時、「丸の内のたそがれ」という記事が新聞に出た。当時、丸の内仲通りに並ぶビルの1階には、銀行の支店が多かった。平日は午後3時になるとシャッターが下り、土日は開かない状況だった。我々は、危機感を持って街づくりに取り組んだ。
今の丸の内は、人が中心の空間になってきている。丸の内仲通りでは、ストリートパークという取り組みを行っている。歩道をただ歩くだけの空間にするのではなく、人が集まる空間にしようとしている。ピアノを置くと、それを弾いてくれる人だけではなく、アコーディオンで一緒に音を合わせる人もいた。
今、丸の内ネクストステージとして、新たな街づくりを進めている。(東京駅のすぐ北側に計画、日本一の高さのビルになる)「Torch Tower」(トーチタワー)には、展望台や2000席のホールを設ける。タワーの前にある広場は7000平方メートルある。そこでイベントを仕掛ければ、地方とのつながりができてくる。都市の再生と地方の創生の両方をしっかりやっていきたい。
新型コロナウイルスの感染拡大で、皆が一回立ち止まって色々なことを考えた。一つは、リアルの価値だ。オフィスに来ると、テレワークとは違って、雑談があったり、偶発的な出会いがあったりする。スポーツ観戦や演劇、コンサートも、いつでも行けたものがなかなか行けなくなった時、素晴らしさや価値に気づいた。
コロナ禍の中、私もeコマース(電子商取引)を使う。リアルにお店に足を運ぶ理由って何だ、と考えることに街づくりのヒントがある。店舗に来てもらうなら、そこの意味を考える必要がある。背景にあるストーリー、人と人との関係が大事な時代になっている。
今は個性が認められる時代。逆に、個性を受け入れる力も求められる。次世代を担う若い人たちはすごく力があり、企業はそれをサポートしていく必要がある。街づくり、あるいはイノベーション(技術革新)は、よく「若者」「バカ者」「よそ者」がいて初めて成り立つと言われる。「バカ者」というのは、夢中になれる人を意味する。
街づくりは、人の活動が中心となり、そこにアート、建築、自然が融合するように進めていく。若者、アーティスト、色々な人々を巻き込みながら、取り組んでいきたい。
ビジョン掲げる大切さ
中川 政七氏 (中川政七商店会長)
中川政七商店は、江戸中期に奈良晒(ならさらし)と呼ばれた高級麻織物の問屋業として始まった。
入社当時、雑貨事業は赤字だった。ちゃんとブランドとして認知されるために、自分たちでお客さんの前に出てコミュニケーションを取ろうと、卸中心から直営店に販路を転換した。物を売るという感覚から、ブランドをつくるという考え方にシフトした。
もう一つのポイントは、ビジョンを掲げたことだ。うちには社是も家訓もなかった。2、3年悶々(もんもん)としていたが、やっと“おりてきた”のが「日本の工芸を元気にする」。これができてからは、経営判断が楽になった。
掲げた以上はしっかりやらなければと思い、業界特化型のコンサルティング、同じ工芸メーカーの再生を始めた。その中で産業観光を思いつき、(地元の)奈良のまちを元気にする取り組みも始めた。良いお店をいかに増やすか、一生懸命にやっている。大切なのは、一歩踏み出す勇気と学びだ。
今の時代は情報、交通、物流インフラが整い、地方でも会社はやっていける。ただ、圧倒的に差があるのは「経営」だ。経営をやるのは人。優秀な人をどれだけ地方に戻せるかが大切だ。
パネル討論
田舎を選ぶ時代 到来 都道府県の色 鮮明に
司会 市川 文子氏 (リ・パブリック共同代表)
市川 地方で起きていることをどう見ている。
中川 ここ20年で、色々な人が面白い店をつくってきているが、良い店でも続かないことがある。なぜかというと、ちゃんと経営していないから。こだわりや愛があっても、マネジメント(経営管理)がないと儲(もう)からない。経済産業省に、中小企業経営の学問をつくらないと駄目だと言っているが、地味な話なのでなかなか進まない。
藻谷 田舎に面白い人が移り住むと、最先端なことが起きる。そのうち、その人がやめてなくなってしまうことも、いっぱい目撃しているが、誰かが引き継いで、延々とつながっていっているという例もたくさんある。そういう人が、田舎を選ぶ時代がついに来たかというのが感想だ。
市川 福岡ぐらいの中規模の都市にポテンシャル(潜在能力)があると。
茅野 戦う「競争」と、一緒にやる「共創」を含め、やはり東京は国際競争力を考えると、元気でなければならない。ただ、一極集中ではなく、各地方都市も元気でなくてはならない。地方の人が、この街は何もないと言うが、いっぱいある。我々みたいなよそ者が入ることで、気づけることもある。
市川 東京への一極集中を脱するためには。
藻谷 親戚や、友達付き合いもあり、今住んでいるところから出られない。逆に言うと、東京から出られずにいる人間が楽しく暮らせる街にしていかないといけない。ヨーロッパで一番人口密度が高いと言われているオランダでも、島根県ぐらい。日本人が思っている田舎は、世界的に見ると相当な都市だ。田舎に暮らしていても、月に1回ぐらい東京に、大阪に遊びに行けばいい。両方を行ったり来たりできるのが、一番豊かなライフスタイルだ。
茅野 三菱地所グループが地方に全部入り込むのは無理。ただ、東京から発信していくという機能も大事かと思う。それぞれの地方は一生懸命頑張っているが、課題が出ても共有されない。それがつながると面白くなる。地方と地方をつなぐ役割を担っていきたい。
中川 地方の色がないと駄目だ。地方は宝の山だ、自然がいっぱいあると言われるが、それは47都道府県に等しくある。その中で、どこに行くのかという時に、都市の色がちゃんと出ていると、世界中から人が来る。行政の大きな単位で、他と明らかに違う旗を立てていただく。行政単位、国単位で、いいビジョンを掲げて、みんなで力を合わせれば、いい未来が来るのではないか。