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岡 浩一朗(おか・こういちろう)早稲田大学スポーツ科学学術院教授 略歴はこちらから

「座り過ぎ」が健康寿命を縮める

岡 浩一朗/早稲田大学スポーツ科学学術院教授

座り過ぎ生活の蔓延

 みなさんは朝起きてから夜寝るまで合計して、一日どのくらいの時間座っているか考えたことがありますか?テレビを観る、パソコンを使う、デスクワーク、会議、移動・通勤のために自動車を運転するといった時間にどの程度費やしているでしょうか?

 我々の調査結果によると、40~64歳の日本人成人の余暇におけるテレビ視聴は一日平均2.5時間、パソコン・スマートフォン利用に1時間程度費やしており、仕事中は3時間、移動のための自動車運転では0.5時間ほど座っていることが分かりました。また、一日平均の総座位時間は8~9時間程度であり、世界20ヵ国の成人を対象にした平日座位時間の国際比較研究1)によると、日本人成人の座位時間が最長であり、多くの国民が座り過ぎていることが指摘されています。

 図1は、活動量計を用いて評価した日本人成人の一日覚醒時間における中高強度および低強度身体活動、座位行動に費やす時間の割合を調べたものです。これまでの健康づくり研究で注目されてきた中高強度身体活動は、一日覚醒時間のわずか5%程度であり、大半の時間が低強度身体活動 (35~40%) あるいは座位行動 (55~60%) でした。今後も、様々な技術革新に伴って生活環境や仕事環境が機械化・自動化し、人々の身体活動を著しく省力化することは明白であり、今まで以上に多くの人々の日常生活全般において座り過ぎが蔓延することが懸念されています。

座り過ぎの健康への悪影響

 座り過ぎの健康影響について調べた最近の研究を紹介したいと思います。たとえば、一日の総座位時間の多寡が総死亡リスクに及ぼす影響ついて検討した研究2)では、総座位時間が4時間未満の成人に比べて、4~8時間、8~11時間、11時間以上と長くなるにつれて,WHOにより推奨されている身体活動量を実施していたとしても総死亡のリスクが11%ずつ高まることが知られています。また、余暇のテレビ視聴に伴う座位時間が1日2時間未満の成人と比べて、2~4時間、4時間以上と長くなるにつれて総死亡リスクが11%ずつ、冠動脈疾患死亡リスクは18%ずつ高くなり3)、テレビ視聴のために1時間座位行動を続けるごとに、平均余命が推定で22分間短くなることも示されています4)。さらに、自動車移動に伴う座位時間が週平均10時間以上の成人男性は週4時間未満の男性と比べて、冠動脈疾患死亡リスクが82%も高いことが分かってきました5)。このような座り過ぎの健康影響についてまとめた最近の研究6)によれば、適度な身体活動を行っていたとしても、座り過ぎが死亡のみならず、肥満・過体重、体重増加、糖尿病、一部のがん、冠動脈疾患のリスクファクターとなっていることが指摘されています。最近では、認知機能や抑うつ、機能的体力、運動器疼痛 (腰痛や首・肩痛) などにも悪影響を及ぼしていることが報告されており、健康寿命延伸のためには、いかにして座り過ぎを減らしていくかが鍵を握っていると思われます。

座り過ぎを解消するために

図2

 近年では、座り過ぎを少しでも減らすために、どのような取り組みを行っていくべきかが世界中で議論されるようになってきました。たとえば、仕事中にデスクワークが多い人の座位時間を減らすために、身長や用途に合わせて、座位と立位での作業姿勢を容易に切り替えることが可能なワークステーションやスタンディングデスクの利用が推奨されています。図2は、私のゼミに所属する大学院生が常駐している研究室の様子です。研究生活ではどうしても座りがちな時間が増えるためにワークステーションを導入し、立ってパソコンで作業したり、資料を読んだりできるような環境を整えています。この種の取り組みの有効性は、先行研究の成果に裏打ちされています。たとえば、ワークステーション (Ergotron社製) を導入することによって、仕事での座位時間が1日当たり約2時間減少し、その効果が3ヶ月後まで持続することに加え、HDLコレステロール値も増加することが示されています7)。また、同様のワークステーションを用いた研究8)でも、仕事中の座位時間が1日当たり約1時間減少するとともに、腰部痛・頸部痛および気分状態などの主観的健康状態の改善も明らかにされています。

 一方、自宅でテレビを観たりパソコンを使ったりする時間が長い人の場合は、少なくとも1時間に一度、できれば30分に1回は座った状態から立ち上がり、少しでも動くようにすることをお勧めします。テレビのチャンネルを変える時にリモコンを使わない、テレビを見ながら他の用事 (ちょっとした掃除、皿洗いなど) を済ます、CM中は立って動き回ったり、屈伸するなども有効だと思います。心身の健康の維持・増進のためには、このような日常生活でのちょっとした積み重ねが必要なのです。

WASEDA’S Health Study (WHS) の取り組み

 このように座り過ぎの健康問題が世界的にクローズアップされていますが、現状では日本人を対象にした座り過ぎの健康影響について検討した研究は十分に行われていません。そのため、早稲田大学からこの分野の優れた研究成果を創出し、世界に向けて発信すべく、「WASEDA’S Health Study」を開始しました。WHSの主な目的は、早稲田大学校友を対象に、校友の方々の元気で長生きの秘訣をライフスタイル (運動や食事、ストレスなど) の観点から探ることであり、スポーツ科学学術院と校友会が連携して進めています。この研究プロジェクトの一部として、活動量計や質問紙調査により座位行動の時間やパターンを把握し、研究協力いただいた校友の方々の健康状態を長期にわたって追跡することにより、両者の関連を明らかにしていく予定です。WHSから得られた研究成果は、校友の方々はもちろんのこと国民全体の健康づくりに活かすため、関連する施策や指針に反映されるよう提言を行っていきたいと考えています。WHSへの研究協力に興味がある校友の方は、以下のサイトをご参照ください (https://wasedas-health-study.jp/またはhttp://www.wasedaalumni.jp/value/wasedas-health-study.html)。

文献
1)Bauman AE et al. The descriptive epidemiology of sitting: A 20-country comparison using the International Physical Activity Questionnaire (IPAQ). Am J Prev Med, 2011; 41: 228-235.
2)van der Ploeg HP et al. Sitting time and all-cause mortality risk in 222,497 Australian adults. Arch Intern Med, 2012; 172: 494-500.
3)Dunstan DW et al. Television viewing time and mortality: the AusDiab study. Circulation, 2010; 121: 384-391.
4)Veerman J et al. Television viewing time and reduced life expectancy: a life-table analysis. Br J Sports Med, 2012; 46: 927-930.
5)Warren TY, Barry V, Hooker SP, et al. Sedentary behaviors increase risk of cardiovascular disease mortality in men. Med Sci Sports Exerc, 2010; 42: 879-885.
6)Thorp A et al. Sedentary behaviors and subsequent health outcomes: a systematic review of longitudinal studies, 1996–2011. Am J Prev Med, 2011; 41: 207-215.
7)Alkhajah TA et al. Sit-stand workstations: a pilot intervention to reduce office sitting time. Am J Prev Med, 2012; 43: 298-303.
8)Pronk NP et al. Reducing occupational sitting time and improving worker health: the Take-a-Stand Project, 2011. Prev Chronic Dis, 2012; 9: E154.

岡 浩一朗(おか・こういちろう)/早稲田大学スポーツ科学学術院教授

1999年に早稲田大学大学院人間科学研究科博士後期課程を修了し、博士 (人間科学) の学位を取得。早稲田大学人間科学部助手、日本学術振興会特別研究員 (PD) 、東京都老人総合研究所 (現東京都健康長寿医療センター研究所) 介護予防緊急対策室主任を経て、2006年4月に早稲田大学スポーツ科学学術院に准教授として着任。2012年4月より現職。専門は、健康行動科学、行動疫学。
岡浩一朗オフィシャルウェブサイト http://www.f.waseda.jp/koka/