早稲田評論
▼美術評
ギュスターヴ・クールベの21世紀、フランスと日本
北村 陽子(きたむら・ようこ)/早稲田大学文学学術院准教授(文化構想学部)
2013.7.26
ギュスターヴ・クールベ(1819--1877)は、19世紀フランスのレアリスム(写実主義)の画家である。彼の二点の代表作《オルナンの埋葬》と《画家のアトリエ》は、共におよそ縦が3メートル、横が7メートルという大きさで、発表当時大いに物議をかもした。パリのオルセー美術館で実物を見れば、その「非常識」さが今でも実感できる。この美術館は、2011年に大規模な展示替えを行なった。かつてセーヌ川からの光が差し込む広々とした空間にあったクールベの絵は、今では同じ階の奥の薄暗いところに、同時代の彫刻と一緒に置かれている。第二帝政期のパリにはこんな室内があったのかもしれない、という想像を刺激してくれるこの場所に、ところが、「究極の室内絵画」というべき《世界の起源》がない。この絵のためには、離れた所に専用の「室内」が作られたのだ。
オルナンの埋葬(1850)(314×663cm)
画家のアトリエ(1855)(361×598cm)
《世界の起源》は、女性の体の「一部」をクローズアップで描いた、一辺50センチほどの作品である。何も知らずにこの絵の前に立ってしまった観客が、見なかったふりをするために苦心する様子を、何度目撃したことか。この絵について、フランスの大衆週刊誌『パリ・マッチ』2013年2月7日号が、センセーショナルな記事を掲載した。表紙には、「これが《世界の起源》の顔だ」「クールベの傑作の上部を発見」という派手な見出しが踊っている。パリのとある古道具屋で発見された女性の頭部の絵が、それに該当するというのだ。面白すぎる話だったが、『ル・モンド』紙2月8日号によれば、オルセー美術館は「あり得ない」と一蹴したという。
その『ル・モンド』3月16日号が、「《フラジェーの樫の木》、やっと自分の根を取り戻す」という記事を載せている。東京の村内美術館に所蔵されていた、クールベのもう一つの代表作《フラジェーの樫の木》が、画家の故郷オルナンのクールベ美術館によって買い取られ、3月9日に公開セレモニーが行われたという報道である。購入金額は、同日の「フランステレヴィジオン」のサイトによれば400万ユーロ(5億円)。私がこのニュースを知ったのは、たまたま春からクールベについて授業をしたからだった。村内美術館のホームページで、「《フラジェーの樫の木》は、フランスの国宝としてクールベ美術館に展示されることになりました」という文面を見た時は、目を疑った。何という不覚。そのホームページさえ、もう消えてしまっている。
今フランスのグーグルでクールベを検索したら、「クールベ・ケータリング総菜店」の実に洗練されたお菓子が出て来た。日本のグーグルでは、《世界の起源》が最初に出て来る。どちらがより変なことなのか、判断しかねている。
フラジェーの樫の木(1864)(89×110cm)
北村 陽子(きたむら・ようこ)/早稲田大学文学学術院准教授(文化構想学部)
早稲田大学第一文学部美術史専修・フランス文学専修卒業、同大学院文学研究科をへて現職。
専門はフランス近代絵画・批評史、文化史。
訳書に、サミュエル・フラー『映画は戦場だ!』(筑摩書房、共訳)、『ドーミエ版画集成 Ⅰ 政治家さまざま』(みすず書房)など。