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松岡 宏高(まつおか・ひろたか)/早稲田大学スポーツ科学学術院教授  略歴はこちらから

トーナメントでMyチームが負けた後、ファンはどうする?

松岡 宏高(まつおか・ひろたか)/早稲田大学スポーツ科学学術院教授
2023.3.20

 大谷選手、ダルビッシュ投手という超一流メジャーリーガーの出場もあり、ワールドベースボールクラシック(WBC)が過去最高の盛り上がりを見せています。3か月前にはあれほどサッカーに熱狂していた日本人が一斉に野球に惹き込まれました。野球とサッカーを対立させて世間を煽るような報道もありましたが、ナショナルチームを応援して国民が楽しめるのであれば、そのスポーツは何であっても構いません。「野球でなければ」「サッカーだから」というファンもいるでしょうが、多くは「日本代表」のファンでしょう。つまり、このようなファンは特定のスポーツや選手に惹かれている以上に(あるいは、と同時に)「日本代表」に惹かれて応援しているわけです。このような人々は、サッカーワールドカップやWBCだけでなく、各種世界選手権やオリンピックも応援するでしょう。こういうスポーツファンは多くのスポーツ関連組織にとっての大きな財産です。各スポーツは市場競争しているのではなく、価値協創していると考えるべきでしょう。

 ところで、皆さんはサッカー日本代表がクロアチア代表に敗れてベスト8入りを逃した後も、ワールドカップを見続けましたか?日本代表が負けたことで観戦動機が急激に低下した人、日本を負かしたクロアチアの試合を見たいと思った人、それぞれいると思います。クロアチアがベスト8でブラジルと対戦した時にはどちらを応援しましたか?クロアチアを応援した人たちの中には、「日本の代わりにクロアチアに頑張ってブラジルを負かしてベスト4に進んでほしい」と考えていた人がいたでしょう。そこには、スポーツ観戦の特徴的な動機である代理達成(Vicarious Achievement)によって自尊心(Self-esteem)を高めたいという意図が働いていたと考えられます。スポーツファンの研究において頻繁に扱われるこれら2つの概念は、ファン行動を説明する重要な心理的要因です。クロアチアが勝つと、クロアチアにPK戦で負けた日本はブラジルと同等、あるいはそれ以上という評価をすることが可能です(ポジティブな評価をすることはファンの自由です)。その日本を応援していたファンの自尊心が高まり、自身の地位も日本代表チームと同様に上昇したと感じることができます。次のアルゼンチン戦も同じような思いで観ていた人もいるしょう。

 一方で「日本を負かした憎きクロアチアなんか負けてしまえ」と思ったファンもいるでしょう。このファン心理は「シャーデンフロイデ(Schadenfreude)」で説明できます。このドイツ語の概念は、自分は何もしなくても他者が失敗したり悲しい思いをしたりすることで得られる快感を表しています。他人の不幸を喜ぶという人間の少し嫌な一面です。2018年ワールドカップにおいてドイツが予選リーグで敗退した際に(2022年も敗退したが)、ドイツ人以外の調査対象者(イギリス人を多く含む)が比較的強くシャーデンフロイデを示したという研究報告があります(Boecker (2021)の研究より)。クロアチアに「勝ってほしい」あるいは「負けてほしい」と、いずれにしても他人任せで自身の心地良い状態を求める身勝手なファンの態度です。今回のWBCでは、ファンの応援心理はどのように動いているでしょうか。

 プロ野球やJリーグなどのリーグ戦では、基本的にはお気に入りのひとつのチーム(Myチーム)を応援し、優勝の可能性が低下すると同時に試合観戦や試合結果確認の行動も減少します。他方、ワールドカップ、WBCは、ともに勝ち残り制のトーナメントで、人々の観戦行動が少し異なります。ワールドカップでは、日本敗退後も多くの人が準々決勝、準決勝、そして決勝を見ました。国内で最も注目を集めるトーナメントは甲子園の高校野球ですが、支持するMyチームの敗退後も大会をフォローし続ける人が少なくありません。ある研究結果によると、応援しているチームが1回戦で敗退したとしても、81%の人は試合を見続けるようです(Latypova & Matsuoka (2023)の研究より)。また、その応援する理由がとても興味深いのです。最初のお気に入りチームの応援理由としては、68%が地理的要因(自身の出身、在住などの都道府県代表高校)、次いで14%がパフォーマンス要因(強さ、戦術など)でした。そのお気に入りチームが1回戦敗退した場合の次のチームの応援理由は、34%がパフォーマンス要因、33%が地理的要因となります。面白いのは、自身と関連のある都道府県の代表高校が負けた後でも、地理的要因が比較的重要であるということです。例えば著者の場合は、出身である京都の高校を応援し、それが1回戦で敗退したら大阪や兵庫といった関西の高校を応援します。京都が負けても、関西の高校が優勝したら誇りに思います。ここからわかることは、私たちは異なる範囲での地理的なアイデンティティを段階的に持っている可能性があるということです。京都人であり、関西人であり、西日本人であり、日本人であり、そしてアジア人であるということです。国際大会でも、日本代表選手の次に応援するのは、アジア各国の代表選手である人は多くいることでしょう。

 春休みに入り、春の甲子園が始まります。もちろん、単純に野球そのものを楽しむことが多くの人にとっての主たる観戦目的でしょう。加えて、ここで紹介したように、人々はスポーツの応援を通して、勝手に快感情を得たり、自尊心をコントロールしたり、地域アイデンティティを確認したりしています。このようなことを自身の心理や行動、そして周りの人々の様子と照らし合わせて確認してみると、スポーツ観戦の楽しみ方の幅が広がるのではないでしょうか。

松岡 宏高(まつおか・ひろたか)/早稲田大学スポーツ科学学術院教授

1970年京都市生まれ。京都教育大学卒業、オハイオ州立大学大学院博士課程修了(Ph.D.)。
現在、早稲田大学スポーツ科学学術院教授、学術院長。

専門はスポーツマネジメント、スポーツマーケティング。

<主な著書>
「スポーツマーケティング」(大修館書店,2018年,共編著)、「図とイラストで学ぶ新しいスポーツマネジメント」(大修館書店,2016年,共編著)、「Sport Business in Leading Economies」(Emerald Publishing, 2018年, 共著) など。