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研究力

▼知の共創―研究者プロファイル―

高西 淳夫

高西 淳夫(たかにし・あつお)早稲田大学 理工学術院創造理工学部教授 略歴はこちらから

人型ロボットと人間 心の交流はできるか

高西 淳夫/早稲田大学理工学術院創造理工学部教授

ロボティックヒューマンサイエンスの醍醐味

 理工学術院は英語で表記すると「Faculty of Science and Engineering」になります。サイエンスとは自明でないことを明らかにすること。円周率、微分積分であるとか量子力学、宇宙物理学などの分野で、それ自身が何かの役に立つよりも、「分からないことを理解したい」から研究するといったものです。現実に役に立つかどうかはあまり関係がありません。
一方、エンジニアリングは人類の幸せのためにある。障害者や病気の人のために、体を補助する器具やロボットを作れば、生活も病気も楽になる。モノやソフトウェアをいかに作っていくかという世界を扱うのがエンジニアリングです。

人間の感情を表現する情動表出ロボット「WE-4RII」

 しかし、サイエンスとエンジニアリングは相互に無関係ではなく、サイエンスの成果は、例えば数学者の理論だとか、ニュートンの法則など、実に有効にエンジニアリングに応用される。逆にエンジニアが高性能の望遠鏡を作れば、宇宙学者は何億光年先の星も観測できる。サイエンスのためにはエンジニアがいないと先端科学ができない。そして、エンジニアとしてロボットを作ることで、高齢者を補佐・介護し、高度な手術を実現するなど、困っている人に貢献できる。こういった点に私は研究のやりがいを感じます。

 いっぽう、人間はどのように2本足を使い、踵から地面について、つま先で蹴って、膝を伸ばしながら歩いているのか? ロボットを作って実証することで、人の運動や機能に関する疑問にロボット工学的な視点から解答できる。人間型ロボットを作っていると、エンジニアだけれどもサイエンスもできる。これもまた、ロボット研究の醍醐味で、私はロボティックヒューマンサイエンスと呼んでいます。

学外交流から生まれた2足歩行ロボット「WABIAN-2」

 従来のロボットには不可能であった、人間のように骨盤の運動を用いて膝を伸ばして歩行できる「WABIAN-2」は、ホンダの「アシモ」や経済産業省の「HPR-2」などの2足歩行ロボットとは歩き方が違います。

 私は学外の研究者と共同研究することが多いのですが、骨盤の動きという発想は、障害者のリハビリ研究者との交流から生まれました。1970年に早稲田大学で人型ロボットの研究を始めた「日本のロボットの父」といわれた恩師・加藤一郎先生は、ロボットの研究もしていましたが、義手、義足、リハビリ器具の開発にも積極的でした。そのため、リハビリ関係のエンジニアを研究生、学生として受け入れてきた経緯がありました。その1人から「なぜ人間が膝を伸ばして歩けるかというと、骨盤が動いているからなんですよ」という話を聞いたのです。

 「あっ、そうか」と私たちは思いました。それまで骨盤というのは固定的で、動かないものとばかり思っていたからです。ボディーと脚をつないでいる骨盤が、前後・左右に動いて、膝を伸ばして歩くという発想に結びついた。骨盤のメカニズムを有効利用した「WABIAN-2」が完成したのです。

人間と同じ「膝関節伸展型歩行」とは

「WABIAN-2」の特徴的な膝を伸ばした歩行

 「WABIAN-2」の歩き方は「膝関節伸展型歩行」というもので、人間と同じような動きをする歩き方です。アシモやHPRは膝を曲げたまま2足歩行をしますが、これは特殊な理由により、伸ばすことができないのです。

 理論的にはボディーの重心の位置と加速度をコントロールできれば、倒れずに2足歩行はできます。どう実現するかというと、足を屈伸させることでコントロールします。ところが、膝を伸ばした状態は「特異姿勢」といって、このときロボットの運動を制御しているコンピュータには、分数の分母がゼロになるのと同じ状態が生じ、計算エラーになります。このエラーを生じさせないためには、普通のロボットでは十分に膝を曲げて歩くしかない。つまり、特異姿勢を避けなければならないわけです。

 しかし、上下方向と前後方向とを組み合わせた動きをする骨盤をつけると、膝が伸びきった状態でも、特異姿勢にならない。股関節から下は特異姿勢になるが、骨盤部分の計算では分母がゼロにならなくなり、ロボット全体の動きの計算としてはエラーがなくなるのです。

「WABIAN-2」に人と同じ動作をさせて実際に歩行補助器具を使用するなど、歩行障害者や高齢者のために開発された機械の評価に使いたいと考えています。

ヒューマノイドは悪魔? 欧米の価値観

 ところで、欧米にはキリスト教的な視点から「人間は神が創ったもの。人間が人間のようなロボットを作ってはいけない」といった、人型ロボット、ヒューマノイドをタブー視する土壌があるようです。しかし、研究者はあくまでも科学的にとらえる。イタリアのフィレンツェ近郊にある聖アンナ大学院大学には、150人以上のロボット研究者が集まり、加藤先生を慕ってできた「ロボット庵」という早稲田大学との共同研究室もある。この500年以上の歴史がある大学と早稲田大学は大学間協定を結び、緊密な共同研究を続けています。

 イタリアの研究者との付き合いのなかで、文系的な発見、発想もするようになりました。欧米に、日本人はどのようにロボットをとらえているのかという倫理観を伝えなければならない機会が多くなったからです。「神の領域を侵したヒューマノイドをつくる国は許せない」などと言われてしまったら困るわけです。無機物のロボットに命を感じる日本人ですが、欧米人は感じません。むしろ、悪魔的な感覚がある。ロボットはあくまで道具であり、日本の高齢者のようにソニーの犬型ロボット「アイボ」を人と同じようにかわいがるというようなことはないのです。

 数年前、スピルバーグ監督の「A.I.」という映画が公開されました。子どもが病で冷凍保存された夫婦に、「母を愛する」とプログラミングされた少年ロボットが贈られます。しかし、実の子が奇跡的に蘇生したことで、結局ロボットは捨てられてしまい、母探しの旅が始まる。そして人類が滅亡した数千年後も、ロボットは母を求めて探し続けるのです。この映画は、人間の心は移り変わるのに、悪魔のように思っているヒューマノイドが一番純粋な心を持っていたという、欧米人にとっては深い含みを持った名作だと、私は思っています。

左脳と右脳 日本人と欧米人の不思議な違い

 このような日本人と欧米人の有機物、無機物、ヒューマノイドへの認識の違いというのは、脳の違いも起因しているのではないかと思うようになりました。左脳は言語脳と呼ばれ、言語や計算など知的作業を認識します。右脳は音楽脳と呼ばれ、音や感覚、情緒、印象などを司ります。欧米人は鳥の鳴き声、風の音、波の音を右脳で聞き、ノイズとして認識します。

 一方、日本人は左脳で自然の音を聞くのです。左脳は言語脳ですから、音をメッセージとしてとらえる。チュンチュン、リンリン、ホーホケキョ、ハラハラ、ドキドキといった擬音語・擬態語は「オノマトペ」といわれ、このオノマトペが日本語の場合は1万2000語あるそうです。しかし、欧米の言語、例えば英語では多くても4000語。日本人は自然にある音のメッセージに生命を感じて“生きている”と受け取るのではないでしょうか。

 この脳の違いが、日本人が有機物と無機物を区別しない文化、精神構造と関係があるのではないかと思います。たかが石にも、命や神様を感じることがある日本人です。肉親が脳死状態に陥ったとき「脳は死んでいるので心臓がほしい」と提供を求められても、日本人にとっては難しい話。ところが欧米人は脳が死んだ人間を「臓器」とみて合理的に考えるから、脳死移植が進む。日本では脳死判定による臓器移植が認められて10年たつのに移植が進まないのは、息をして汗をかいている脳死者の死を日本人がなかなか認められないから。オノマトペにも関係があるのではないでしょうか。

感情を表現できるロボット

 ロボットが人間社会の中で十分に役立つほどのレベルに達するまでは、まだまだ多くの研究や開発期間を要するというのが現状です。特に安全性の問題はハードルが何段もあります。しかし、ロボットが家庭に入ってくる時代がくれば、人とロボットの相性の問題もでてくるでしょう。本学文学部心理学教室の木村裕先生とは、10年以上にわたって共同研究をしています。木村先生の教えを受けながら、喜び・怒り・驚き・悲しみ・恐怖といった情動表出を行う「WE-4RII」や、動物心理学において多くの先行研究が行われている動物心理学に着目したラット型ロボット「WM-6」を作りました。

 欧米人はロボットに感情めいたものを求めませんが、日本人はより、人間的なものを求めます。将来はそれぞれの人のパーソナリティに基づいた、相性のあう感情を持ったロボットを選択できるよう研究をしています。人型ロボットの開発例が日本にはたくさんあります。開発台数・事例は他国の追随を許しません。ただ、欧米には「ヒューマノイドが人類を脅かす可能性がある」という意見もあるので、研究者が技術的に交流するだけでなく、倫理観など心の深いところでお互いを理解することが重要になると思います。

高西淳夫研究室ホームページ
http://www.takanishi.mech.waseda.ac.jp/

高西 淳夫(たかにし・あつお)/ 早稲田大学理工学術院創造理工学部教授

1956年福岡県出身。工学博士。88年本学専任講師、90年助教授、97年教授。90~91年米国マサチューセッツ工科大学客員研究員、98年3月~4月イタリア聖アンナ大学院大学客員教授。2000年冬には世界で最も権威のある英国の青少年向け公開科学講座「クリスマス・レクチャー」講師を担当。著作に『マイロボット』(読売新聞社)、『人間型ロボットのはなし』(日刊工業新聞社)などがある。

WASEDA早稲田大学研究推進部 http://www.waseda.jp/rps/