作家・エッセイストの阿川佐和子さんは、両親を介護した9年半を、「次から次へと湧き起こる問題に一つひとつ対処していく、障害物競走のようだった」と振り返ります。阿川さんが介護をしながら得たさまざまな気付きを教えていただきました。
介護を通じたさまざまな”負担”
介護をしていると、毎日いろいろなことが起こります。
定期的な病院での診察や週に2~3回のデイサービス、それに加えて、巻き爪になったら皮膚科へ連れて行き、どこにしまったかわからなくなったハンコを探し出す。毎日飲まないといけない薬の管理など、時にはイライラしてぶつかることもありました。私自身の仕事や、一緒に介護をしていた兄弟たちの予定もありますから、「来週のこの日、母の面倒をみる人がいない!じゃあ誰かほかに頼める人は・・・」と、目の前のことをクリアしていくのに精いっぱい。
介護の備えをするに越したことはありませんが、“これをしておけば絶対に安心”なんてことはありません。でも、経験を重ねていくうちに、介護の負担を軽くする私なりの“備え”を見つけることができました。
あらゆる人やサービスを活用!経済的な備えは”安心材料”に
父が転倒して緊急入院したのと、母に認知症の症状が出始めたのはほぼ同じ時期。両親2人での生活が不安になり、「外に出る仕事をセーブして、私が両親と同居しようか」と一瞬考えましたが、うまくいかないのは明らか。父の性格と似ていますから、必ずどこかで「私がこんなにやっているのに!」と爆発するのは目に見えていました。
そこで、父には知人に紹介してもらった高齢者専門病院に入ってもらい、母は自宅で介護をすることに。母の介護は、私一人で担うわけではありません。兄弟や親せき、それに私が子どものころ我が家のお手伝いをしてくださっていた「まみちゃん」にお願いして、なんとかチームを組みました。
介護をするうえでは、あらゆる人やサービスを活用することが大事です。父と、のちに母もお世話になった高齢者専門病院の先生はこれを、“できる限り枝を広げること”と表現されました。
両親のために自分の身を捧げることはきれい事に見えるけれど、必ずどこかでその反動が出てきます。
母は認知症になってから9年半介護が続きました。介護は本当に大変。だから、ある程度のお金は必要だと思います。経済的余裕が肉体的にも精神的にも安心材料になります。
認知症になっても、生きる意欲を失わない!
デイサービスに迎えに行ったとき、スタッフの方に向かってニコニコと手を振る母に「今日はどうだった?」と聞くと、「ずっとウチにいた」とひと言。ついさっきまで愛想よく手を振っていたのに、ええもう忘れちゃったの!?と驚きました。
また、深夜にトイレでしゃがみこんでしまった母をなんとか引っ張り出し、汗だくになりながら母を着替えさせようと奮闘する私の鼻をチョンと指でつついて、「可愛い顔してるわね」。「そんなこと言ってる場合じゃないでしょー!」と発狂寸前でしたが、今となっては笑い話です。
物忘れはするけれど、トンチのきいた受け答えはできるし、運動能力はあるし、目の前のことをちゃんと判断する力も残っている。いったい母の頭はどうなっているのだろうと、次第に興味が湧いてきました。
認知症になってしまうと人間としてもうおしまいと思う人も多いと思うけれど、そうじゃない、ちゃんと生きて、楽しむ能力、笑う能力、痛いとかかゆいとか反応する能力や計算能力もあるんです。今は認知症になっても、楽しく生きていける社会の基盤もできています。
認知症が治るとは言いませんが、両親がお世話になった先生は、"生きる意欲というものを大事にしてください”と言われました。食べる興味とか好奇心があるうちは、あれがダメ、これがダメと言わないこと、本人はどういう気持ちなのかを考えることが大事だと私も気づきました。
元気なうちに介護に備える
友人や仕事仲間など、介護の話を聞いてくれる人たちの存在も大きかったですね。大変なのは自分だけじゃないんだ、ちゃんと乗り越えた人はいるんだっていう希望にもつながりました。全部を参考にする必要はないけれど、こういう手もあるよ、こういうことをしたよ、など介護に関する話を教えてもらったりしました。
けれど、介護は仕事を辞めないとケアできない、でも辞めたら収入がなくなってしまう。そういう問題も現実にはありますよね。うちには兄弟もいたし、そこそこ預金もあったけれど、それでも大変でした。だから、経済的な余裕は強みになるかもしれません。
両親がお世話になった先生が、「元気なうちに終の棲家(すみか)の目安はつけておくこと」とおっしゃったので、そろそろさがし始めようかな、なんて考えています。
介護に対する解決策の正解はわからないけれども、民間の介護保険も安心材料になりますね。
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