2014年12月1日
医療・健康シンポジウム「明るい長寿社会を考える~認知症と向き合う~」が10月24日、東京都港区のニッショーホールで開かれた。2020年東京五輪・パラリンピックをきっかけに活力ある日本を作り上げていく道筋を考える「未来貢献プロジェクト」の一環で、約600人が参加した。パネルディスカッションでは、鳥羽研二・国立長寿医療研究センター総長、エッセイストの安藤和津さん、「認知症の人と家族の会」本部常任理事・埼玉県支部代表世話人の花俣ふみ代さんが登壇し、認知症の予防やケアなどについて意見を交わした。(コーディネーター 読売新聞東京本社社会保障部長・猪熊律子)
開会挨拶
一体的支援を進める
水谷 忠由さん(厚生労働省 認知症・虐待防止対策推進室長)
日本では65歳以上の約4人に1人が、認知症かその予備軍と推計されている。
厚生労働省では、地域で医療や介護、生活支援などが一体的に提供される「地域包括ケアシステム」の構築を進めている。認知症施策で重視するのは「早期診断・早期対応」だ。専門職による「初期集中支援チーム」が自宅を訪問し、地域で暮らすのに必要な医療・介護サービスを考える。
かかりつけ医が変化に気付いたら、専門医につなぎ、適切な診断を促す。病院や介護施設で必要な医療・介護を受けたら、地域に戻ってもらう。こうした地域内の連携も重要だ。認知症の人や家族が地域の人たちと語り合う「認知症カフェ」の普及も目指す。
基本となるのは、認知症への理解を深めることだ。様々な分野で関係省庁と連携していきたい。誰もが認知症になる可能性があり、認知症の人と向き合う可能性がある。社会全体で取り組んでいきたい。
基調講演
複数療法行い効果
鳥羽 研二さん(国立長寿医療研究センター総長)
認知症が増えている。75歳以上の人が増えてきたことと、隠さずに診断を受けるようになったことがあると思う。自分が認知症にならなくても、家族などのケアに携わる確率は、かなり高い。
同じ話を繰り返す、物をなくす、料理がうまくできなくなるといったことから始まり、数年して、入浴やトイレなど日常生活に様々な不自由が生じるようになる。進行に伴い、いかに必要なものを補えるか。家族の力だけでなく、介護サービスを上手に組み合わせれば、相当の期間まで家にいることができるだろう。
治療については、薬物療法によって記憶力や判断力の低下を一時的に改善し、悪化するのを防ぐことが可能だ。言葉が荒れる、うろうろする、無関心になるなどの症状にも、効果がある場合もある。家族との関係も改善し、できなかったことが少しできるようになるといった生活機能の維持も期待できる。
最近、「先制医療」への関心も高まってきている。発症の20、30年前に最新機器で脳の状態を調べ、早めに薬を始めてはどうかというものだ。可能性はあると思う。
予防には、運動療法や音楽療法などがある。頭を使いながら体を動かし、歌を歌ったり、楽器を使ったりして脳を活性化する。「なんとか療法」と言わなくても、家の中でできることもたくさんある。例えば、昔話をしたり、昔の歌を歌ったり。家族が一緒にお茶を飲んでやるだけでも十分喜ばれる。
症状が進行した人には、短期集中リハビリテーションが、全国の老人保健施設で行われている。
薬やリハビリ、非薬物療法をうまく組み合わせることで、改善効果が上がることも報告されている。
頑張りすぎないで
安藤 和津さん(エッセイスト)
しっかり者の母がある日突然、別人のようになった。一日中、マッサージチェアに座り、むすっとした顔で目に光がない。怒りっぽくなり、料理の味つけがおかしくなった。他人に私の悪口を言うので、悔しくて恥ずかしかった。存在自体が疎ましく、憎しみを覚えた時期もあった。まだ介護保険が導入される前のこと。本当に苦しかった。
その後、認知症と診断された時、神様に祈った。「親孝行の時間を一分一秒でも延ばしてください」と。その日から奮闘が始まった。母はこってりしたものが好き。高脂血症、高血圧、糖尿病——すべて症状があった。料理を薄味にし、野菜を多めにする。気がついたら、母の表情が穏やかになっていた。食事は大事なエネルギーだと感じた。
在宅介護が続き、私自身に医者からレッドカードが出された。15分おきに起こされる。「おむつ替えもトイレの介助も、もう嫌だ。一体いつまで続くの」。涙が止まらなかった。
ある日、ハッとした。おむつも排せつも生きている証しではないか。そして、私がどうやって大きくなったか考えた。「母におむつを替えてもらい、ごはんを食べさせてもらったじゃないの」
長い真っ暗な「介護トンネル」の中から、ポッと光が見えた。「私たちのために必死に働き、頑張ってくれたのだから、人生の最後にすてきな時間を送ってもらいたい」。心から思った。
母が自宅で最期を迎えた時、うっすら笑みを浮かべていたのを覚えている。
最高の人生の幕引きのため、家族愛で頑張ってほしい。でも、頑張り過ぎないで。私は「介護うつ」になった。身体面のケアは頼める人に頼み、心のケア、愛情、声かけなどの人間的な感情の部分は家族で守る。それでいいのではないか。
パネルディスカッション
【出演】
鳥羽 研二さん
安藤 和津さん
花俣
ふみ代さん(「認知症の人と家族の会」本部常任理事・埼玉県支部代表世話人)
【コーディネーター】
猪熊 律子(読売新聞東京本社社会保障部長)
——どうすれば認知症は予防できるのか。
鳥羽 認知症は、発症を先送りすることである程度は予防できる。有効なのは、運動、栄養素が不足しない食事、知的な活動。この三つに尽きる。逆にリスクが高まる要因には、高血圧、糖尿病、頭部へのケガ、社会参加の少なさなどが知られている。
アルツハイマー病などの脳の変化を根本から治す薬はなくても、機能が残った部分の動脈硬化を防げば、発症は遅れる。だから、例えば、ワインを飲んでポリフェノールを摂取することも、ほどほどに楽しめば、予防の効果はある。
——家族が認知症になった場合の介護サービスの利用法を教えてほしい。
花俣 認知症の人を在宅で介護するための3本柱がある。一定期間寝泊まりする短期入所生活介護(ショートステイ)、施設に通って日中を過ごす通所介護(デイサービス)、ヘルパーが洗濯や入浴などを援助する訪問介護だ。
介護サービスの利用は、家族としての権利ともいえる。悲劇を起こさないためにも、一人で抱え込まず、サービスを上手に組み合わせていく必要がある。
——安藤さんも介護保険が始まってから母の介護にヘルパーを利用していた。
安藤 ただ、命を預かる仕事なのにスキルが不十分なヘルパーがいた。あおむけに寝ていた母の言いなりになって、おやつの菓子を食べさせ、喉を詰まらせて肺炎を起こしたこともある。介護される側にも、これまでの人生を重ねてきた重みがある。十把一からげの対応ではなく、1対1の付き合いをしてほしいと感じた。
——認知症になった人には、どんなリハビリが効果的だろうか。
花俣 音楽療法やアニマルセラピーなど、いろいろな療法がある。絵を描くことは、言葉によるコミュニケーションの力が落ちた人が心の内を表現する手段になる。音楽療法も、みんなで歌えば認知症のある人もない人も一緒に楽しめる。どの療法にも意義があり、それぞれ効果はあると思う。
鳥羽 絵が好きで、認知症発症後に描いた絵が作品展で入選した人がいる。「発症して3年たつが、今も穏やかに過ごしている」と聞いた。その人の一番好きなことをいかに見つけ、褒めるか。それによって脳機能の残っている部分の衰えを防ぐ。ここに認知症のリハビリの原点がある。
安藤 うちの母は絵や字が思ったように書けないと機嫌が悪くなった。リハビリも千差万別で、どれが適しているかは、人それぞれのような気がする。
——認知症の人の終末期のケアや看取りは、どうあるべきだろうか。
安藤 母の体重が重すぎて、私は肩を何度も脱臼し、腰痛が持病になった。皆さまにお願いしたいのは、足腰を鍛えてほしいということ。そして、太りすぎないでほしい。介護する側、される側、どちらになるにしても大事だ。
人は泣いて生まれて、最期は笑顔で「さようなら」が理想。笑顔で見送れるように努力してください。
花俣 「施設から在宅へ」の流れがあり、在宅での看取りは今後増えるだろう。私も在宅で看取った経験があるが、本人が意思を伝えられない状態で、命を左右する重い選択を介護者がしなくてはならない。医療のバックアップも不可欠だ。
鳥羽 認知症は寝たきりになってからも比較的長い。意識がある程度しっかりしている間に、おなかに開けた穴から管で栄養を取る「胃ろう」を付けるかどうかなど、悪化した時のことを書面などで意思表示しておくことが重要だ。
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