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松岡 宏高(まつおか・ひろたか)早稲田大学スポーツ科学学術院准教授 略歴はこちらから

ビジネスとしての箱根駅伝:成功した大学スポーツ

松岡 宏高/早稲田大学スポーツ科学学術院准教授

 なでしこジャパンの話題で持切りの2011年のスポーツも残すところ後僅か。しかし、年末年始には大学スポーツファンにとって心待ちにするイベントが目白押し。アメリカンフットボールの大学日本一を決める甲子園ボウル(12月18日)、さらに社会人No.1チームに挑戦するライスボウル。年末から始まり、正月2日に準決勝、8日に決勝を迎える全国大学ラグビーフットボール選手権。そして、何より特別なのが、正月2日、3日に行われる東京箱根間往復大学駅伝競走、通称箱根駅伝である。

ビジネスとして成り立つ大学スポーツ

 日本の大学スポーツは、アメリカのカレッジスポーツに比べるとその規模、人気ともに随分と劣る。NCAA(全米大学競技スポーツ協会)が統括するカレッジスポーツは、バスケットボールの試合に2万人以上、アメリカンフットボールの試合にはなんと10万人以上が集まり、多くの試合がテレビ放映され、十分にビジネスとして成り立っている。これに引けを取らない唯一の日本の大学スポーツが箱根駅伝であろう。2日間で100万人以上の観衆が沿道を埋め尽くし、平均視聴率も約30%を誇る。これには、アメリカのカレッジスポーツも敵わない。

 箱根駅伝をビジネスとして成立させているのは、テレビ放映とスポンサーシップである。1987年から日本テレビが全国完全生中継しているが、多くの人々が注目するからこそ放映されるのである。そして多くの人々が視聴するところにビジネスチャンスを求めてスポンサー企業が投資する。その結果、企業名や商品をより多くの消費者に知らせることができる。このメリットの対価が箱根駅伝の運営費となる。とてもシンプルなスポーツビジネス成功の仕組みであるが、その鍵は「多くの人が見る」ところにある。

なぜ箱根駅伝を見るのか?

「どうして人は箱根駅伝を見るのであろうか?」

 この「スポーツを見る」という行為をスポーツ消費と呼ぶスポーツマーケティングという学問においては、「なぜ見るのか?」を解明することは、とても興味深い研究テーマである。

 まず、どのようなスポーツ観戦にも共通することであるが、「結果がわからないものを見る」ところに楽しみがある。このドラマ性は、他のエンタテイメントと比べてもスポーツに顕著な特性である。同じエンタテイメントの映画や演劇のストーリーや結末はある程度の予測がつく。少なくとも演じている側は結末がわかって演じている。これに対してスポーツは、競技している本人でさえ、その結果を知らずにやっている。当然ながら箱根駅伝というコンテンツを扱うテレビのプロデューサーも、何が起こるかわからずに放映している。これがスポーツビジネスの難しいところであるが、見る側にとってはこれほど面白いコンテンツは他にない。「今年は○○大学が強く、○○選手が注目だ」と思いながら観戦し、期待通りになるも良し、予想外の展開も良しである。

カレッジアイデンティティ

 自分自身や家族の出身校など、特定の大学を応援しながら観戦する人は少なくない。その大学の優勝、上位入賞、シード権獲得が、自己の成功のように感じられ、達成感を得ることができる。自分は炬燵に入って横になっているだけなのに、自尊心や自己イメージが向上したかのような感覚に陥る。実に身勝手であるが、スポーツチームや選手に限らず、成功者をこのように利用することは、私たち人間がよくやることである。

 この背景にあるのが、カレッジアイデンティティ(大学に対する帰属意識)である。好きな大学と自己を同一化させ、レースに陶酔する。「チームや選手とともに」という意識があるからこそ、2日間で11時間以上も継続して順位の変動に一喜一憂できるのであろう。このアイデンティティが強い人たちは、勝利だけでなく、敗北もチームとともに味わうことができる。そして好不調にかかわらず応援し続ける。こんなファンが箱根駅伝と各出場大学を支えているのである。

正月の風物詩

 私たちは決まった時期や決まった日に決まったことをするのが好きである。4月には花見をし、土用の丑には鰻を食べ、夏は花火と高校野球、9月には月見と団子、12月はいくつもの忘年会である。そして「正月と言えば、箱根駅伝」、これが私たちの箱根駅伝を見る最大の理由かもしれない。

 箱根駅伝は正月の風物詩になっている。これは大きな強みである。間違っても開催時期の変更をするようなことがないようにして頂きたい。正月はおせち料理で一杯やりながら箱根駅伝を見るのが、多くの日本人の「お決まり」になっている。

 ところで皆さんは、箱根の山登りの5区のコースへ足を運んだことがお有りでしょうか。テレビで見たことがある上り坂の風景は想像していた以上に急勾配。そこを走り続ける選手の姿は想像し難い。回転数を上げる愛車が可哀想になるほどのあの坂を体感して、「山の神」の見方も変わりました。箱根駅伝を見る楽しみがひとつ増えました。

松岡 宏高(まつおか・ひろたか)/早稲田大学スポーツ科学学術院准教授

【略歴】

1970年京都市生まれ。京都教育大学卒業。オハイオ州立大学大学院博士課程修了(Ph.D.:スポーツマネジメント専攻)。現在、早稲田大学スポーツ科学学術院准教授。専門分野はスポーツマネジメント、スポーツマーケティング。
日本スポーツマネジメント学会運営委員、日本体育・スポーツ経営学会理事、アジアスポーツマネジメント学会理事、日本体育協会広報・スポーツ情報委員会委員などを務める。
著書として、「スポーツマーケティング」(大修館書店,2008年,共著)、「図解スポーツマネジメント」(大修館書店,2005年,共著)、「スポーツ産業論」(杏林書院,2011年,共著)など。