漢方のチカラ vol.17 過敏性腸症候群への漢方医療
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漢方のチカラ vol.17 過敏性腸症候群への漢方医療
検査では異常がないのに腹痛や下痢、便秘がおさまらないーー。過敏性腸症候群の特徴的な症状です。正岡建洋先生(国際医療福祉大学三田病院)は西洋医学とともに漢方で、この疾患に対処しています。過敏性腸症候群の治療法や日常生活で気をつけることなどについて聞きました。
腸内細菌の変容やストレスなどが原因
消化器内科で消化器疾患全般の診察を行っています。特に機能性消化管疾患が専門です。機能性消化管疾患は、内視鏡やCTスキャンなどの検査で見つけられる器質的な病変がないにもかかわらず様々な消化器症状があらわれる疾患です。消化管は食道や胃、十二指腸、小腸、大腸から構成されますが、消化管ごとに機能性消化管疾患があります。中でも腸で起こる機能性腸疾患のうち、代表的な疾患が、今回のテーマである過敏性腸症候群(IBS)です。
国際的に知られる診断基準、ローマⅣ基準によれば、過敏性腸症候群は腹痛を呈し、便秘や下痢を発症する疾患と定義されています。便通の頻度や状態により便秘型、下痢型、その両方が認められる混合型、いずれにも該当しない分類不能型に分類されます。ちなみにガス型という分類があると言われることもありますが、ローマⅣ基準にはそのような分類はありません。
患者さんは性別では女性、年齢層は若い方に多い傾向があり、原因としては精神的ストレスや腸内細菌の変容のほか、最近の研究で感染症の既往が関係しているケースがあることもわかってきました。腸と脳の密接な関係を示す「腸脳相関」が話題ですが、腸と脳の間には迷走神経という神経が走っており、精神的ストレスは、過敏性腸症候群の発症や症状悪化の因子になりうると考えられています。
歴史がエビデンス、漢方処方に自信
私も策定に関わった日本消化器病学会の2020年版の過敏性腸症候群の診療ガイドラインでは過敏性腸症候群の治療として症状の程度に合わせた3つの段階を提唱しています。第1段階は消化管中心の治療です。第2段階、第3段階と経るに従い、中枢神経系の治療の比重が多くなり、心療内科などと連携しながら治療にあたります。第1段階では下痢止めや便秘薬を処方しますが、第2段階以降は抗うつ薬などを使うケースがあります。
こうした西洋医学的アプローチ以外に漢方を使うことがあります。私どもの大学病院には医療機関からの紹介などで患者さんがいらっしゃいます。そういう方に対して、一つの選択肢として漢方を処方しています。その結果、症状が改善するケースは少なくありません。
具体的な処方としては、下痢型には桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)、便秘型には大建中湯(だいけんちゅうとう)、大黄甘草湯(だいおうかんぞうとう)のほか潤腸湯(じゅんちょうとう)、麻子仁丸(ましにんがん)などを使います。
西洋医学ではエビデンスが重視され、厳密な比較試験を経た薬剤が使われます。最近では漢方薬でも西洋医学の方法論によるエビデンスが蓄積され始めていますが、漢方の何よりのエビデンスは、その歴史の長さにあると思います。やはり、いいものは残ります。薬剤に限らず書物や映画にもいえることでしょう。そういう意味でも患者さんに自信をもっておすすめしています。
脂質、カフェイン、香辛料は控えて
日々の生活では食事が大切です。脂質やカフェイン、香辛料を含む食品や牛乳などを控えることのほか、食物繊維を摂取することが推奨されます。食物繊維も、緑黄色野菜のような不溶性のものだけでなく、海藻類のような水溶性のものもバランスよく摂取することが大事です。海外では低FODMAP療法が知られています。FODMAPとは発酵性、オリゴ糖、二糖類、単糖類、糖アルコールという5種類の短鎖炭水化物をあらわす英語の頭文字に由来する名称で、これらを含む食事を控える食事療法が過敏性腸症候群によいとされています。しかしながら、今のところ、日本人における低FODMAP療法の効果については評価が定まっていません。
規則正しい生活を送ることも重要です。食事の時間が乱れると、やはりお腹の動きにもよくない影響を及ぼします。どの疾患にもいえることでしょうが、過敏性腸症候群では特に配慮する必要があります。
症状があっても我慢されたり、市販薬で対処されたりしている方もいると思います。気をつけないといけないこととして、市販の便秘薬、特に刺激性下剤の成分を含むものは使い続けると薬が効きづらくなることがあります。また、一番怖いのは大腸がんなどの大きな病気が隠れていて、知らないうちに進んでいた、ということです。若いから大丈夫という過信が深刻な病の発見を遅らせることもあります。気になる症状がある方は医療機関を受診して、医師にしっかり診察してもらうことをおすすめします。