2014年11月25日
これからの健康管理や病気治療のカギを握ると言われている遺伝子。その基礎知識と、遺伝子検査などの最新情報を学ぶシンポジウムが11月5日、東京・渋谷のアイアシアタートーキョーで開催されました。
- 主催:
- 読売新聞社
- 後援:
- 東京大学医科学研究所、独立行政法人 科学技術振興機構、日本癌学会
- 協力:
- 株式会社DeNA ライフサイエンス
基調講演
生命の設計図 遺伝子 知っているようで知らない遺伝子の基礎知識
宮野 悟氏(東京大学医科学研究所 ヒトゲノム解析センター DNA情報解析分野教授)
私たちは60兆個の細胞からできています。その全ての細胞に関する基本設計図が遺伝子(DNA)です。DNAは23組の染色体からなり、その情報量は約30億文字分あります。
私たちは母親のDNAと父親のDNAを半分ずつもらっていますが、これが遺伝です。また、遺伝子に変異があると病気になることがあります。遺伝子の変異の一つは「一塩基多型=SNP(スニップ)」と呼ばれ、病気のかかりやすさや体の特徴と関係があるものがあります。ただし、多くの病気は遺伝的要因だけでなく生活習慣、加齢、環境などの複数要因で発症します。
また、DNAには雑誌の袋とじのように読めない部分があります。この部分はエピゲノムと呼ばれていますが、この場所や読めるようになる時期は生活習慣や環境などによって変わり得ます。
近年、遺伝子情報の解析技術が飛躍的に進歩し、多くのがん細胞をスーパーコンピューターで調べることで、どのような遺伝子に変異が生じるとがんになるかがわかってきました。異常が出た遺伝子によっては、治療に効果的な薬の開発も進んでいます。
第2部 特別セッション
聞いてみよう!遺伝子のギモン 最新の遺伝子研究から遺伝子検査まで
【出演】
宮野 悟氏
湯地 晃一郎氏(東京大学医科学研究所附属病院
国際先端医療社会連携研究部門 特任准教授)
荻原 健司氏(元ノルディック複合金メダリスト)
坂下 千里子氏(タレント)
【進行】
池上 彰氏(ジャーナリスト/東京工業大学教授)
池上 装置の性能の高まりや多くの研究者の功績により、遺伝子情報を低コスト、短期間で知ることができるようになりました。そして、遺伝子検査が身近になるにつれて、病院等を介さない消費者直販型の遺伝子検査を行う会社も増えており、経済産業省では信頼性向上と市場の活性化に向けルール作りを進めています。この後、事前に寄せられた疑問などを、先生方にお聞きしたいと思います。
Q 個人の性格は遺伝子によってどこまで決定されるのですか?
荻原 私は双子ですが、弟と性格が似ているところもあれば、違うところもあります。
宮野 荻原さんは一卵性双生児なので弟さんと遺伝情報は一緒です。しかし、育った環境、遺伝子の発現のしかたなど、さまざまな要因の影響を受けるため、全く同じ性格に育つわけではなさそうだ、ということがわかっています。
Q 体質は遺伝しますか?
坂下 私も5歳の娘も冷え性です。これも遺伝でしょうか。
湯地 冷え性の遺伝については明確に解明されてはいませんが、太りやすさ、薄毛、血圧、血糖値の上がりやすさなど、遺伝が関係する体質が存在します。体質は単一の遺伝子で決定されるものは少なく、複数の遺伝子に加えて、環境、生活習慣などの影響を受ける場合が多いです。体質関連遺伝子が受け継がれていても、その体質が必ずしも表に出ない場合もあります。
Q 一般向けの遺伝子検査サービスを受けた際に、結果をどう受け止めたらよいですか?
宮野 生命の設計図である遺伝子情報を知ることで、自分の健康と生活について考え改善するためのきっかけになるメリットがあります。ただ、遺伝子情報を知ることによって心の負担を抱えることになるかもしれません。知らないでいる権利も存在します。血縁者と共有している情報を大切に扱い、子供には、大人になって自分で選べる権利を残しましょう。強制検査・無断検査は行ってはいけません。検査会社によって根拠となる論文などの違いで結果が異なることがあり、研究が進めば確率は変わります。遺伝子検査の結果は、診断ではありません。経済産業省や関連団体が公開している、検査を受ける人向けのチェックリストも参考にしましょう。
湯地 また、消費者直販型遺伝子検査や新型出生前検査では、遺伝情報の解析が海外業者に委託されている場合があります。日本人遺伝情報の国外流出は大きな問題です。
池上 「究極の個人情報」である遺伝子情報が海外で利用者の想定しないような使われ方をする恐れもあり、経済産業省ではこうした問題に対応するためにも、ルール作りを進めています。
Q 遺伝子研究が進むことで、予防などにより、がんや生活習慣病患者を減らすことができますか?
湯地 将来、個々人の遺伝子型に応じて疾病を減らすことが可能になると予想しています。例えば、遺伝子型と飲酒・喫煙・食道がんの関係を示した研究があります。飲酒と喫煙を行う人での食道がんリスクが、特定の遺伝子型を持たない人では7倍であるのに対し、特定の遺伝子型を有する人では190倍にはね上がるというものです(Gastroenterology誌、2009年)。遺伝子検査に基づいて自身の疾病リスクを知り、未病の段階で生活習慣を改善することで、がんなどの予防につながると予測できます。ただし、がんや生活習慣病は加齢、生活環境の影響があり、多因子疾患です。今後、さらなる研究が必要です。
Q 最新の遺伝子情報で、自分たちの生活はどのように豊かになるのでしょうか?
宮野 安価に、迅速に、簡単に遺伝子情報がわかる時代がやってきました。私たちの生活スタイルに大きな変化が起こると思います。
湯地 さらに将来は、個々人の遺伝子型に応じて薬の効果や副作用の予測を行う個別化医療や、遺伝子型に応じた生活習慣の改善などが当たり前になると思います。楽しみですね。
池上 遺伝子情報に基づいて病気の予防や早期発見、治療ができる時代が来ることが期待できますね。
荻原 本日のお話を聞いて、「遺伝子情報についてきちんと理解して使えば、100歳まで生きられるヒントになるかもしれない」と、明るい未来を感じました。
坂下 私は「遺伝だからしょうがない」と親のせいにしていたこともありましたが、これからは娘のためにも遺伝子情報を参考にしながら生活環境や習慣も見直そうと思いました。
池上 遺伝によって病気が引き起こされたりしますが、個人の意志や生活態度によって、そうした病気の予防もできます。自分の遺伝子情報を知った上で、それをうまく使って、よりよく生きることを考えることが大事ですね。本日はありがとうございました。
遺伝子情報5つのポイント
- ヒトのDNAは父母から受け継いだ23組の染色体上にある。
- 解析技術の飛躍的進歩や研究により、遺伝子情報は急速に解明されつつあり、低価格、短期間で知ることができるようになった。
- 多くの病気・体質は遺伝的要因に加えて、生活習慣・加齢・環境など複数の要因の影響を受ける。
- 遺伝子研究が進むことで、がんや生活習慣病の予防に役立つ可能性がある。
- 遺伝子情報を知ることは、自分の健康と生活について考えるきっかけになる。メリットとデメリットがある。
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