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「梅花、動く」女子教育への挑戦
大阪初の女学校 2028年に創立150年

近代学校制度の黎明期、1878(明治11)年に大阪で最初の女学校として開設。以来自立した女性の育成に力を注いできた「梅花学園」。中核となる梅花女子大学は産官学連携や社会に通用するスキル習得を徹底し、仕事力と人間力を兼ね備えた女性を数多く社会に送り出してきました。

2028年に節目となる創立150周年を迎えるにあたり、小川友次理事長と今年4月に学長に就任する河村圭子教授が展望や学びへの思いについて語り合いました。


女子教育のパイオニア 変革期を拓く「温故創学」

学校法人 梅花学園 理事長 小川 友次

小川 明治維新から間もない1878年に開学しましたが、当時から結婚生活に役立つ知識や技術ではなく、英語や物理など男子校と同等のカリキュラムを組み、建学の精神に据えた「真の意味で自立した女性の育成」を追求してきました。創立者の澤山保羅先生は146年も前に女性の地位向上が日本の将来を左右すると考え、時代を先取りして女子教育の先陣を切ったのです。 ですから本学は常に、温故知新ならぬ温故創学。故きを温ねて新しい学びをクリエイトするという方針で様々な試みに挑戦してきました。
河村 女子大学は厳しい時代と言われていますね。でも人材の多様性が求められる今だからこそ、女性という個性を強みに変え、感性を磨き抜ける女子大学は必要ではないでしょうか。日本社会には残念なことにまだ男女格差が残っています。社会に出る前の多感な時期に女性だからという無意識の偏見から離れ、女性ならではの感性を育み感性を活かした キャリアビジョンを培える環境は生涯の財産になり得ます。女子教育のパイオニアとして歴史を紡いできた「梅花学園」の存在価値もそこにあると感じています。

全学生が産官学連携を実践 女性の感性で新しい価値を

梅花女子大学 教授 河村 圭子(4月1日学長就任予定)

小川 男女の賃金格差はG7の中でも日本が最下位。女性の賃金を上げるには社会に通用するスキルを大学で習得できるようにしなければいけない。まさに女子大学の責務です。
河村 本学ではワンランク上のキャリアを目指せるよう、全学科を主専攻、副専攻の二重構造にして専門的な学びを重層的に深め、複数の資格取得を目指せるようにしてきました。
小川 今後は社会の進む先を見据え、副専攻で生成AI(人工知能)を使いこなせるような学びも必要です。そして1年生から全学生が取り組む「産官学連携」をさらに充実させていきたい。社会や市場が求めているものに早くから気づき、創造力やチームワークを身に付けられる機会はかけがえのないもの。共学の学生にはない女子大学ならではのアイデアが評判を呼び、嬉しいことに企業からのお声がけも絶えません。
河村 企業との商品開発などで成功体験を積み重ねた学生たちは自己肯定感があがり、チャレンジ精神も高まって次の課題に取り組むエネルギーになっています。企業の方や他の学生とともにやり遂げるプロセスのなかで、本学のスクールモットー「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」を体現できるようになり、社会に飛躍していくスプリングボードになっているようです。

学び、楽しく、美しく 日本一美しい学園へ

河村 教育目標に「チャレンジ&エレガンス」を掲げていますが、「チャレンジ」とは自身で課題を見つけ出し、解決していく力を指します。そのためには様々な人との協力が必要になり、品性と思いやりのある「エレガンス」がカギになります。 仕事力がある真にオシャレな女性とも言い換えられます。
小川 この教育目標を可能にしているのが小規模校ならではの強みではないでしょうか。1学年約500名で教員1人当たりの学生数が15.5名と全国トップクラス。マンツーマンで目が行き届くうえ、時代を先読みした取り組みにも瞬発力をもって挑むことができ、学生の個性を生かせるオーダーメイド教育が行えます。

河村 学長就任に向けては、時代に応じて変えていくものと守り続けていくべきものをしっかり見極めていきたいと考えています。時代が求める新しいスキルはどんどん取り入れますが、その目的を考えるための人としての寛容さを養うことも重要です。一人ひとりの先生が熱意をもって教えていけば、もっと梅花全体の熱量があがってくるはずです。
小川 学生時代は人生と一緒で良い師や先生に出会えるかどうかで大きく変わってきますからね。さらに、「学びは楽しく、美しく」ないといけない。150周年に向けて日本一美しい学園を目指し、施設などのリニューアルも考えています。綺麗なキャンパスは美しい心根を育む。エレガンスは本学の根幹ですから。これからさらに進化する梅花学園を楽しみにしていただきたいですね。


学校法人 梅花学園 理事長
小川 友次
(おがわ・ともつぐ) 1979年慶應義塾大学法学部卒業、阪急電鉄(株)に入社。梅田芸術劇場代表取締役社長、宝塚歌劇団理事長、阪急電鉄(株)常務取締役創遊事業本部長、梅花学園理事などを経て、2023年7月学校法人梅花学園理事長に就任。


梅花女子大学 教授(4月1日学長就任予定)
河村 圭子
(かわむら・ けいこ) 1997年神戸女子大学大学院文学研究科(教育学専攻)博士前期課程修了。2006年大阪医科大学衛生学・公衆衛生学教室研究生博士(医学)。09年梅花女子大学看護学部開設準備室教授、13年学校法人梅花学園評議員、23年に理事。24年4月学長に就任予定。



編集後記

学内では月ごとのテーマが掲げられている

「おしゃれ」と思いやり

梅花女子大学では毎月1日を「おしゃれの日」と定めています。学内に姿見が多く配されていることから質問したところ、河村教授から「学生も教職員もおしゃれを楽しむ日ですが、おしゃれとは何なのかを自らに問い、自身のたたずまいを省みる日でもあります」と込めた思いについて教えていただきました。
その精神は、河村教授の看護学部での指導にも表れています。「自身の存在そのものが患者さんの支えとなり、心のケアとなる看護師を志しなさい」。自然な髪色やメイクなど身だしなみへの配慮は、そのための第一歩。患者さんへの思いやりの裏返しでもあるといいます。さらに、「ケアというものは看護師だけがするものでもありません。人と人が向き合い、共生していくには、互いにケアしあえる存在でないと、良い社会は築けないものですよ」。学生たちに必ず投げかける言葉だそうです。
それは、大学が大切にする「美しいマナー」にもつながっているはず。マナーとは他人に不快な思いをさせない、互いを尊重することに本質があります。梅花学園の建学の精神である「愛」にも通底していると感じました。
(取材・石井明美)


日本における女子教育のパイオニア 1878(明治11)年大阪最初の女学校
―梅花女学校と女子教育―

 「生徒自ら成し得る事ハ、何二限らず自ら種々ノヿ(こと)ヲなさしむ可(べし)」。梅花学園の草創期の教育日誌にはこう記され、当時からいかに生徒の主体性を重要視していたかがうかがえます。試験問題の作成から作文の締め切り日にいたるまで生徒自身に主導権をもたせ、自発的な学びに結びつけていました。さらに文章指導の際には、生徒自身が創作したストーリーをプレゼンテーションする時間もあったようです。家の畳や障子を引き合いにだして計算方法を教えるなど、生徒がワクワクして学べるような工夫が随所にみられました。今につながる「学びは楽しく」の精神は明治時代からすでにあり、 脈々と受け継がれてきたといえます。
1878年「梅花女学校」が開設。女子教育への道を歩み出す 

創立者 澤山保羅(さわやま ぽうろ)

1852(嘉永5)年、長州吉敷村(現在の山口市吉敷)生まれ。明治維新後に神戸で宣教師から英語を学び、アメリカへ留学。帰国後に日本で初めての牧師となる。

1878(明治11)年、新しい女子教育の場として梅花女学校を創立した。日本女子大の創立者、成瀬仁蔵は 同郷の後輩で、教員として勤めた。同志社大学を起こした新島襄とも親交を結んだ。

大阪・土佐堀裏町の創設期の校舎(1879年)
1882(明治15)年 梅花女学校 第1回卒業生たち
1909年「リベラルアーツ教育」をいち早く推進。豊かな感性を持つ女性を育んできた 
日本で初めてバスケットボールが行われた(前列が梅花生徒 1909年)
1911年 英語科の授業はもちろん、化学や物理などの授業もすべて英語で行い、国際教育を実践 
少人数制の英語科授業(1911年頃)
2026年 豊中移転100周年 
2028年 創立150周年 
自らが問題を発見・解決するチャレンジ精神、品位と思いやりを持つ「エレガント」さを持ち合わせた女性の育成を掲げ、創立150周年に向けて伝統の継承と革新を続けていく。