2050年の脱炭素社会実現への道筋を考えるシンポジウム「読売カーボンニュートラル・デイ vol.1」が8月31日、オンライン形式で開かれた。基調講演で有識者が再生可能エネルギーの普及がカギを握ると強調。パネルディスカッションでは、企業トップらが脱炭素に向けた次世代技術の展望を巡り活発な議論を交わし、官民総力を挙げて実現を目指す必要性を訴えた。
今、なぜカーボンニュートラルなのか:社会革新で省エネを
―地球環境産業技術研究機構 理事長・研究所長 山地憲治氏
産業革命以前、自然界での炭素のストック(蓄積)は安定しており、大気中の二酸化炭素(CO2)は変化していなかった。これがカーボンニュートラルだ。だが、人間が化石燃料を使うようになり、森林が伐採されると、が大気に放出され、地球温暖化を起こした。
温暖化対策は、「経済と環境をどう両立するか」というのがこれまでの考えだったが、最近では「経済と環境を好循環させて成長に使う」と言われるようになった。いかに実現するかが問われている。
まずやるべきことは、省エネルギーや、CO2を排出しない再生可能エネルギーと原子力の活用、化石燃料を燃やして出たCO2を回収・貯留する「CCS」だ。(CO2を燃料や原料として再利用する)カーボンリサイクルや、大気から直接CO2を取る「ダイレクト・エア・キャプチャー(DAC)」にも挑戦していく。人間が壊してしまったカーボンニュートラルを、人間が戻す。
再生エネでは、日本はよく頑張っている。水力発電を除く発電量の2012~18年の伸び率は3・1倍と、世界平均の2倍を超え、EU(欧州連合)や英国より高い。
ただ、これにはコストがかかっている。(国が決めた価格で電力会社が再生エネ由来の電力を買い取る)固定価格買い取り制度(FIT)で導入が進んだが、賦課金は今年度、2・6兆~2・7兆円という規模になる。その国民負担は日本経済に回っていない。国産が主だった太陽光パネルは、輸入が逆転した。
洋上風力は、日本は条件が厳しいとされているが、国が事業環境を整備している。(19年4月施行の)再エネ海域利用法では、「促進区域」の活用を決めた。海上で作った電気を陸上に運ぶ送電線の敷設も検討している。洋上風力産業を日本の中に作ろうとしている。
DACで取り込んだCO2をコンクリート製造で使えれば、建設材料になる。DACはコストが高いが、世界中どこでもできるため、(カーボンニュートラルの)最後のとりでとなり得る。
社会イノベーション(革新)を起こし、社会構造やライフスタイルを変えることも必要だ。(ITを活用して社会を変革しようと政府が推進する)「ソサエティー5・0」では、必要なモノ・サービスを必要な人に、必要なだけ提供することを掲げる。これをエネルギーに置き換えると究極の省エネになるが、それにとどまらない。
例えば、自動運転とカーシェアリングを組み合わせれば、同じ移動を少ない車でできる。エネルギーだけでなく、素材も減る。
効率的なエネルギーに社会イノベーションを加えると、革命的なエネルギーの節約ができる。水素などの活用も進め、それでも残ったCO2はDACなどで取り除けばよい。
2050年に向けた政策動向:気候問題は成長の好機
―経済産業省 産業技術環境局長 奈須野太氏
温室効果ガスの削減目標として、日本は2030年度に(13年度比で)46%削減することを打ち出し、最終的には50年のカーボンニュートラルを目指す。これまでEUなど多くの国・地域が50年までのカーボンニュートラルを宣言している。
世界で最も多くのCO2を排出している中国は60年に達成するとしており、排出量が現在も増えている。できるだけ早く削減に向かうよう、各国が働きかけているところだ。
カーボンニュートラルに向けた日本の「グリーン成長戦略」は、気候変動問題への対応を嫌々やるのではなく、成長のチャンスとして取り入れていくという考え方だ。14の重点分野を特定して、市場規模の見込みや目標などの数字を公表し、ビジネスチャンスを示した。例えば、洋上風力は40年までに3000万~4500万キロ・ワット、(CO2を排出しない燃料となる)水素・アンモニアは50年までに2000万トン程度の導入を見込む。
実現のために、予算や金融、(温室効果ガスの排出量を金額に換算する)カーボンプライシングなどの分野で施策を導入することを検討している。
グリーン成長戦略は、既存技術では容易に達成できない。政府による2兆円規模の「グリーンイノベーション基金」で、技術革新を目指す風力や太陽光など18のプロジェクトを補助する。
EUは、事業活動をグリーン(脱炭素)かそれ以外に分類し、グリーンなものだけに投資するという考え方だ。ただ、グリーンなものの定義も技術の進歩によって変わっていく。
低炭素化に向けた移行期間の資金供給が非常に重要だ。(経済産業省は)環境省や金融庁と一緒に、投資の基本指針を策定した。CO2の排出量が多い鉄鋼や化学など7分野でカーボンニュートラルに向けたロードマップ(工程表)を策定し、現在の投資がどのような段階にあるのか明らかにする試みを始めている。
カーボンプライシングは、(排出量を基準に課税する)炭素税や(企業の排出量に上限を設けて過不足分を売買する)排出量取引、(省エネ技術などによる削減量を取引する)クレジット取引、(脱炭素対策が不十分な国からの輸入品に課税する)国境調整措置が考えられている。
経産省は企業ごとに脱炭素に向けたシナリオを作り、超過した分と少なかった分を取引する自主的な市場「カーボンニュートラル・トップリーグ」(の創設)を産業界に提案している。
野心的なエネルギー対策への挑戦:再生エネ 水素が重要に
―資源エネルギー庁 省エネルギー・新エネルギー部長 茂木正氏
カーボンニュートラルの実現には、徹底した省エネに加え、電力部門を非化石化していく必要がある。重要なパーツとなるのが、再生可能エネルギーだ。
国内の再生エネの導入は、世界でもまれにみるスピードで進んできた。再生エネの導入量は、2020年時点で8100万キロ・ワットと、12年比で4倍に増えた。まだまだ伸ばしていく必要があるが、太陽光発電は平地面積ベースでドイツの2倍導入されている。風力発電も平野部の適地が減り、導入に時間がかかる山間部での建設が増えている。
太陽光パネルの価格は下がってきたが、工費は上昇傾向にある。大規模な太陽光発電設備を開発すると、土地造成や排水整備などのコストがかかるためだ。安全対策など様々な問題も起きており、全国の自治体の1割弱が再生エネ導入に関する条例を作っている。こうした課題を一つ一つ丁寧に解決していくことが必要だ。
再生エネで期待される分野の一つが、住宅などの屋根に設置する太陽光パネルだ。新築住宅全体に占める太陽光パネルの搭載率は現状で2割弱だが、30年までに約6割に高めることを目指す。壁面への設置に向けた技術開発も支援したい。
洋上風力では、国が沖合のエリアを指定して入札を行い、落札した事業者が30年間占用できる制度を始めた。毎年3、4か所のプロジェクトを作っていきたい。
再生エネを導入していく上では、送電網を整備する必要がある。洋上風力は北海道や東北、九州に適地が多いが、そこから需要地まで電気をどう運ぶかが重要になる。海底の送電ケーブルなど新しいインフラへの投資も促していく。
再生エネの普及には水素が重要な役割を果たす。余った電気で作った水素をため、必要な時は燃料として使うなど電力システム全体の調整力となる。水素を燃料として使う発電も、20年代半ばに大きな商機となる可能性がある。
国内の水素市場は、25年頃までは200万トン程度だが、50年には2000万トン規模まで増やすのが目標だ。世界最先端の水素社会を実現していきたい。
(2021年8月31日に実施した「読売カーボンニュートラル・デイVol.1」の採録です。ご登壇頂いた方のご所属等は当時のものです。)
主催=読売新聞社
後援=経済産業省、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
特別協賛=大阪ガス、鹿島建設、JERA、古河電気工業