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YOASOBIは「変わり続けるのが常」 世界に熱狂広げる2人の大胆さと繊細さ

渋谷の公衆トイレを著名な建築家やデザイナーの手で、誰にでも使いやすいものに生まれ変わらせた「THE TOKYO TOILET」(TTT)。その発案者であり資金提供者でもある柳井康治さんと各界の才能の対談シリーズ「きづきのきづき」、今回のゲストは、”小説を音楽にするユニット”「YOASOBI」のふたり、コンポーザーのAyaseさんとボーカルのikuraさんです。「TTT」から派生した映画「PERFECT DAYS」のプロデューサーでもある柳井さんと、日本はもちろん海外でも支持を広げているYOASOBI。それぞれ、何を見据えてボーダレスな表現活動を展開しているのか。3人の会話から刺激的な視点、思考が浮かび上がります。

柳井康治さん、ikuraさん、Ayaseさん(ユニクロ有明本部・UNIQLO CITY TOKYOで)=秋元和夫撮影

YOASOBIのライブ会場にもなったユニクロのオフィス

——対談が行われたのは、ユニクロ有明本部・UNIQLO CITY TOKYOにある社員専用のオフィスライブラリー「READING ROOM」。数千冊の本を備えた広々としたスペースは、2021年、YOASOBIがユニクロ・UTとのコラボで無料配信ライブ「SING YOUR WORLD」を行った場所でもある。

ikura ライブ以来、3年ぶりに来たので、すごく感慨深いです。いろいろなことがあって、ここに戻って来たので、いろいろなところにあのころの自分を映して捜しちゃうというか。

Ayase 改めて、やっぱりすてきなオフィスだと思います。天井が高いっていうのが、一番好きです。

柳井 ありがとうございます。嬉しいですね。この建物は、もともとは物流倉庫として建てていたんですが、その途中で、6階建ての6階の部分をオフィスにしようというプロジェクトが始まったんです。

ikura デスクが並んでいるエリアは、全体が見通せるようになっていますね。

Ayase 物理的な風通しの良さも大事だよね。

ikura 大事だね。

柳井 設計した方がいろいろな部署にヒアリングして、ミーティングが多いことがわかったので、とにかく話し合いをしやすくしようと。例えばミーティングルームの部屋は基本ガラス張りにして、「実は呼びたかった」人が通り掛かったら、すぐ声をかけられるように。ミーティングルームの数自体を意図的に減らしてオープンスペースで椅子やテーブルをおくことで開かれた場所でミーティングせざるを得なくして、さらに声をかけやすい仕掛けを作ったり。

ユニクロ有明本部・UNIQLO CITY TOKYOから配信されたライブ『SING YOUR WORLD』=Photo by Kato Shumpei

「YOASOBIから出た楽曲としての面白さ」を最優先

——仕事場といえば、2021年にテレビ番組(NHK Eテレ「ヒャダ×体育のワンルーム☆ミュージック」)で紹介されたAyaseさんの曲作りの環境は、びっくりするほどシンプルだった。自宅ダイニングの丸テーブルの上にラップトップコンピューター1台。マウスも使っていなかった。

Ayase
あやせ 1994年、山口県出身。YOASOBIコンポーザー。ボーカロイド(歌声合成ソフト)で楽曲制作をする「ボカロP」としても活躍し、さまざまなアーティストへの楽曲提供に加え、ソロアーティストとしても活動している。2018年12月にボーカロイドの楽曲の投稿を開始し、切なさと哀愁を帯びたメロディー、考察意欲を掻き立てる歌詞で人気を博した。2019年10月、ikuraとYOASOBIを結成。

Ayase 僕の制作に関して話すと、当時、いわゆるデスクトップミュージックをやるにあたって、生活の中に作業スペースをぽんと置いておいた理由は、その時々の自分の気持ちに従ってすぐ行動にできるようにしたかったから。寝る場所も、ご飯を食べる場所も決めていないし、生活の中でシームレスに仕事ができたほうがいいタイプだったので。ああいう状態にしていたんです。

あの当時から引っ越しをして環境が変わったものの、結局、作業部屋みたいなものは作っていない。デスクトップモニターは設置しましたが、変わらずパソコンを持ち歩いてダイニングでやっています。耳をふさいでしまえば曲を作れる人なので、楽屋とかでもよく作業をしていますね。

柳井 曲作りは1人でやりたい派ですか?

Ayase 曲を作るっていうことに関しては、僕は現状、1人でやりたいですね。ほかの人と何かコンタクトを取って、ということは一切やっていない。YOASOBIでは関わっても1人、多くても2人ぐらいですね。海外とかだと、コライト(co-write)形式で、みんなで集まってディスカッションして……。

柳井 コライトはよく聞きますね。最近は特に。

Ayase やってみたこともあるんです。もともとバンドをやっていた時とかは、同年代のメンバーと意見を出し合ってましたし。でも、個人的には欧米のアーティストのようなコライトは向いていないって正直思いましたね。気の遣い合いで終わってしまうこともあり。僕の性格もあるんですけど、あんまり向いてないかなあという印象でした。ikuraに投げる時も、本当にレコーディング直前に楽曲を送り、これを歌ってという流れで。レコーディング以前に楽曲に関してすり合わせを行うことは、今まで行っていません。

ikura
いくら 2000年、東京都出身。YOASOBI ボーカル。小学生時代より、ギターでの作詞作曲を開始。シンガーソングライター・幾田りらとしても活動し、ドラマ主題歌やCMソングも多数手がける。2019年10月、AyaseとYOASOBIを結成。

ikura YOASOBIは“小説を音楽にするユニット”なので、小説からAyaseさんが楽曲を作って、という過程の、その最後に歌が渡ってくる。私自身も小説を読み——さらに深めていけるものがある場合はそういうものを摂取した上で——自分なりに歌声のニュアンスとか、声色とかを作っていって、レコーディングに臨む。その結果、ちょっと違う、ということがあったら、イメージをすり合わせて、またアウトプットして……みたいなことを、レコーディングの場ではずっと繰り返している感じです。

柳井 Ayaseさんはボカロ(ボーカロイド=歌声合成ソフト)で作った曲をikuraさんに出す時は、どんなことを思っているんですか? 「どう、これ歌える?」とか、「これが歌いやすいだろうな」とか思ったりしていますか。

Ayase 一応自分で歌って試して作ってはいるので、物理的に絶対無理、歌えないということはまずないけれど、ikuraがその曲に合うのか、メロは取れてもかっこよくなるのかは、やってみてもらわないと分からない。ただそこは信用しているんです。きっとikuraが良くしてくれるって。最近、それに拍車がかかってきて、歌えなかったらどうしようかな、と思う曲ばかりになってきちゃっているんですけれど、それはそれで意外と何とかなっている。本当に無理だったら、その時に考えよう、みたいな感じですね。

柳井 康治
やない・こうじ 1977年、山口県生まれ。ファーストリテイリング取締役。普段はユニクロのグローバルマーケティング・PR担当役員として従事。日本財団と渋谷区が実施した「THE TOKYO TOILET」の発案者。日本財団とともに資金提供した。個人プロジェクトとして、映画「PERFECT DAYS」の企画発案、出資、プロデュースを手がける。

柳井 究極の当て書きですもんね。基本的には、ikuraさんが歌う前提で全部書くんですよね?

Ayase 彼女の良さが出るキーとか、節回しとかはもちろんあるんですけど、そこだけを考えすぎると、創造の幅が狭まる。ikuraの声の美しさだけを抽出しようとするのであれば、そうしたところをちゃんと汲んだほうがいいとも思うんですが、「YOASOBIから出た楽曲としての面白さ」は活かしていきたいので、あんまり考えすぎず、いい塩梅で。という感じです。

ikura 私も基本、作っている過程で何かやりとりすることもないし、もらったものに対してノーと言うこともないです。音源として最高のもの、最高のクリエーティブができることが最優先というか、取りあえず挑戦してみる。「アイドル」なんかは本当にそうなんですよ。それで最高のものができたらいい。YOASOBIの面白みがそこにある。

Ayase お互い、いい意味で全然譲歩していないというか、気にせずやってますね。

英語バージョンは体力的に大変

柳井 その関係性は面白いですね。日本語の詞と英語の詞って、最初から決めるんですか。両方とも作ろうと思って曲を作るんでしょうか。

Ayase 英語版に関しては後からですね。日本語での楽曲を制作するにあたって、英語になった時の良し悪しは全く考えていないです。そもそも日本語がオリジナル楽曲としてあって、そこに全力を注いでやっているので。

柳井 逆に言うと、ほかの言語でも行けそうですよね。

Ayase そうですね。ただ、英語版のレコーディングはikuraも体力的に大変な作業ではあります。日本語版よりよっぽど時間がかかるものなので。

ikura 「アイドル」の英語版も、レコーディングに3日ぐらいかかりました。ネイティブの人がちゃんと聞き取れるように、発音のレッスンもしていただいたりして。英語以外にも1回、「Snowy Escape Expansion Pack」というゲームの言語「Simlish」っていうどの国の言語でもない呪文のような言葉で歌ったことがあります。最近、それを思い出して、何でもやるな、私と思ったりしました(笑)。

Ayase そういうこともあったね。

ikura それとはまた違いますけど、いろいろなことに挑戦していきたいなっていうのは、やっぱりあります。英語じゃなくても、なんでも。制限を設けずに。

柳井 そうすれば、伝わる人の数が飛躍的に増えますものね。

Ayase そうあってほしいですね。

ikura そこを入口に、オリジナルにたどりついてほしいなって思います。

好いてくれる人たちの母数を増やしたい

——曲作りのことから、話題はボーダレスな活動のことに広がった。YOASOBIは2023年末から2024年初めにかけてアジアツアーを行い、4月には、アメリカで、世界的フェスティバル「コーチェラ」や単独ライブ、秋には東京と大阪でのドーム公演に挑む。

柳井 今は、海外からも注目されることが多いと思うんですけど、どんどん行きたいですか。

Ayase 海外、どんどん行きたいは行きたいです。海外に行きたい、日本から出たいというよりかは、とにかく自分たちのことを好いてくれている人の「母数」を増やしたいというのはあるので。日本でのライブとかと同じように、みんなとの距離はできるだけ近くしていこうというイメージではあります。そして、ここ近年海外でライブをさせていただく機会も増えた結果、思っている以上に反響を実感することができて。実際にライブをしに行った時には、日本とはまた全然違った形での熱狂がある。

柳井 何か特徴的な違いってあるんですか。日本のオーディエンスとの。

Ayase 例えば直近の海外公演で感じたこととしては、頭のAメロから、最後のラスサビまで全員ずっと歌ってくれたりするんです。日本語の歌詞そのものの意味がもし分かっていなかったとしても、音として拾ってくれている。僕らも海外の洋楽とかを何となくノリで歌えちゃうみたいなテンションで。

柳井 それは欧米だけでなく、アジアも?

Ayase 国を問わずですね。本当にオーディエンスの熱量によるものだと思うので。ジャカルタ公演の際のお客さんの熱量は特に印象的でした。

ikura そうだね、大音量、大合唱で。イヤモニ(ステージでの演奏中に装着するイン・イヤー・モニター)をしているんですけど、お客さんの声が軽々と超えて来る。私の歌っているマイクにもめちゃくちゃ入ってくるので、それがうれしくて、うれしくて。気持ちが上がります。

Ayase 日本のオーディエンスではなかなか見ない、常に踊って歌ってという光景を海外では見ることがあったり。

ikura 自分たちが楽しいことを大事にしているというか……。

Ayase いい意味で周りを気にせずに楽しんでいる。(そういうライブシーンが)僕らも楽しいので、日本でも、全部が全部とは言いませんが、いい形で取り入れられてもいいなと思っていて。

柳井 (観客も)聴き入るだけじゃなくて、自分も入る。

Ayase とは言え、そういうのが苦手だっていう気持ちは、僕も分かるんで、そこまで無理強いはしない。ただ、そういった開放的な気持ちもいいバランスで楽しんでもらえたらいいなと思っています。

あと、海外にライブで行くと、UTコラボ(ユニクロのグラフィックTシャツブランド「UT」とYOASOBIとのコラボレーションTシャツ)を着ているお客さん、めちゃくちゃ見るんです。あれ、うれしいよね。

ikura うれしい。ああ、ユニクロがあってくれて良かったなって思います。

柳井 それはこちらもめちゃくちゃうれしいです。

ikura いろいろなアニメとのコラボのUTを着ていらっしゃる方も、海外に多くて。

アウェーのライブは「苦手」なAyase、「緊張が力になる」ikura

柳井 逆に、YOASOBIのことを、まったく知らない人たちの、「アウェー」の中に入っていくのも、やってみたいものですか。

Ayase 正直な話、僕は結構苦手です。アウェーってことは、新たにファンにできる人たちがそれだけいるっていうことだから、「燃えるし、やる意味あるよね」っていう意見は非常に分かるんですけど、(その一方で)「それは、みんな最初から仲間だと思えていたほうが、気が楽じゃない?」っていうのは、素直に思います。緊張はします。

柳井 勝手に想像してましたけど、やっぱり、そうなんですね。

Ayase 2023年8月に初めてLAでのフェス(88rising's Head in the Clouds LA Music & Arts Festival)に出させてもらった時は、結果としてすごい盛り上がって、みんなが一緒に歌ってくれたんですけど、あのとき、最初に出るまでは、かなりアウェーの可能性が高いと思っていました。

ikura その年の11月に東京ドームでコールドプレイさんのゲストアクトをやらせていただいた時も、チケットが完売してからの出演発表だったので、緊張しました。ただ、YOASOBIの楽曲を知ってくれているお客さんもたくさんいらっしゃったので、とにかくいいライブをして自分たちの魅力を伝えられたらと。

Ayase そうだね、知ってくれていたら、いいライブさえすれば巻き込めると。

ikura だから、「いいライブするぞ」っていう意気込みの中で、アウェーだと感じていても、挑戦しがいがあるものに対して突き進んでいく時は楽しい気持ちも結構ある。すごく緊張しているんですけど、そういう場面も好きです。

Ayase 本番、強いんですよ。この人。ある意味では主人公タイプなんで。逆境になればなるほど、知らない力を出せるようになっちゃうもんね。

ikura ぐっと集中して。緊張をエネルギーにして、パッと爆発的なものに変える瞬間も楽しい。だんだんとみんなの表情とか、ノリ方が変わってくるのを体感できるのが嬉しいというか。

柳井 そのメンタルすごいなあ。

ikura 今年の3月まで開催していた、「YOASOBI ZEPP TOUR 2024 “POP OUT”」は、初のライブハウス規模のツアーで、すごく距離感が近くて。そういったアットホームな空間でライブを行っていたので、海外ライブなど今後控えている初めての環境でのパフォーマンスは少し緊張しています。

Ayase しないでいい緊張はしたくないけど、やっぱり、緊張した分だけ得られるものが多い。大体いい経験だったなと思います。

ikura そうだね。

柳井 聞かれていないけど、僕は、Ayaseさんに近いタイプだと思う。自分のプロジェクトを進める時に思うこと、考えることが、似ている気がします。ここで言ってしまって大丈夫か分からないですが、僕も人とコラボを上手に出来ないタイプの人間だと自覚しています。それは人嫌いとかではなく、逆に人が好きな部分が強くて、そうなると気を遣っちゃう時があるので。だったら(人を)巻き込まない方が意思決定が速い感じで、トイレのことも映画のこともそんな感じでやってました。

Ayase 「PERFECT DAYS」、めちゃめちゃ面白かったです。

柳井 ほんとですか。

Ayase すごくいろいろと考えさせられて、とても楽しかったです。見終わってから、周りの人にずっと力説してたんです。しゃべりながら、「監督は何が伝えたかったかな」みたいなことを考えたり。もちろん「正解はない」でいいとは思ったんですけれど……。すみません、勝手に感想を語っちゃってるんですけど。

柳井 いやいや、もう、めちゃくちゃお聞きたいしたいですよ!

「PERFECT DAYS」見て泣いたAyase

——互いの表現について語り合うほどに浮かび上がってくるのは、それぞれの個性。柳井さんが手掛けた映画「PERFECT DAYS」について語るAyaseさんとikuraさんの言葉にもそれははっきりと出る。

映画「PERFECT DAYS」の主人公、平山(役所広司)。東京・渋谷のトイレ清掃員として働く


Ayase 本当に、見た人の現在地が明確になるというか、その人の現時点での価値観が分かる作品だなと思って。だから、人によって、きっと感想が全然違うんだろうなと。作品として、そういう側面があるのが、すごく面白いなって僕は思いました。

けれど、じゃあ平山さんの生活がどうだったかって言われると、「現時点での僕」は正直、すごくつまらないと思ったんですね。平山さんのように、日々のささいな変化に幸せを感じられるという生活観は、うらやましいと思います。でも、僕自身は、刺激の強いエンターテインメントの世界で生きているがゆえに、かなり大きなショックがないと楽しいと思うことができなくなってきている。自分の中での幸せのハードルが高くなっている。だから、(平山の生活を見て)「ああいうささいな変化みたいなものに幸せを感じられてた時ってあったっけ」とか思ったし、「幸せのあり方は人それぞれだよね」みたいな、今までずっと言われ続けていることに、改めて、立ち返ったし。「何歳になったら、そういうふうに思うことがあるのかな」みたいに思ったりもしましたね。

ikura 私は逆に、「自分は本来こういう生活がずっとしたい人なんだな」って共感のほうが強くて。今、こういう刺激的な世界にいるけれど——。

実際、自分が幸せを感じる瞬間、私自身が自分らしくいられる瞬間って、平山さんが過ごしているような世界。私も、ちょっとグラグラしちゃった時とか、刺激的なものがありすぎる世界の中で自分が脅かされちゃう時は、お気に入りの神社があるんですけど、そこに行く。土を自分の足でちゃんと踏みしめて、木に触って、目を閉じて木の葉を揺らす風の音を聴いたり、ぼうっと木漏れ陽を眺めたり……。普段、耳を澄まさないと聞こえてこないようなものとかで、自分の真ん中の軸にあるものを確認して、また、今のキラキラした生活に戻る。

柳井 また激動のリズムの中に入っていく前に。

ikura そういう規則性、自分なりの営みの流れを作って、繰り返しのような毎日の中に、ときめきとかきらめき、自分のオリジナルのそういうものを見つけて大事にしていく。そういうところは、平山さんにすごい共感するというか、私の生き方と重なる。それを見ることによって自分の現在地というか今を再確認しました。

Ayase 僕は本当に、平山さんの作っているルーティンを見て、「でも、ちょっとうらやましい」と思ったんですよ。僕、それが本当にできない人間なので、できなさすぎて、泣いていました。「俺もこういうことやりたい」と思って。ちゃんと朝起きて、植物に水をあげたりだとか。

ikura 自分のペースを作って生きるっていうことが、なかなか、ね。

Ayase ルーティンのルの字もない生活をしていますから。

柳井 そうですね。僕もあれを見ると、「自分はこんなふうに全然出来ていないなぁ」って反省するんですよ。でも、同時に、いろいろな人がいていいし、誰のことも否定しないでいいんだなっていうことも、あの映画を見て思います。自省はするんだけど、他の人に対する批判めいたものは全く感じない。それと、正直、2回目、3回目って見ただけでも違う発見があったりするので、きっと5年後に見たら、またもっと違ってるのかなって思ってます。

Ayase 思います。だから、また見たいなと思っています。

ikura 見たい。

Ayase 僕は、(平山が姪の)ニコちゃんと自転車で橋を渡っていて、海と川の話が出たときがすごい印象的だった。つながっているようでそれぞれの世界は個別にあると。本当にそうだなと思った。

平山さんの感情がぶれるのは、全部他者の介入があった時。それでも結局、居酒屋に赴いたり、(スナックの)女将さんに会いに行ったり……。人とのつながり自体を平山さんは求めていたし、そこで起こる本当にささいなショックみたいなものを求めていたので、そこはやっぱり人間らしいし、僕と同じ。僕は、そこ(のショック)がもっと大きくないと感じられない感度の中に今、生きちゃっているけど、すごく近いんだろうと思いましたね。

柳井 あの映画を、ヨーロッパの人たちも、アメリカの人たちも、アジアの人たちも、おかげさまで受け入れてくださって、いろいろ評価をいただくんですけど、イタリアはすごく興行成績が良くて、ずっと1位だったんですよ。イタリア人の生き方のイメージと、平山さんの生き方のイメージが全く合わない気もするんですが、でも、そういうところで評価されるって、ちょっと何かあるんだろうなと思って。

映画「PERFECT DAYS」から。平山(役所広司、右)と姪のニコ(中野有紗、左)

「アイドル」「怪物」「勇者」…端的なタイトルの理由


Ayase 憧れであったり、そこに気づかされることが。見ていると、「これがかくあるべき姿なのか」って1回は思うし。「PERFECT DAYS」というタイトルになっているところにも、すごい秀逸さを感じます。

柳井 「PERFECT DAYS」というタイトルについて、ヴィム・ヴェンダース監督は最後まで悩んでいたんです。「これからあなた方にパーフェクトな日々を見せますよ」と言って、これを見せるということが、制作者側の意図とか価値観を押し付けることになるんじゃなかろうかと。でも最後には、これをパーフェクトな日々と思うかどうかは見た人の判断に委ねればいいんじゃないかっていうことになって、あのタイトルにしたんですけども。

それこそ、タイトルのことはお二人に聞きたいと思っていたんです。曲とかも、タイトル、めちゃくちゃ大切じゃないですか。

Ayase はい。

柳井 相当悩みますよね。

Ayase 悩む曲もありますね。でも、スッと、「もうこれしかない」と思うのは、もちろんあります。基本的に、端的にもうこれっていうようなタイトルをつけがちなので。「アイドル」「怪物」「勇者」みたいな。基本的には小説が軸になった音楽を作っていて、アニメなどのタイアップで曲を書き下ろすこともあるのですが、その全部を集約した、もう総括みたいなものをタイトルにしたいと思っているので。この作品の一番芯って何だろうと。

柳井 「どストレート」なやつを、どんと行こうみたいな。

Ayase そうしたほうが、絶対に曲が主役になれる、ということになる。だから、あんまり長いタイトルはつけないんです。タイトルで説明するのではなく、タイトル1個聞いただけで、全部がちゃんと想起されて、全部につながっているっていうものがかっこいいと思っているので。

そういう意味で、「PERFECT DAYS」というタイトルは本当に素晴らしいと思いました。平山の日常を見て、完璧だなって思う人もいれば、完璧な日々とは何なんだろうねととらえる人もいるでしょう。結局、不完全な部分がめちゃくちゃ多かった平山の人生でもあるので、不完全であることを完璧な日々だと認めてくれているような、包容力も感じられる……。(劇中で使われている)「PERFECT DAY」という曲の歌詞も合ってると思うし。

柳井 「PERFECT DAYS」の中の音楽は、好きな音楽でしたか。

Ayase これまであまり触れてこなかったタイプの曲だったので、なるほどな、という感じで聴いてました。映画の中で流れるものとしての味がすごくあったし。

ikura ルーティンの中でかかるっていうのもいい。カセット入れて出勤するときに流れる中での音楽としての良さが。

映画「PERFECT DAYS」から。登場人物のひとり、アヤ(アオイヤマダ)


Ayase (登場人物のひとり)アヤちゃんとちょっとしゃべって、チュッとされた後、部屋でラジカセ流しながら聴いてたり。あれ、かわいいよね。

ikura 役所広司さんの表情が。

Ayase とにかく、役所広司さんの演技が素晴らしすぎて。

ikura 本当に素晴らしい。あんなに言葉がない中で、全てを表現しているのが。

Ayase 行きつけの居酒屋で、おつかれさん、お帰りなさいって言われた時の。

ikura 「ふっ」でしょう。ふって笑うやつね。

Ayase そう。一言もしゃべっていないのに、挨拶をしている。「う、スゴ!」と思って。でも、そういう人、いるよねって思うし、台本にどう書かれていたのか分からないけど、きっと「無言でほほ笑みながら挨拶を返す」みたいなことだったんだろうけど、あれを、あの解釈で出す感じ……。

ikura すごいさじ加減というか。

Ayase でも、感情がにじみ出ていて。

ikura すごすぎた。

Ayase すごい良かったですね。

ikura もっとしゃべりたいことがいっぱい!

公共トイレの価値観 衝撃与えて変える

——映画「PERFECT DAYS」は、「THE TOKYO TOILET」(TTT)から派生して生まれた作品だ。日本が本当に誇れるものってなんだろう。それを考えることからプロジェクトは始動した。

柳井 僕が、公共のトイレで何かを表現してみようと思ったのは、人種とか、国籍とか、性別とか、年齢とか、貧富の差とか、そういったものに関係なく、みんなに等しく起こる生理的現象が、トイレでの行為だから。そこを通じて、「東京っていい街だな」「日本っていい国だな」と感じてもらえたらいいな、と思ったんです。

最初の仮説は、すごく有名なアーティストや建築家、デザイナーがトイレを作ったら、みんなが大切にしてくれるんじゃないか、きれいに使うんじゃないか、ということ。でも現実には、毎日のように汚されたり、壊されたり、いたずらされたり、落書きされたりする。残念ながら。

自分のお家のトイレはもちろんですけど、デパートとか、高速のサービスエリアとか駅といった比較的公共性の高いトイレでも最近はきれいになってきている。でも、公園や街中にある公共トイレになった途端、汚れる。もしかしたら、みんなの意識の中に、「こっちは汚してはダメだけど、こっちは汚しても良い」みたいなボーダーラインが存在するんじゃないかって、そんなことがすごく気になり始めたんですよ。どうせなら全部汚さない方がいいんだけども、それはどうやったら実現するのかと。

そのことを相談しに行った先が、電通のクリエイターさんで今回一緒にプロジェクトをやっていただいている高崎卓馬さん。高崎さんからは「芸術の力を使ってみたら?」と言われました。「とっても美しい芸術作品や楽曲に触れた時、誰が何のために作ったかは分からなくても、めちゃくちゃ感動することあるでしょ?」って。「それぐらい大きな衝撃を人に与えないと、人々の価値観まで変わるようなことって起きないと思いますよ」と。

それで圧倒的に美しい映像作品を作って世に放ってみようと。それが最終的には映画にまで発展していったんですけど。

Ayase なるほど。

昔より全然話す…人間的に足並みがそろい始めた

柳井 自分たちが思っていることを世の中に提示することをされているお二人ですが、この先どうしていきたいとか、こんなふうにしていきたいとか、お考えになっていることはありますか。すごく気になります。

Ayase 僕らは、正直まだまだ、僕らの力をもって何かを広げようとか、何か貢献できたらいいよねっていうのは……。そうなったら、もちろん嬉しいですが。今はまだ、やっぱり自分たちの日々の活動に精いっぱい頭を使っている。それがきっかけで自分も世界に、みたいなことがあれば、もちろん嬉しいことではあるんですけど、そこを主軸に自分たちの活動スタイルを変えていくみたいなことはまだまだ考えとして出していなくて。

柳井 なるほど。

Ayase 僕らとしての最高のアウトプットの仕方は何だろうねっていうことに、今、すごく頭を使っていますね。自分における最大の表現方法は何か。「こういうのが得意なんだな」とか、「こういうのは本質的には好きじゃないんだな」とか、去年までは、自分との戦いとしていろいろ洗って洗ってやっていた。そして現状、割と考えが固まったんですね。YOASOBIとしてやっていく上で、どうすればいいかということについても整理がついた。今度は、それをどうやって世に放つか、どう世に放たれていってほしいのか、ということを考えている。

柳井 そういうのは、2人で話すことはあるんですか。

Ayase (ikuraと)話すようになったね、昔より全然。

ikura ね。YOASOBIは、2人が軸になって、同じほうを向いていたほうが、いろいろなことがよく進んでいくと思うので、その辺は、話し合うようにはしていますね。お互いが、どういうふうに生きていて、どういうマインドを持っている、みたいな話を共有することも最近増えて、私はそれが楽しい。直接仕事に関係なくても、共有しているだけで、人間的に足並みが揃う、というのがあったりして。

Ayase そうだね。

ikura そこは、長く続けていく意味でも大事だなと思って、結構、最近、コミュニケーションを頻繁に取っています。

髪型を変えるように、軽やかに挑戦すればいい

Ayase 今年秋で、僕らは5周年。ようやく自分たちでかじが取れるようになったというか、取らなきゃいけないなと思うようになった。今までは基本的に「来たものを全力で頑張る」という状態だったんですけど、やっぱりそれだけじゃ駄目だなと思うことが増えてきたし、それを考えるだけの余裕もやっと出てきた。と、なったら、ちゃんと2人の意見、僕らの意思として「これをします」というふうにかじを取っていかないと駄目だなというフェーズに入ったという感じですね。

柳井 どんどん進化して、YOASOBIさんは常に、新しいことにチャレンジしていっている。ファンの人たちはたぶんそれを見てわくわくしているんじゃないですかね?

Ayase 一番理想的なかたちは、僕らが本当にやりたいこと、かっこいい、楽しいと思っていることを無邪気にやって、ファンの方々にも喜んでもらえる状態。そのバランスを取るのはなかなか大変なんですが、割と近しいものになってきているとは思います。その数をもっと増やしたい。それが増えることによって、僕らにできることの幅が広がって、ワールドワイドになっていくような未来が待っているといいですね。

ikura YOASOBIは、「変化し続けていることが常」というタイプのアーティストだと思っていて。やっていくこともどんどん変わっている。

柳井 何か化学反応を起こしてスパークしているのが、比較的見えやすい活動内容ですものね。そもそもデビューのされ方も、突然ボンとシーンのど真ん中に現れた感があり、その感じのままいくのかなと思いきや、全然違う活動もしたり。

Ayase そうですね。

柳井 さらにはビルボードチャートや海外ツアーでグローバルな要素が加わって、どんどん広く、大きく、深く。だけどいい意味で一貫性はない。そんなYOASOBIさんのいろいろなことにチャレンジされているスタイルを、いいなと思ってる人がやっぱり多いんじゃないでしょうか?

Ayase 「ファンじゃないけど、知っているよ」っていう人たちから持ってもらうイメージみたいなものは、現状、一つの課題だなとすごく思っていて。そうすると、潜在的にファンになってくれる可能性のある人たちっていうのを耕すことになる。それは日夜考えていることですね。

柳井 僕も、そこはずっと考えながらやっています。僕の場合、どうしてもユニクロのフィロソフィーがベースにあるのですが、いろいろなことにチャレンジする時に、なるべくなら「単体」や「単独」でチャレンジした方がいいなと思っています。

これは、YOASOBIさんで言うと、何かのシリーズの一員としていくより、YOASOBIという単一ユニットでの経験やチャレンジのほうが、どんな結果になろうとも、失敗が失敗じゃなくて、糧にできたりする可能性があるみたいな話で。他の人たちと一緒にやると、その人たちがどう思ったかと言うことまで評価の中に入ってきちゃって、それこそ気を遣っちゃうのではないかと言う感じです。

Ayase はい。

柳井 「チャレンジ」とか「挑戦」と言う言葉は大変なイメージがあったり、自分自身も積極的に一歩を踏み出すタイプじゃないんですけど、この前ちょっと考えたことがあって。新しいチャレンジに臨む気持ちって、いわば新しい髪型にしてみるくらいのレベルなんじゃないかって。

新しい髪型にする時って周りから「どうした?」って思われたり、自分自身でも「やっちまったかな」と思ったりする可能性がある。でも、そんなにへこまないで済むのは、大抵の場合1、2ヶ月経てば髪が伸びてきて、まぁ元に戻るじゃないですか? 確かにロン毛から丸坊主だったらもう少し時間掛かる気がするけど、それでも時間が経てば大概元に戻ることがほとんどで……と、まあ、それぐらいなんだと思えば、新しい一歩を踏み出す気持ちを少し軽くできるんじゃないかって思ったんです。

そんな風にYOASOBIさんがサラッと踏み出せていれば、世の中の人たちにもそれが伝わって「軽やかにチャレンジする人たち」のイメージがさらに伝わっていくんじゃないかと思いました。

Ayase ありがとうございます。

ikura そのマインドを、私もなんとなく心の中で感じていました。たとえばここのオフィスでライブをさせてもらうこともそうでしたが、YOASOBIが始まって、常に、誰もやっていなかったこと、日本人で初めてやることとか、いろいろな大きすぎる挑戦を前に立ってやらなきゃいけないっていうことが、ずっと続いてきました。

表に立つ人間として、そのたびに受けるプレッシャーとか、代償みたいなものもある一方で、「初めてやった人」なわけだから、そこでの失敗は何かと比較されることでもなく、経験になっていく。どんどん新しいことを、やって、やって、挑戦していけば、どんどん塗り替えられていくもので、自分の中で、例えばトラウマになっていたり、傷だと思っていたりしたものも、だんだんと自分で修復して力にしていける。

それが、YOASOBIのikuraとして「いる」ために、大事なマインドだなっていうのを、すごく感じていたんですが、今お話を聞いていて、そうしたことがいろいろ整理できました。

柳井 おふたりを見ていると、そういうふうにされているように見えます。

この組み合わせだからいい

Ayase 僕は昔から、家族とかにも言われるんですけど、チャレンジすることとか、何かを始める時の恐怖みたいなものを何も感じないんですよ。そこのねじが全部とんでいる。

柳井 それはいいなぁ!!

Ayase 何をするにおいても、「失敗しちゃったらどうするの?」って考えたことがないんです。「失敗という事実が残るんじゃない?」「次、やればいいんじゃない?」ってぐらいにしか思わない。だから、就活とかで悩んでいる友達とかに悩み相談とかされても、何もいいことを言えないんですよ。「えー、やりたいことをやれば?」「やらない理由は?」みたいなことにしかならない。

という僕に対して、ikuraはしっかりついてきてくれている。僕が唯一自分の中で少し人と違うのかもしれないなって思っているのはそこです。

ikura この組み合わせだから、YOASOBIがいいんだという感じ。チームも含めてね。

Ayase ikuraが不安そうな顔、苦い顔をすることももちろんあったりするので、そうなった時に、いったん冷静になって、意見は変えないけどやり方は変えるようにしたり……。いいバランスかもしれないです。

柳井 YOASOBIさんをガラムマサラ的なミックススパイスにたとえれば、世の中には「YOASOBIスパイス」を体験していない人がまだまだたくさんいて、その人たちに、その効果・効能とか、その源である2人の構成要素というか原材料とかが分かっているほうが「だったら、そのスパイス使ってみたいな」みたいな気持ちになれるみたいな話かと。

ikura 今日のお話は永久保存版!

Ayase 非常に楽しかったです。

柳井 僕も楽しかったです。ありがとうございました。

取材・構成=読売新聞編集委員 恩田泰子
対談写真撮影=秋元和夫
映画「PERFECT DAYS」場面写真=©2023 MASTER MIND Ltd.

READING ROOMの本棚の前で

THE TOKYO TOILET(TTT) 世界で活躍するクリエイターが設計・デザインした個性豊かな公共トイレを、柳井康治さんと日本財団が資金提供し、東京・渋谷区内の17か所に設置。従来の公共トイレの「暗い」「汚い」「怖い」といったネガティブなイメージを一掃し、誰もが利用しやすく、日本が誇る「おもてなし」文化の象徴となる施設に生まれ変わらせることをめざした。

PERFECT DAYS THE TOKYO TOILETを生んだ柳井康治さんが、クリエイティブディレクターの高崎卓馬さんと企画を始動させた映画。「清掃員を主人公にした物語をつくる」「その主人公は役所広司が演じる」「フィクションの存在をドキュメンタリーのようにとらえる」というアイデアを受け、ヴィム・ヴェンダース監督が参加した。脚本は、高崎さんとヴェンダース監督の共同。第76回カンヌ国際映画祭では、役所さんの最優秀男優賞のほか、エキュメニカル審査員賞も受賞。米アカデミー賞では国際長編映画賞部門の日本代表となり、最終候補5作品の1本にも選ばれた。

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