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中村 千秋(なかむら・ちあき) 早稲田大学スポーツ科学学術院准教授 略歴はこちらから

高校生アスリートに「休み」と「チャンス」を

中村 千秋/早稲田大学スポーツ科学学術院准教授

 私は、日本の高校アスリートは米国の高校アスリートに比べて「休み」と他のスポーツにチャレンジする「チャンス」が少なすぎると感じている。もっと「休み」と「チャンス」を高校生アスリートに与えてあげたい。

いつ休むの?

 高校ラグビーの全国大会である「花園」が終了したと思ったら、同月(1月)には新人戦の県大会が始まり、これを勝ち抜くと2月中旬からは新人戦の関東大会が待ち受けている。これに勝てばチームは3月に行われる「全国選抜大会」へと駒を進め、全国優勝へと向けてトーナメントを戦うことになる。4月からの新学期に入ると再び県大会、関東大会のトーナメントを戦い、関東チャンピオンを目指すことになる。

 この間、5ヶ月もの間、高校ラガーマンは一息入れる間もない。高校ラガーマンが一瞬ホッとできるのは6月に入ってからである。とはいえ、学校での定期試験、来る厳しい夏合宿、その後の「花園」県予選大会および「花園」本戦が彼らを次々と待ち受け、文字通り高校生ラガーマンに「休む」ことを許さない。他のスポーツにおいても概ね同様のスケジュールで高校生アスリートは「休むことを許されない部活動生活」を送っている。

いつ土台を作るの?

 私は決して「沢山休ませてのんびりやれば」と言っているのではない。ケガの予防やケガからの安全な競技復帰を図ったりすることが主な業務であるアスレティック・トレーナーの立場からすると、日本の高校スポーツでは、パフォーマンスを向上させるための土台(基礎体力)を長期的な視野でじっくりと作り上げている時間もなく、ケガをしたアスリートを十分に回復させる余裕もない過密なスケジュールを高校生に強いているように思われる。指導者もこのことはよくわかっているのだが、なにしろ年間を通してゲームや大会が組まれており、これら全てに勝つために練習し続けなくてはならない状態に追い込まれている。

 どのようなスポーツパフォーマンスの教科書を読んでも、現在のピークパフォーマンスのためだけでなく、将来にわたってパフォーマンスを伸ばし続けるために最も重要な要素は「基礎体力」であると解説されている。また、一段上のレベルへ体力を上げようとするならば、3ヶ月間は系統的かつ継続的なトレーニングを実施する必要がある、と書かれている。体力の内訳は筋力、持久力、瞬発力、アジリティ、スピード、バランスなど様々で、これらを来るシーズンに向けてじっくりと鍛え上げるためには最低でも3ヶ月はかかる。しかし、ゲームや大会に振り回されることなく、これだけの期間をじっくりと土台作りに費やすことは一年中ゲームや練習に明け暮れている日本の高校スポーツでは難しい。「High-Performance Sports Conditioning (2001), Human Kinetics」 でも「高校生レベルでは年に2回のピーク(大きな大会)は必要ない」としているが、私も全くの同感である。例えば、ラグビーであれば冬の花園大会、野球であれば夏の甲子園(スポーツ医学的にはあの高温な環境で大会を開催することには反対であるが)だけで十分である。年間1回のシーズンであれば、選手権を含めたシーズンが半年続いたとしても少なくとも残りの半年は土台作りに専念できる。

ケガからの回復期間は十分にとれるの?

 土台作りだけでなくケガの回復のためにも十分な期間が必要であるが、年間を通してゲームがスケジュールされていれば、どうしてもそのゲームにアスリートの起用を合わせようとするために、ケガに対して十分なケアがなされないままになるケースが多い。早稲田大学(だけではない)に入学してくる様々なスポーツのアスリートに対応していて驚かされるのは、多くのケガが医学的にも心理的にも、そして社会的にも十分にケアされないままになっていることである。

 高校生の年代で生じたケガに対して、十分な回復期間を与えることなく練習やゲームに参加させると、ケガは慢性化し、その後のパフォーマンスの伸びだけでなく、生涯にわたって後遺症を抱えることになる。スポーツのケガに関しては、回復期間だけでなく、安全・予防対策、ケガの初期対応や適切な医療機関の紹介などのサポートも日本の高校では米国に比べまだまだ不十分である。

他にチャンスはないの?

 私自身は中学・高校と陸上競技部員であったが、常に「サッカーや野球やバスケットボールもやってみたい」と考えていた。陸上競技であったから「走る、跳ぶ、投げる」はお手の物で、他のスポーツ種目の友人と比べても基礎的な運動能力は決して劣っていなかった。したがって、別のスポーツであればもっと自分の能力が発揮できるのではないか、別のスポーツにチャレンジすることで自分の適正が見つかるのではないかと感じていた。実はこのように感じているアスリートは意外に多く、誰もが「別のスポーツも」と思っている。高校時代(だけでなく小・中学校時代)に様々なスポーツにチャレンジすることは、個人の適正を見つけ出すことだけでなく、運動能力開発の観点からは、特定のスポーツでは使わない筋肉や動き、スピード、平衡感覚、そして持久力などが他のスポーツに参加することで自然に養われるという利点もある。また、同一種目を長年続けることによるパフォーマンスのプラトー化やバーンアウトなどもこれによって防げるかも知れない。

 高校だけでなく、中学校あるいは大学においてさえ様々な種目のスポーツに参加できるチャンスが与えられるような制度を作って欲しいものである。

米国ではどうなっているの?
(1)シーズン制

 米国の高校スポーツで最も目を引く制度は何と言ってもシーズン制であろう。

高校におけるシーズン別のスポーツ

秋シーズン 冬シーズン 春シーズン
8月~11月 11月~2月 2月~5月
アメリカンフットボール
バレーボール
バスケットボール
レスリング
野球・ソフトボール
陸上競技・テニス
サッカー・ゴルフ

 上表に示したように、アメリカの高校スポーツプログラムでは年間が3つのシーズンに分けられ、それぞれのシーズンで提供されるスポーツも決められている。例えば、「僕はバスケットが好きだから年中バスケットボールばかりやりたい」などと願っても、シーズンが終わればプログラムも終了するのでそれは叶わぬ願いである。このよう生徒は、春には野球をやるか、じっくりと基礎体力作りに励むか、あるいは学業に専念することになる。各シーズンは参加前のメディカルチェック、概ね3週間程度の練習、そして週末毎(金曜日の夕方から夜)に開催されるゲーム期に大別される。

(2)リーグ戦とチャンピオントーナメント

 高校レベルでは各シーズンの最後にトーナメントで決める州チャンピオンが最高位であり、これを目指して各校がしのぎを削る。州内はいくつかの地区に分けられ、地区毎にさらにリーグが1部から5部まで分けられている。この部分けは在籍生徒数に比例して(生徒が大勢いる学校には優秀なアスリートが在籍する確率が高くなる)決められている。各校のチームは発育発達の程度やパフォーマンスによって一軍、二軍、新人軍に分けられ、各軍で別々のリーグ戦が成立しており、ゲームの数も等しく設定されている。日本のように常に一軍の選手だけに公式戦でのプレーのチャンスがあり、二軍以下はボールさえも触れない、そして、高校生活を通して一度も公式戦に出たことがない、などということが発生しないように全ての生徒に等しくチャンスが与えられている。

 練習にもほぼ同様の時間が割り当てられ、全てにコーチがつく。コーチが練習に立ち会わないことはあり得ない。また、地区での戦いはリーグ戦が基本であり、トーナメントはリーグ戦に地区優勝してから州チャンピオンになるまでのゲームでのみ行われる。日本ではトーナメント戦が主流であり、常に地区1回戦で敗れるようなチームでは、年間にせいぜい3回か4回しか公式戦を経験できない計算になる。年間300日近くを練習に費やし、わずか3回の公式戦で1年が終わるというのはどういう気分なのであろうか?

(3)サポート体制

 シーズン制、リーグ戦、トーナメントなどの制度に加え、米国では部活動にコーチがいないなどということはあり得ない。これは先にも書いたが、パフォーマンスの向上だけでなく安全の確保の点からも当然のことである。これに加え、高校には専属のアスレティック・トレーナーが雇われており、ハワイのようにトレーナーの雇用を州で定めているところもある。高校によっては複数のトレーナーやストレングス&コンディショニングコーチを雇っているところもあり、安全で効果的そして長期的視野に立った体力作りやリコンディショニング(リハビリテーション)が実践されている。

 私が高校生の頃に比べれば様々な点で高校部活動の環境は良い方向に向かっているように感じられるが、それでも米国に比べるとまだまだ足りない。日本の高校生アスリートに「休み」と「チャンス」が訪れることを願ってやまない。

中村 千秋(なかむら・ちあき)/早稲田大学スポーツ科学学術院准教授

【略歴】

1957年10月23日生まれ。順天堂大学体育学部健康学科卒業。大学ではラグビー部に所属。順天堂大大学院体育学研究科修了。大学院では運動生理学を専攻。順天堂大学体育学部助手(スポーツ医学研究室)を経て、1988年に米国アリゾナ州Arizona State University, College of Liberal Arts and Sciencesに留学、卒業。留学中は同大学Intercollegiate Athletic DepartmentのSports Medicineにてアスレティック・トレーナーとしての教育を受ける。1991年、米国National Athletic Trainers’ Association公認アスレティック・トレーナー資格取得。帰国後、高校、大学、社会人のラグビーチームにアスレティック・トレーナーとして帯同するかたわら、アスレティック・トレーナー教育に携わる。1996年に有限会社トライ・ワークスを設立し、アスレティック・トレーナーに関わるサービスを提供。1998年より早稲田大学人間科学部非常勤講師として早稲田大学にてアスレティック・トレーナー教育を開始。2003年、スポーツ科学部設立時に客員講師、2006年よりスポーツ科学学術院准教授。専門分野はスポーツ医学(アスレティック・トレーナー)。最近刊行された本では「共著 コンディショニングストレッチ、西東社、2008」、「監訳 キネティック解剖学、医道の日本社、2008」、「監訳 写真でわかるファンクショナルトレーニング、大修館、2007」などがある。