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研究力

▼知の共創―研究者プロファイル―

大石 進一/早稲田大学理工学術院教授 略歴はこちらから

数理研究の花園を追い求めて――
精度保証付き数値計算を極める

大石 進一/早稲田大学理工学術院教授

好きなことは独学でとことん学ぶ

 高校生のころから、好きなことはものすごく凝って勉強するけれども、学校の授業はやさしすぎてつまらないと感じているような、ませた子どもでした。小説を山ほど読んで「作家になりたい」と思ってみたり、ドイツ語を猛烈に勉強してみたり……。1年も経つと学校のドイツ語の教科書・副読本は配られた当日に辞書を引かなくても全部読めるようになっていて、もうドイツ語は十分かなと思い、次は数学に夢中になりました。

 数学は、「数の神秘を解く魔法の箱」を創造することだと、そんなイメージがありました。大学の教科書とか、研究者向けの専門書とか、やたら難しい本を背伸びして読んでいましたが、今から思えば、魔法の箱を創るのには役に立っていなかったかな……(笑)。

 いざ大学進学となったときには、「文学や数学なんかじゃ食っていけないだろう」という親の圧力に打ち勝てず、理工学部の電子通信学科に進みました。授業の内容はやさしいのでその場で理解し、あとは自分の好きな勉強をしているような感じでした。大学2年生になると量子力学に夢中になって、図書館に毎日通って勉強しました。

 そのうち、量子力学が発見された当時の重要な論文を、英語やドイツ語の原著で読むようになりました。朝永振一郎、ポール・ディラック、リチャード・ファインマンといった、ノーベル物理学賞を取った人たちの論文を、ノートに一字一句、手書きで書き写しながら勉強しました。

 そうこうするうちに大学3年になり、卒業論文のテーマを決めなければならなくなった。「量子力学を使った通信に関連することがやりたい!」と思いましたが、当時の電子通信学科にそんなことをやっている研究室がありません。せめて量子力学を使って古典力学の問題を解いてみたい――そんな思いの中で、「ソリトン」という非常におもしろい非線形波動のモデルを知って、この問題にぜひ挑戦してみたいと考えました。

 卒論ゼミでは、堀内和夫先生(当時、早稲田大学理工学部電子通信学科教授)に指導を仰ぎました。堀内先生は、電子情報通信分野の研究に関数解析を初めて持ち込まれた研究者の一人で、数学的な研究に高い関心を持っておられた。堀内ゼミでは、毎週土曜日に東京教育大学(現・筑波大学)の小寺武康先生を招いて、非線形数学のゼミを開いていました。この小寺先生がじつはソリトンの研究をされていて、有名なソリトンの理論の1つ「戸田ラティス理論」を提唱された、戸田盛和先生のお弟子さんでもあった。そんなご縁から、教育大の戸田ゼミにも参加することができました。

 堀内先生の導きもあって、こうした先生方の指導を受けることができ、ソリトンをテーマに卒論を書くことができました。電子通信工学にいながら、物理数学の分野で論文を書いたのですから、かなりの異端児だったといえますね。

ソリトンの花園が一転、荒野へ

 大学院に進んでからもソリトン研究を続けました。修士1年の時には、あるクラスの方程式は皆2ソリトン解という2つのソリトンが安定に相互作用することを示す解を持つという新しい定理を発見して、これが戸田先生にとても褒められたのですが、学界で評価されるためには、英文論文を発表しなければなりません。ところが、なかなか良い英文が書けない。それから2年も七転八倒して、博士課程に進んでからようやく、もっと精緻な理論で英文論文をまとめることができました。

 論文は博士2年の時に、日本物理学会のJournal of Physical Society of Japanという英文論文誌に採録されました。刊行されると、世界各国の研究者から、「抜き刷りを送ってくれ」という請求のはがきを何十通ともらいました。当時はeメールもコピー機もない時代ですから、すべて郵便でのやりとりです。はがきはスクラップブックに大切に保存してあります。

理工系学生向けの数学や数理情報学の入門書も多数記している。左:『フーリエ解析 (理工系の数学入門コース6)』(岩波書店、1989年)、右:『例にもとづく情報理論入門』(講談社、1993年)

 産みの苦しみを経て、それから続けざまに8編も英文論文を書きました。「自分はようやくソリトンという神秘の花園に降り立ったんだ!」と、やる気満々だったのですが(笑)、じつはそれも残念ながら長くは続きませんでした。というのも、佐藤幹夫先生という天才的な数学者が、代数的なアプローチでソリトンをいくつかの類型に分類してみせてしまったのです。「こういうタイプのソリトンしか現れません」と非常にスマートな説明をされてしまったために、神秘的な花園は一瞬にして、草一本生えない荒野になってしまった。佐藤先生の研究は、私の研究を出発点の一つとしてずっと先に行ってしまったような側面があり、ソリトンは自分にとって魅力的な研究対象ではなくなってしまったんです。

 1981年に博士学位論文を書いた後、180度研究の方向を転換して代数的なアプローチでは解けない世界へ行こうと考えました。ただし、厳密に解を得ることは絶対です。数式で解けない世界ってなんだろうということで、コンピュータの「数値計算」の世界へ入っていきました。いろいろな成果が出たのですが、10年経って、数理学者の中尾充宏先生が1990年に、岩波書店の『数学』と情報処理学会誌に寄稿された「精度保証付き数値計算」についてのサーベイ論文を読んで、私がやってきたことを結実させる方向はこの分野だと直観しました。

諦められていた数値計算の精度

 コンピュータは、計算の正確さという点では意外と甘いのです。ある桁数以上の計算は、四捨五入や切り捨て切り上げをして演算していきますから、1つひとつの演算の誤差が積み上がっていくと、規模によっては無視できない大きさになります。

 たとえば、LSI回路の解などを求める方法に、ホモトピー法という非線形方程式の構成的解法があります。まず簡単な問題を解いて、次に少し本当の問題に近づけるように変形した問題を解いて……といった具合に、どんどん本当の問題に近づけながら解を追っていくんですが、最終的に誤差はどうなるのかということも考えていく必要があります。誤差を無視してしまうと、最終的な解の精度が保証されないので、偽の解にだまされるなど実用化に問題が生じます。

予想を超えためざましい成果は、一冊の本としてまとめられた。『精度保証付き数値計算』(コロナ社、1999年)

 ところが当時、数値計算の世界では、この演算の誤差を無視すること――専門用語では「丸め」とか「丸める」とか言いますが、丸めの誤差は無視する、なかったものとして諦めるのが当たり前とされていました。そういう世界に私のような者が入っていって、「いや、精度は保証すべきです。私は決して諦めません」と宣言したのだから、かなりの異端児とみられたと思います。しかし、厳密な解を求めたい私にとっては諦めることはあり得なかったのです。

 研究室の学生や海外の研究者仲間のユニークなアイディアの助けもあって、それから7、8年の間に、予想をはるかに超えるスピードで、精度保証付き数値計算は実用のものになっていきました。そのころ、海外の共同研究者と深く討論していくうちに「精度を保証しても、計算スピードが通常の何千倍、何万倍もかかるのだったら、だれも使ってくれない。2倍程度の手間で精度保証することを目指すのが絶対必要だ」ということになりました。これは難しいことですが、10年近く研究してきた中でふと思い至ったアイディアがありました。実際、精度保証は近似解計算の1万倍かかると思われていたものが、ある単純な方法により、2倍に圧縮することができました。

 簡単にいうと、「演算というのは1つ1つ順番にやるものだ」という固定観念から離れてみたんです。従来の考え方だと、100個の演算に対して、誤差も逐一丸めていくことになります。しかし、100個の演算を一度にまとめてやるという考えに立ってみれば、丸めもその全体に対して行うという考え方ができます。まさにコロンブスの卵、「10年間、なんでこんな簡単な方法に気づかなかったんだろう」と思ったほどです。

 この考え方であれば、既存のプログラムの中身をいじることなしに、プログラム全体の冒頭に精度保証のためのプログラムを新たに付加するだけでいいので、計算スピードに加えて、スケーラビリティもきわめて高いものとなります。この方法論の変革によって、実用化が完全に射程に入るとともに一気に研究が進展し、1999年に『精度保証付き数値計算』という本を世に出すことができました。「誤差なし計算=Error-free transformation」という新研究分野の提案もでき、これがわが研究室の看板となりました。

オープンな環境で協働を促進する

高速並列計算をこなすコンピュータが並ぶ専用施設

 精度保証付き数値計算が、実用レベルの世界へ行き着いたことから、研究活動は様変わりしました。次々と政府の大型研究助成資金がついて、コンピュータがずらりと並んだ並列計算の設備が整い、若手研究者や海外研究者などの人材をたくさん雇用して、活気ある場が展開されています。

 プロジェクトのために大学キャンパスの外に部屋を借りていますが、大きな部屋を探して、間仕切りせずに使っています(写真)。お互いの仕事がすぐに見渡せて、打合せ風景も全員から見える、そういうオープンスペースの環境にこだわりました。異質な人たちが協働してアイディアを出し合うところから、問題解決の糸口が見つかると信じているからです。

大石教授率いるプロジェクトチームの研究室は、間仕切りのないオープンスペースになっている

 この20年近くの間に、精度保証付き数値計算の基本的骨格はできてきたものの、まだまだ多くの問題が残されています。個別の実用化研究はそれぞれの専門家にお任せして、私は数理的な解析に根ざした基盤になる理論研究を引き続き追究していきたい。次の10年、20年で、「これは非常に大切で波及効果は絶大だけど超難問だ」と言われる問題に挑んでいきたいと思っています。

JST戦略的創造研究推進事業(CREST)に採択された「数値線形シミュレーションの精度保証に関する研究」(2004-)研究構想概念図

大石 進一(おおいし・しんいち)/早稲田大学理工学術院教授

1981年早稲田大学大学院博士課程修了(工学博士)。1980年早稲田大学理工学部助手、1982年専任講師、1984年助教授を経て1989年より同大学教授。電子通信学科、情報学科、コンピュータ・ネットワーク工学科を経て2007年より理工学術院応用数理学科教授。JST戦略的創造研究推進事業(CREST)「数値線形シミュレーションの精度保証」(2004~09年度)研究代表、文部科学省科学研究費特別推進研究「精度保証付き数値計算学の確立」(2005~09年度)、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)「非線形系の精度保証付き数値計算法の基盤とエラーフリーな計算工学アルゴリズムの探求」(2009~15年度)研究代表を務める。丹羽記念賞、大川出版賞、船井情報科学振興賞、電気通信普及財団テレコムシステム技術賞をはじめ、学会賞など多数受賞。

WASEDA早稲田大学研究推進部 http://www.waseda.jp/rps/