幸せな最期を迎えるために
在宅医療、在宅看取りの普及と充実に尽力
近鉄八尾駅から徒歩5分。「しろばとクリニック」は2010年4月の開業以来、地域の在宅医療に尽力してきた。「住み慣れた自宅で最期の時を迎えたい」と願う患者に寄り添い、近年は年間約120人を在宅で看取っている。在宅看取りをより普及、充実させるために必要なことや同院での取り組みなどについて栗岡宏彰院長に伺った。
院長
栗岡 宏彰
くりおか・ひろあき/日本内科学会認定総合内科専門医、日本救急医学会認定救急科専門医、日本消化器内視鏡学会認定消化器内視鏡専門医。
自分らしく 満足のいく最期のときを
「『寄り添う』というのは、患者さんが倒れないようにぎゅっと掴んでおくことではなく、倒れかけた時にそっと支えてさしあげることだと思っています」
穏やかな表情でそう語るのは、大阪府八尾市で在宅医療に尽力している栗岡宏彰院長だ。
元勤務医だった栗岡院長は「自分の関わった患者様は最期まで責任を持って寄り添っていきたい」との思いから同院を開業。以来、12年にわたって八尾市を中心とした在宅医療に注力してきた。
現在、同院が診療している患者は約100人。在宅で看取る患者は年間120人(2021年度)にのぼる。住み慣れた自宅での生活、療養をサポートするため、訪問看護ステーションや、末期がん、神経難病などが入居対象の住宅型有料老人ホーム「しろばと緩和ケアホーム」(八尾市山賀町)などの施設が整っている(今年4月、医療依存度が高い人向けのサービス付き高齢者住宅「しろばとメディカルケアホーム」は緩和ケアホームに統合された)。
病院に入院したあと自宅に戻りたくても戻れない方も多く、老人ホームを利用した緩和ケアのできる施設として緩和ケアホームを2015年に開設。栗岡院長が毎日巡回し、看護師が常駐する。起床時間や就寝時間、外出、外泊、面会時間、私物やペットの持ち込みなど制限はない。自宅と同じように過ごすことができ、病院と老人ホームの中間的位置づけの施設として注目されている。
「病院は病気を治すことが最優先ですが、在宅医療は患者様が自宅での生活を続けていくためにどう支えていくかが大事と思っています。余命宣告を受けた末期がんの患者様の中には亡くなるギリギリまで苦しい治療を続けて闘病される方もいれば、ある時期から緩和ケアに切り替え、行きたい場所を訪ねたり、家族に伝えておきたいことを伝えたりして、残された時間を有意義に過ごし、納得して亡くなられる方もおられます。私たちは『生き方』が自由なように『死に方』も自身で選択できます。どこまで治療を続けるのか、自分らしく満足のいく最期とはどんなものかを、日頃からよく考えておくことは大切なことだと感じます」(栗岡院長)
在宅看取りを「スタンダード」にするために必要なこと
厚労省の統計によると、日本では自宅で亡くなる人が15.7%(2020年。前年は13.6%)に対し、病院で亡くなる人は68.3%(同71.3%)※。2025年には団塊の世代が75歳以上の後期高齢者に達し、超高齢化が加速するが、病院には団塊の世代を看取れるだけの病床はなく「2040年までの間に41万人もの死に場所が不足するとの試算もあります」(栗岡院長)。
そうした問題への打開策として「在宅での看取り」の普及が期待されているのだが、在宅看取りは年々微増、病院で亡くなる人の数は微減にとどまっている。
なかなか普及しない理由は主に2つあると栗岡院長はいう。
「一つには家族が『うちはおむつ替えもできないし、具合が悪くなったらどうしていいかわからない。介護力がないので自宅での看取りはできない』と思い、介護施設への入所を選ぶことが多いこと。最近はコロナ禍の影響もあり、施設での看取りは微増しているようですが『医療ケアが必要な人は不可』の施設では、医療が必要になると病院へ入院することになるわけです。
しかし、独居の人はヘルパーの助けを借りて看取りができているように、介護保険制度の在宅介護サービスを使えば、介護度合いに応じて、食事介助、調理、おむつ交換、入浴などはヘルパーが来てやってくれます。医療が必要になったときは医師や看護師の定期的な訪問診療を受ければいいのです。家族の介護力不足を補うこうした仕組みがすでにあるということをもっと知ってほしいです」と栗岡院長はいう。
二つ目は、在宅看取りをする訪問診療医がなかなか増えない現実だ。「訪問診療を行っているのは医師1人のクリニックが多く、訪問診療医は患者からの呼び出しがあれば24時間365日、いつでも駆けつけて診察する義務があります。そのため看取りを前提とした患者さんの診療を積極的に行うためには、何かあればすぐに駆けつけられる体制をとる必要があります。私もこの12年間、1時間以内で戻ってこられる圏内で生活しています。しかし、そうした医師個人の努力に頼るのではなく、地域の診療所同士が連携を図って「看取り当番制」といったしくみを構築し、いつでも緊急呼び出しに対応できる連携システムを整えるべきです」(同)
これら2つをクリアしていくことが「在宅看取りを『スタンダード』とするためにいま必要とされていること」だと栗岡院長は力を込める。
介護と医療の連携がよりよい在宅療養環境を生む
自宅療養する患者を日々世話するヘルパーは、食事、褥瘡の有無、体調の変化といった「いつもと何か違うこと」に最も早く気づける存在だ。「介護職の方は医療行為はできませんが、その方がいま何の病気でどんな薬を処方され、症状がどう改善しているかといったことを知っているだけでも助かります。家庭の医学のプロを目指してほしいと思っています」と栗岡院長はいう。介護と医療の連携がよりよい在宅療養環境を生むと考えているからだ。これまで介護職のための医療知識勉強会を200回以上開催(月1回)。最近はZOOMで、毎回多くの介護職などの方が参加している。
また、新たな取り組みの一つとして、今秋から高齢者の嚥下機能を予防するため、訪問看護の一員として言語聴覚士の派遣を始める。高齢者はある一線を超えると食べられなくなったり、誤嚥性肺炎を起こしたりするケースが多い。そこでいち早く兆候をつかみ、訓練することで予防していく試みだ。
「当院で実践していることが全国のモデルケースになればと願っています。これから在宅看取りに力を入れようとされている施設の方々の見学なども大歓迎です」と栗岡院長。末期がんなど、どうしても救えない命はあるが、「心だけは救ってさしあげたい。幸せな最期を迎えてもらえるよう、これからも質の高い在宅医療を目指してまいります」と語った。
※2020年人口動態統計より
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