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松本 泰介(まつもと・たいすけ)/早稲田大学スポーツ科学学術院准教授・博士、弁護士  略歴はこちらから

新型コロナ問題で東京オリパラは開催されるのか。スポーツ法からの視点

松本 泰介(まつもと・たいすけ)/早稲田大学スポーツ科学学術院准教授・博士、弁護士
2020.3.23

 新型コロナウィルスの問題で、2020年オリンピックパラリンピック東京大会(東京オリパラ)の開催が危ぶまれています。日本の首相、組織委員会の会長や事務総長、一部の理事などが開催、延期などと様々な発言をしており、日本の報道も混乱しています。このような場面でどのようなルールに基づいて東京オリパラの開催についての意思決定が行われるのかというテーマは、実は私が専門にしているスポーツ法が大きく影響しています。そこで、今回は、東京オリパラの開催を題材に、スポーツ法の世界を解説させていただきたいと思います。

 スポーツイベントの法律実務を検討する場合、最も重要なのは適用される法律(政治判断を含む)の理解ではありません。確かに法令遵守はもちろんですが、むしろ実際のスポーツイベントで最も重要になるのは、スポーツ業界の業界内ルールです。

 スポーツの世界では、スポーツイベントの主催者がそのイベントに関するルールを定めます。スポーツイベントの主催者は、国ではなく民間団体がほとんどで、そのルールの法的性質は法律ではなく、契約上の権利義務に過ぎません。その内容に関しては、契約自由の原則から、主催者と関係者が合意します。したがって、スポーツイベントの法律実務を理解する上では、まず、このような合意、スポーツイベントの業界内ルールを把握することが最も重要になります。それでは、今回の東京オリパラの開催をめぐる業界内ルールはどのようなルールになっているのでしょうか。

 オリンピックが開催される場合、主催者である国際オリンピック委員会(IOC)と組織委員会、開催都市は、開催都市契約を締結します。公表されている開催都市契約2020[1]を確認すると、組織委員会や東京都が、IOCが定めるオリンピック憲章[2]を遵守することを前提とする条項もあります(序文G、H)。したがって、オリンピックにおける業界内ルールとしては、オリンピック憲章や開催都市契約2020が存在します(これ以外にも、様々な契約を行っていることが考えられますが、これらは公表されていません。そこで、本稿では、オリンピック憲章や開催都市契約2020を前提に解説します。)。

 オリンピック憲章や開催都市契約2020では、主催者であるIOCにオリンピックに関する決定権が包括的に帰属するよう明確に定められています(オリンピック憲章オリンピズムの根本原則第7項、第1条第4項、第7条第1項第1文第2文、第2項、付属細則1.1、第37条付属細則2、第58条や、開催都市契約2020序文B、第6条第1文ないし第3文、第13条最終文、第26条第3文、第41条第a項第1文など)。そして、特に東京オリパラ大会の中止、延期に関する条項としては、開催都市契約2020第66条第a項第1号、第71条に定められています。これらの条項では、大会参加者の安全が深刻に脅かされる場合のIOCの単独裁量による中止権が定められ、組織委員会は、予測できない困難に応じた合理的な変更を提案できるに過ぎないことが定められています。一方で、これ以外に、東京オリパラ大会の中止、延期に関して、組織委員会や東京都の決定権、関与権、拒否権などを明示する規定はありません。

 となると、東京オリパラ大会の中止、延期に関する法的権限については、IOCに決定権があり、組織委員会や東京都には何ら法的権限がありません(日本でも大きな話題となったマラソンの札幌移転についても、組織委員会や東京都には何ら法的権限がありませんでした)。

 このようなオリンピックの業界内ルールについては、あまりにもIOCが一方的で不公平ではないかという意見も見られます。

 ただ、オリンピックなどのメガスポーツイベントは、主催者への権限集中、収益集中のため、主催者自体にスポーツイベントに関する様々な権利が集中する形で設計がなされます。このようなスポーツイベントに関する様々な決定権はOrganisers' Rightsなどと呼ばれます。そして、その内容は、前述のとおり、契約によって関係者との間の合意事項となることによって明確になります。したがって、このようなスポーツイベントの決定権について関係者が関与、あるいは拒否することができるようにするためには、契約締結以前の段階で、主催者と折衝の上、このOrganisers' Rightsの行使に関する関与権や拒否権を定める必要があります。

 オリンピックのようなメガスポーツイベントの場合、主催するIOCなどの国際競技連盟が極めて大きなバーゲニングパワーを有することから、このような主催者との折衝は難航を極めます。今回、東京都や組織委員会が開催都市契約2020の締結以前にどれくらいIOCと折衝したかは明らかになっていませんが、ほとんど折衝はできなかったものと想定されますので、上記のような業界内ルールになることはやむを得なかったとも思われます。

 現在、国や組織委員会などの役員が様々な発言を行っていますが、最終的には、東京オリパラ大会の中止、延期については、最終的にIOC理事会の判断次第です。IOC理事会がどのような判断を行うかを想定しながら、この問題を捉える必要があるでしょう。

参考文献
  1. ^ 東京都ウェブサイト
  2. ^ 国際オリンピック委員会(IOC)ウェブサイト

松本 泰介(まつもと・たいすけ)/早稲田大学スポーツ科学学術院准教授・博士、弁護士

1980年、奈良県生まれ。京都大学法学部卒業、2005年弁護士登録。2016年から早稲田大学スポーツ科学学術院准教授。専門はスポーツ法、スポーツガバナンス。著書に「標準テキストスポーツ法学」(第2版)(共著、エイデル研究所、2017年)などがある。