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研究力

▼知の共創―研究者プロファイル―

折井(秋田) 麻美子/早稲田大学教育・総合科学学術院准教授 略歴はこちらから

英語音声の習得――
理論と実践の橋渡しを目指して

折井(秋田) 麻美子/早稲田大学教育・総合科学学術院准教授

人に教えることの難しさを知って

 私の専門は、第二言語習得研究で、特に英語音声の習得に着目しています。日本人学習者が英語の発音やリスニングを、どのような方法で学べばより効果的に習得できるのか、教育実践を通じて研究しています。

 私は教鞭をとっている本学教育学部英語英文学科の出身です。学部時代は英語サークルWESA(早稲田大学英語部)の部員として活動しました。学科主催新入生ガイダンスでの部長さんの英語スピーチが格好よくて(笑)、憧れで入部しました。3年で幹部となり下級生のスピーチや発音の指導を担当したことが、音声習得の研究の道に入るきっかけでした。

 必修科目の英語音声学の授業で、基礎知識はひと通り学んだものの、その知識を発音指導にうまく応用できず、後輩の役に立てないという無力感を1年間抱え続けました。そんな時に、3年次ゼミで松坂ヒロシ先生から第二言語習得研究という学問分野を教えていただいたのです。もっと深く学び、効果的な発音指導に結びつけたいという気持ちからイギリスの大学院に進学することにしました。

 修士・博士課程合わせて4年半ほどダーラム大学で過ごしました。博士論文では、留学中の日本人学生を対象に、聴解・発音能力が月ごとにどのように変化するかを1年間調査しました。英語を多量に聴ける環境にいれば、個々の音や音節構造は比較的容易にきれいになっていくのに対し、アクセントやリズム、連結や脱落などの音変化、いわゆる「韻律」は簡単には上達しないことが分かりました。また、underspecification理論からその現象の説明を試みました。

写真(左)イングランド北東部ダーラムの街並み/(右)ダーラム大聖堂前にて。

理論と実践の橋渡しを目指す

 大学院では理論志向の研究を行っていましたが、帰国後は大学教員として、リスニングや音声学・発音を教える教育実践が仕事の柱になりました。言語教育の分野は、理論研究中心の人たちと、現場での教育実践を中心に取り組む人たちとに大きく分かれ、両者の間にあまり交流がありません。私はこの両方を架け渡しするような研究がしたいと考え、授業の質の向上と、音声習得理論への貢献を、両輪で発展させることを目指してきました。

 最初は、一般英会話の複数クラスで、異なるメソッドを用いて上達の度合いを比較しました。個々の音(r・lなど)を指導するクラス、韻律指導のクラス、そしてディクテーションで暗示的に音声指導するクラスと、3クラスの発音と聴解能力の上達度を、科研費のプロジェクトとして数年間にわたり調査しました。ネイティブの英語教育専門家による発音評価の結果、イギリスでの研究と同様に、韻律が最も習得困難な発音分野であり、また韻律の明示的な指導が最も有効な指導法であるという結果になりました。

 そこで、「よし、韻律の指導だ!」と張り切って、次は徹底的に韻律指導を行う方法を取ってみました。ところがこれが大失敗で…(笑)。というのも、一点張りの指導では学生たちも飽きてしまってしまったのです。また、授業アンケートでも、リスニングや表現・語彙などの「上達の手応えが欲しい」という声がありました。そこで、科研費の助成を受けて旅行英語のリスニング教材を開発し、そこに発音指導を組み込むなど、現在も工夫を重ねているところです。

 また、最近では、リスニング・ストラテジー(方略)も積極的に取り入れています。母語でも第二言語でも、背景知識や文脈情報を活用し、展開を推測することにより内容をより早く深く理解することができます。母語ではこれが自然にできるのですが、外国語を聴く時には、聴こえてくる音声にだけ集中してしまう傾向があります。ストラテジーの指導では、キーワードから意識的に内容を推測したり、典型的なパラグラフ構造やディスコースマーカー(対比や例示など論理的関係を示すことば)に注目して展開を把握するなどの練習をします。

 最近分かってきたことは、これらの方法を上手く組み合わせることが高い効果につながるということです。音素から単語や文と、細部から徐々に全体を理解していくのをボトムアップ処理、これに対してリスニング・ストラテジーのように全体から細部を理解するのをトップダウン処理と言います。英語教育では、昔はディクテーション指導などのボトムアップ重視、その後にストラテジー指導を中心とするトップダウン重視の考え方に変わりました。最近は両方を同時進行で使えると効果的にリスニングが可能ということで併用指導が有効であると言われるようになりました。ですが、まだこの仮説をしっかり支持するだけの十分な実証データが出ておらず、教育実践での検証が重要だと考えています。そこで、2012年に1年間の実験授業を行い、教育効果を比較しました。今年5月のカナダでの国際会議では、併用指導が単独指導方式に比べより効果的であった、という研究結果を報告しました。

 第二言語習得研究は、1960年代後半から登場した比較的若い研究分野です。なかでも第二音声研究は遅く、1980年代からようやく確立してきましたが、現在も少数派です。この分野の研究者だけの集まりとして、ほぼ唯一となる「New Sounds」という国際会議があります。先ほどの研究成果もこの会議で発表しました。3年に1回、世界各地を巡って開催されるのですが、次々回の2019年に早稲田大学で開催することが決まり、今からとても楽しみにしています。

周囲の支援で仕事と子育てを両立

 じつはここ数年、初めての出産と子育ての中で、仕事との両立に苦心してきました。なんとか乗り切ってこられたのは、家族をはじめ学科や周りの人たちの協力あってこそであり、特に職員の方々は親身になって相談に乗ってくれる心強い存在です。

 本学には「コースナビ」という授業支援ポータルサイトがあります。授業に関する「お知らせ」の送信や、成績評価の算出、リスニング課題の掲示、オンディマンド授業の配信などが可能で、効率的な授業運営には欠かせません。担当する「英語音声学」では、事前に理論的なレクチャーを録画しておき、授業の一部として配信します。授業内では実践的な発音練習に重点を置くなどの工夫ができ、また統合的な音声指導を目指してリスニングやシャドーイング活動を取り入れる余裕もできました。

 年1回の発音試験も、今までは個別面接の為に膨大な時間が掛かってしまい、フィードバックの時間もなかなか取ることができませんでした。今年からは、担当職員の方々の全面的な協力のお蔭で、PC上での一斉採録方式に変えることができました。ぐっと作業負担が減ったことで、複数回試験を実施し、フィードバックの機会も多く取れるようになりそうです。今後はフィードバックの出し方などを工夫し、より効果的な発音指導を目指していきたいと思います。

「英語音声学」オンディマンド授業の様子

 授業を担当している学生は皆、私にとって後輩達です(だいぶ年は離れてしまいましたが…)
サークルの後輩達への発音指導での失敗から20年、研究を通じて試行錯誤を繰り返しながら、少しずつ発音指導の工夫を重ねてきました。教室授業内での発音指導という制約の中で、どうしたら目に見える形で後輩達の英語発音をよくすることができるか、これからもその課題に取り組んでいきたいと思っています。

折井(秋田) 麻美子 (おりい・まみこ)/早稲田大学教育・総合科学学術院准教授

1995年早稲田大学教育学部英語英文学科卒、2001年ダーラム大学人文学部言語学・英語学専攻 博士課程修了(Ph.D.)。2000年千葉大学教育学部講師(臨任)、2001年電気通信大学講師(専任)、2003年早稲田大学教育学部英語英文学科専任講師、2006年助教授を経て、2007年より現職。2012年より杉並区教育委員を務める。