2014年9月19日
高校生を対象にした科学・社会講座「イノベーションキャンパスinつくば2014」が8月11~13日、茨城県つくば市のつくば国際会議場で開かれました。11日は全国から約1,000人の高校生らが参加し、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の星出彰彦宇宙飛行士の基調講演や、同講座学長の長沼毅・広島大学准教授による特別講義を聴講。その後、8コースに分かれ、企業や研究機関の研究者らによる各種最先端技術を見聞しました。
12、13日には研究機関の見学や成果の発表などが行われました。
- 主催:
- 茨城県、茨城県教育委員会、つくば市、つくば市教育委員会、読売新聞社
- 後援:
- 文部科学省、経済産業省、科学技術振興機構
- 協賛:
- 茨城県信用組合、インターネットイニシアティブ、サイバーダイン、常陽銀行、新日鐵住金、スマートライフジャパン推進フォーラム、関彰商事、筑波銀行、東京ガス、日本アイ・エス・ケイ、日本テレビ放送網、日立建機、日野自動車、富士通(五十音順)
挨拶
橋本 昌氏(茨城県知事)
皆さんが大人になるころ日本が元気一杯であるためには、科学技術の発展が大変重要です。将来につながる芽をこのつくばから育てていきたい。
今日は先輩方に学び、素晴らしい仲間をつくって欲しいと思います。
市原 健一氏(つくば市長)
つくばには最先端の研究施設が集積し、次世代がん治療、生活支援ロボット、藻類バイオマス、世界的ナノテク拠点形成等、未来を牽引するプロジェクトが進行中です。それを体感できる今回のような機会を、今後も増やしていきたいと思います。
基調講演
星出 彰彦氏(JAXA宇宙飛行士)
宇宙飛行士を職業として意識し始めたのは高校生の頃です。英語力と国際感覚は必要になるだろうと自分なりに考え留学し、その後理系に進学。宇宙開発事業団(現JAXA)に入社し、若田光一宇宙飛行士が初めて宇宙飛行した際には現地でサポートしました。与えられた機会をさらに活用し、飛行機の操縦やロシア語を勉強したことが今につながっていると思います。夢に近づくために、その時々に自分でできる+αをやってみてください。
特別講義
長沼 毅氏(広島大学准教授)
イノベーションとは何でしょう。サイエンスや技術に限らずどんな分野であれ、市場や社会に突破口を開く、オリジナルで新しく、かつ重要なものをさします。イノベーションのもとになるのはひらめきや思いつきですから、それを大事にしてほしい。今日は「自由な発想をするぞ」という気がまえで話を聞き、どんどん質問や意見を出して講師の皆さんとコラボレーションしてほしいと思います。
選択講座
Aコース | Bコース | Cコース | Dコース |
---|---|---|---|
「当たり前」の生活を支えるエネルギーの大動脈
竹田 岳史氏 |
アスタコによる建機ロボット化への挑戦!
小俣 貴之氏 |
ロボットスーツが未来を変える、社会を創る
久野 孝稔氏 |
これからのスマートな暮らし~省エネ、創エネ、蓄エネ、そしてHEMS~
和氣 政広氏 |
謎の深海生物にさぐる宇宙生命の可能性
長沼 毅氏 |
細胞シートによる再生医療実現への挑戦
岡野 光夫氏 |
素粒子から宇宙を探る
多田 将氏 |
|
Eコース | Fコース | Gコース | Hコース |
ものづくりの最先端を支える先進材料「鉄」
岡田 光氏 |
取材から番組まで ~ニュースを支えるテレビ技術~
甲斐 創氏 |
インターネットの技術進化と多様性の役割
長 健二朗氏 |
知らぬ間に社会に浸透するマルチメディア技術
福岡 俊之氏 |
ロボット最先端科学技術イノベーション
大場 光太郎氏 |
科学でテレパシーを実現!?~脳波で気持ちを伝える装置の開発~
長谷川 良平氏 |
宇宙から地球を観るために~「縁の下の力持ち」達の国際協力~
三浦 聡子氏 |
中性子線を使った次世代のがん放射線治療:BNCT
熊田 博明氏 |
授業動画の公開期間は終了しました
「当たり前」の生活を支えるエネルギーの大動脈
竹田 岳史氏(東京ガス 幹線建設プロジェクト部 北関東幹線建設事務所)
私たちの「当たり前」の生活は、たくさんの“人”や“技術”に支えられています。工場からお客さまのもとに都市ガスを送り届けるガスパイプライン。その建設にあたっては、パイプの腐食を防ぐ技術や地形に合わせた安全な施工方法など、安全かつ安定した都市ガス供給を支えるさまざまな技術が駆使されています。
ガスパイプラインの建設は、多くの人の協力と確かな技術によって完成に至ります。自分ひとりで出来ることには限りがあります。今回の講義が学生のみなさんにとって、日々の生活を支える“技術”、協力し合える“仲間”の大切さに気づくきっかけになればと思います。
アスタコによる建機ロボット化への挑戦!
小俣 貴之氏(日立建機 戦略企画本部 戦略企画室)
私たちの会社では油圧ショベルやクレーンなどの建設機械をつくっています。油圧ショベルは、腕の先端ツールを交換すればいろいろな作業に使える器用な機械ですが、解体工事の分別作業など、まだ人力に頼る部分があります。
そこでもっと器用にするために腕を2本にし、ロボットのように賢くしたのが「アスタコ」(スペイン語でザリガニの意味)です。片方の腕でつかみ、もう一方の腕で切るなど、1台の機械で2つの作業を同時に行うことができます。大きさも力も違うアスタコをつくり、消防レスキュー、建物の解体、災害支援などで活躍しています。これからも「アリエナイをアリエルにする。未来を変えていく機械」をつくっていきたいです。
謎の深海生物にさぐる宇宙生命の可能性
長沼 毅氏(広島大学准教授)
私が高校3年のとき、太平洋に海底火山と謎の深海生物チューブワームが発見されました。海底火山のガスを取り込み、体内の共生微生物が栄養を合成しています。同時期に木星の衛星で氷に閉ざされたエウロパにも火山とそれによってとけた海(内部海)がありそうだとわかりました。海底火山があればいいのなら、エウロパにもチューブワームのような生物がいそうだと考えたのが私の原点です。
エウロパ深海調査は今あるテクノロジーで実現可能です。十数年後にはエウロパ有人探査が可能になるでしょう。宇宙大航海時代を迎えるにあたって、私の夢をぜひ皆さんにかなえてほしいです。
ロボットスーツが未来を変える、社会を創る
久野 孝稔氏(サイバーダイン メディケア推進部部長)
サイバーダインはロボットスーツHAL(ハル)などの先端医療福祉機器をつくるベンチャー企業で、「テクノロジーは人や社会に役立ってこそ意味がある」を理念に、超高齢社会などの社会課題を解決するソーシャルイノベーションカンパニーです。世の中の役に立つには、消費者が安心して日々利用できるための「社会実装」が不可欠で、それができなければイノベーションではありません。人の身体機能を改善・増幅・拡張するロボットスーツHALは、20年前から研究を重ね、自治体や大学病院で導入が進んでいます。新しい技術の担い手となるプロフェッショナルユーザが定着していけば、早期に社会に浸透していくでしょう。他にもさまざまなイノベーションを着々と準備中です。
細胞シートによる再生医療実現への挑戦
岡野 光夫氏(東京女子医科大学 特任教授)
細胞シートという新しい治療法を生み出したのは医学と工学の融合です。臓器提供ではなく、患者の細胞から作ったシートを使った角膜や心臓の再生医療が成功。食道がんの切除後に細胞シートで患部を速やかに再生しますし、軟骨や歯周病も治せます。すべて世界初の快挙です。
細胞シートを量産しながら専門家を育てる場を作れば、多くの患者を救うことができます。現在、無菌の自動化環境で細胞シートを作る「組織ファクトリー」FIRSTプロジェクトが終了し、さらなる発展を目指しています。
研究だけでなく患者を治すまでやり抜くのが、本当のイノベーションです。私たちは国境を越えて、治らなかった病気を治すチャレンジをしているのです。
これからのスマートな暮らし~省エネ、創エネ、蓄エネ、そしてHEMS~
和氣 政広氏(一般社団法人 環境共創イニシアチブ 審査第三グループ長)
米国のゴールドラッシュ時に、丈夫なズボン=ジーンズを考案したのはリーバイ・ストロースでした。社会ムーブメントが起きると、そこにはイノベーションが生まれます。エネルギー産業についても同じことがいえます。
電力不足を解決するには、クリーンエネルギーを効率よく作り蓄える「創エネ」「蓄エネ」技術、無駄なく使う「省エネ」技術、それらをつないで機能させるシステムが必要です。太陽光などの発電システムと蓄電池、家電をネットワーク化し、省エネを目的に管理するのがホーム・エネルギー・マネジメント・システム(HEMS)です。これからはこの4つの技術が組み込まれたスマートハウスが主流となることでしょう。
素粒子から宇宙を探る
多田 将氏(高エネルギー 加速器研究機構 素粒子原子核研究所助教)
現在わかっているもっとも小さい構造・素粒子を扱うのが素粒子物理学です。素粒子を取り出すには加速器を使います。日本は素粒子物理学の分野では最先端です。
最初の宇宙は一カ所に固まって、超高温だったと考えられています。これがビッグバンです。過去の宇宙を知るには加速器でエネルギーを与えてそれと同じ状態を作ればいい。現在世界最大の加速器でさかのぼれるのは1017℃までですが、より高性能の加速器ができるともっとさかのぼることができます。宇宙も現在考えられているのとは違った姿をしているかもしれません。皆さんがそれを発見してくれると期待しています。
ものづくりの最先端を支える先進材料「鉄」
岡田 光氏(新日鐵住金 技術開発本部 鹿島技術研究部)
鉄は人の暮らしと産業を支える素材です。新日鐵住金・鹿島製鉄所では自動車、飲料缶から家電まで幅広く使われる薄板と、船舶やプラントなどに使用される厚板、住宅等の柱や梁に使用される建材を作っています。
自動車用には軽くて強い鋼板を開発します。シリコンを添加すると加工しやすく高強度になりますが、表面に疵(きず)ができるのが難点でした。実験を繰り返し、疵を防ぐ方法を見つけて導入するまで15年かかりました。イノベーションを起こすには熱意、時間、お金、そして周囲の協力が不可欠です。鉄は理論強度の30%にしか達しておらず、いまだ大きな可能性を秘めた素材です。皆さんにもぜひチャレンジしていだきたいです。
ロボット最先端科学技術イノベーション
大場 光太郎氏(産業技術総合研究所 知能システム研究部門 副研究部門長)
実はロボットの定義は存在せず、その分イノベーションしやすい分野といえます。あらゆる形態のロボットは道具であり、みなサービスのための手段の一つです。そこでイノベーションを生み出すには、超高齢化などの社会課題のように「答えのない問題」の解決策を考えるのが最大のカギとなります。
ロボット開発には、求められるサービスから発想するデザインと、社会に受け入れられる仕組みづくりがとても大切です。私たちは高齢化を先取りする被災地・気仙沼の支援に入り貴重な知見を得ましたが、社会問題解決には理系だけではなく文系からのイノベーションが不可欠だと感じました。
取材から番組まで~ニュースを支えるテレビ技術~
甲斐 創氏(日本テレビ放送網 技術統括局技術開発部 主任)
テレビ番組は、番組制作・中継・伝送・編集スタジオ・管制等の技術と、それを支える技術開発によって作られています。ニュース番組の場合、取材した素材を編集し、放送局のサブコントロール室でスタジオや中継映像と切り替えたり、音質と画質を調整して放送します。
テレビの技術には以上の撮影・音声ミキシング、編集など人が習得するテクニックに加え、放送機材に使われる様々なテクノロジーがあります。現在、膨大な情報を効率的に伝送する4K放送や、インターネットを利用した双方向放送サービス・ハイブリッドキャストなどが可能になり、2020年のオリンピックに向けて準備が進んでいます。
科学でテレパシーを実現!?~脳波で気持ちを伝える装置の開発~
長谷川 良平氏(産業技術総合研究所 ヒューマンライフテクノロジー 研究部門 研究グループ長)
テレパシーを脳科学と機械で実現しようというのが今回のお話です。私は脳と機械を結びつけるブレイン-マシン インターフェース(BMI)を研究しており、BMIに代表される脳科学の応用分野をニューロテクノロジーと呼びます。
事故や病気で運動機能が大きく障害され、意思伝達が難しい人向けのBMIがニューロコミュニケーターです。頭に装着した小型無線脳波計測装置で脳波をリアルタイムで解読し、その結果をパソコン画面上のアバターに話させることができます。現在、これに関する基盤技術と応用技術の開発を同時並行的に進め、実用化を目指しています。将来はBMI技術に溢れたまちづくりをしたいです。
インターネットの技術進化と多様性の役割
長 健二朗氏(インターネット イニシアティブ 技術研究所所長)
インターネットはその多様性が強さやしぶとさのもとです。デジタル技術のすごさは、さまざまな技術が同時多発的に影響し合いながら発展し、“進化”が高速で起きることです。進化の時代には変化への適応が大事で、それには多様性が欠かせないのです。
インターネットはオープンで自由なので、新しい技術やサービスがどんどん生まれてきます。完璧を求めず、その分はよそでカバーするから壊れても動き続ける。東日本大震災のときもインターネットは使えました。いろいろあると変化に強い。皆さんも個性を大切にしながら自分の幅を広げ、変化に適応しピンチをチャンスに変える力をつけてほしいです。
宇宙から地球を観るために~「縁の下の力持ち」達の国際協力~
三浦 聡子氏(宇宙航空研究開発機構(JAXA)・主任開発員)
私はこれまで4つの地球観測衛星に関わり、地上設備の開発・運用と国際調整を行ってきました。地球観測は太陽光によって生じる地上からの電磁波を利用します。衛星の観測機器が電磁波を捉え、地上ではその情報を受信して記録・保管し、画像作成の処理をしてから利用者に提供します。
日本の開発した衛星であっても観測機器や地上局は複数の国にまたがる上、世界各国で作業を分担することもあります。他国の技術者と英語での細かい調整が必要になりますし、関連の国際会議では議長も務めました。その経験から皆さんには英語はもちろん、自国を語れるよう文系科目も勉強しておくことを奨めます。
知らぬ間に社会に浸透するマルチメディア技術
福岡 俊之氏(富士通研究所 メディア処理システム研究所 スピーチ&ランゲージテクノロジ 研究部長)
ぼくは学生時代バンド活動を通して“モノづくりの楽しさ”、“他人を「ワォ!」と言わせる楽しさ”、“共同作業の楽しさ”を学び、今の仕事につながっています。現在は実世界とコンピュータを結んでさまざまな情報を集め、便利な仕組みを提供する「メディア処理システム研究所」に所属。研究所では、携帯やスマホの音声を聞きやすくする「はっきりボイス」、声の調子によってストレスを検知する技術、テキストを表現力豊かな音声に変換して読み上げる音声合成技術など、音声を切り口にした開発をしています。これからも3つの楽しさを追究しつつ、便利で親しみやすい技術を創っていきたいです。
中性子線を使った次世代のがん放射線治療:BNCT
熊田 博明氏(筑波大学陽子線医学 利用研究センター 准教授)
難治ガンの治療法として期待されているのが、ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)です。がん細胞に選択的に集まるホウ素薬剤を投与し、原子炉から患部に中性子線を照射すると、中性子とホウ素が核分裂反応を起こしてα線とリチウム粒子を発せさせます。この2つはちょうど細胞一つ分の距離しか飛ばないので、ガン細胞だけを破壊します。深いところのガンにも届くよう、治療法も進化しました。
ただ原子炉は医療転用が難しく、小型加速器を中性子源とする加速器BNCTプロジェクトが進行中です。BNCTは医学、中性子工学、薬学分野の最先端技術を集約した次世代放射線治療なのです。
協力