わが国の75歳以上の人口は2025年には約2,178万人になると予想される。介護現場で働く人々は2019年度は約211万人。高齢者の数に対し、必要となる介護従事者の数を19年度の労働者数を基準として試算すると、2025年には約243万人が必要と推計され、32万人が不足する見通しだ。さらに40年度には同様に280万人が必要となり、69万人が不足するとされる。(※読売新聞23年8月18日付朝刊)
このような将来のリスクを回避するため、政府は17年、外国人技能実習制度の対象に介護を追加。19年に新設された在留資格「特定技能」でも介護を対象に入れ、外国人材の確保に力を入れている。その結果、介護分野で働く外国人は増加し、今夏には4万4千人となった。
処遇改善へ、支援の動き
日本人の介護職員の待遇や環境を改善するための様々な取り組みや支援事業も行われている。厚生労働省は、各事業者の職員1人当たりの賃金データの公表を要請、来年度からの導入を目指している。介護分野の求職者がデータを比較することで、人手不足が深刻な現場の処遇改善や人材定着につなげることが狙いだ。大阪府も2年間の長期高度人材育成コースを実施。介護福祉士の国家資格取得に向けた職業訓練に取り組んでいる。
少子高齢社会で、介護現場の人材不足がますます深刻化している。介護職離れも進み、外国人労働者に頼らざるを得ない現状の中、業界では離職率の抑制と介護現場のリーダーとなる人材養成が大きな課題となっている。慢性的に人手が不足する介護業界で、いかにして日本人学生に介護職への興味を持ってもらうのか――。そこで、介護福祉人材の育成に取り組む「近畿社会福祉専門学校」の鉄村俊夫理事長に、わが国の介護福祉の歴史を振り返りつつ、業界が抱える問題や介護職の魅力、期待する人材像などについて語っていただいた。(聞き手はフリーアナウンサーの薄田ジュリアさん)
来たる超高齢社会を見据えて、介護福祉のスペシャリストを育てる学校を設立
- 薄田
- 介護福祉士が誕生したころの日本の介護福祉の状況はどのようなものだったのでしょうか?鉄村理事長と介護福祉との関わりからお聞かせいただけますか?
- 鉄村
- 介護福祉士は1987年に「社会福祉士及び介護福祉士法」が成立・公布され、89年に国家試験が実施されました。私は制度が始まる以前から全国の医療介護施設を視察していました。当時の日本はすでに高齢化が進んでいたにもかかわらず、当時は介護が制度化していなかったため、ヘルパー主体で動いていました。そのような現状から私は「超高齢社会の到来に備えるには、認知症対策とリハビリの強化を重点的にやっていかなければならない」と実感し、高齢者医療・介護・リハビリテーションを専門とする奈良東病院(奈良県天理市)を89年に開設しました。
- 薄田
- 介護福祉の環境を整えるには人材も必要ですね。
- 鉄村
- 高齢化率が年々上昇する一方で、総人口は減少するという現実に向き合うためには、介護を担う人材の養成が不可欠です。私は奈良東病院を母体とし、介護の専門職である介護福祉士養成校「近畿社会福祉専門学校」を厚生労働大臣(当時は厚生大臣)の指定を受けて94年に設立開校しました。
- 薄田
- 開校当時はどのような人が入学されましたか?
- 鉄村
- 「誰かがやらなければならない」という使命感を持って志願される生徒さんももちろんおられましたが、ご家族に医療従事者がおられることが介護の仕事への興味につながったという生徒さんも多かったですね。ところが学校を卒業して現場に出てみると、仕事が続かないという問題が顕在化してきました。
現場で通用する知識と技術 確かな就職実績
- 薄田
- 介護現場での人材不足を解消するために、業界ではどのような対策を講じられたのでしょうか?
- 鉄村
- 政府は外国人技能実習制度の対象に介護を追加するなど(※別項参照)、介護現場に外国人労働者が入ってくるようになりました。本校もその流れを受けて、東南アジアを中心としたフィリピン、ベトナム、ネパールなどからの留学生を受け入れています。彼らは日本人学生とともに資格取得に向けて学んでいるところです。
- 薄田
- 外国人が介護の現場で働くことで何か問題になることはありますか?
- 鉄村
- 言葉の問題ですね。人間対人間の現場ですから、言葉によるコミュニケーションが非常に重要です。本校に入学する前に現地の高校で、ある程度の日本語教育が行われることが理想なのですが、現実的には難しい面もあります。
- 薄田
- 学校での教育にはどのような特色がありますか?
- 鉄村
- 2年間の学びで国家試験に合格するだけの知識・技術を習得できるカリキュラムを組んでいます。社会福祉の制度や介護に対する考え方を学ぶ「講義」、食事・入浴などの介護技術や調理方法、手話や点字などを習得する「演習」、本校の契約施設でコミュニケーションからケアプランまでを段階的に学ぶ「施設実習」の3本柱で教育を展開しています。国家試験については現状、卒業後に5年間、介護現場での実務経験を積むと試験が免除される経過措置が取られていますが、2025年にはこの制度が変わり、国家試験が導入される可能性があります。その背景には介護人材の質の向上が求められていることが挙げられます。この方向性にも対応できるように本校ではさらなる教育内容の充実を図ります。現時点での本校生徒の国家試験の合格率は70~80%ですが、今後は90%を目指します。
- 薄田
- 就職状況についても教えていただけますか?
- 鉄村
- 本校は、福祉・医療業界から信頼をいただいており、毎年多くの求人が寄せられます。求人倍率は約3倍に上ります。就職先は介護付き有料老人ホームが最も多く、次いで介護老人福祉施設、介護老人保健施設、病院となっています。
『ありがとう』と感謝されると仕事の疲れが吹き飛ぶ
- 薄田
- 人材の定着を図るには、根本的に介護の仕事に魅力ややりがいを感じてもらうことが大切だと思います。心と心を通わせることができる仕事、それが介護の原点ですね。
- 鉄村
- 介護の仕事は毎日が感動の連続です。本来なら自宅で介護を受けたいけれども、様々な事情があり、介護施設で暮らしている高齢者が多いのが現実です。そんな方々にとって、笑顔での挨拶と優しい言葉で心を込めたサービスを提供する介護福祉士は、“救いの神”のような存在になります。介護福祉士の中にも、「『ありがとう』と感謝されると仕事の疲れが吹き飛ぶ」とやりがいを感じる人は多いです。世界の国々の中で日本は「高齢化先進国」と言え、日本の介護福祉は世界に誇ることができる優れた制度です。これを世界に向けて発信するためにも、外国人はもとより、志のある日本人の方にぜひ本校で学んでいただき、未来への希望につなげたいと願っています。