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細川 由梨(ほそかわ・ゆり)/早稲田大学スポーツ科学学術院 准教授  略歴はこちらから

アスリートの安全とパフォーマンスを最適化する「SAFEプロジェクト」

細川 由梨(ほそかわ・ゆり)/早稲田大学スポーツ科学学術院 准教授
2022.10.17

合宿の聖地菅平高原

 3年ぶりに新型コロナウイルスによる行動制限のない夏を迎えた長野県の菅平高原には、多くの高校生・大学生が合宿に訪れました。特に菅平高原はラグビー合宿の聖地としても知られており、夏季休暇中は全国から学生アスリートが集まり、連日のように練習試合が行われます。

 ラグビーはその競技特性上、ケガが頻発する競技です。また、重篤障害に至るケガも他の競技と比べると多く報告されてます[1]。だからこそ学生アスリートの安全・安心に対して積極的に取り組む必要があり、万が一の際に学生アスリートの命を守る・救うための準備を整えることを怠ってはいけません。

スポーツ関連突然死

 みなさんはスポーツ活動中に発生する死亡事故の主たる要因はご存知でしょうか。最も多いのは急性心停止、次に続くのが頭部外傷と労作性熱射病で、この3疾患でスポーツ関連突然死の8割弱を占めます[2]。頭部外傷と労作性熱射病の発生頻度は競技特性の影響も大きく受けますが(例:ラグビーやアメリカンフットボールなどのコリジョンスポーツにおいては頭部外傷の発生リスクが高くなり、長時間屋外で強度の高い練習をする競技においては労作性熱射病のリスクが高くなる)、急性心停止については上位3つの発生件数の約半数を占める、最も注意しなければならない死亡事故リスクです。

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図1:スポーツ関連突然死の原因別比較

AEDを全てのグラウンドに

 若年層の急性心停止の多くは心室細動と呼ばれる不整脈によるもので、迅速に心肺蘇生と電気ショックによる除細動を適用する必要があります。電気ショックによる除細動が1分遅れるごとに救命率は10%ずつ低下することから、急性心停止を疑った場合には救急車の到着を待つまでに自動体外式除細動器(AED)を使うことが求められます。

 実際に菅平高原では、2021年度の合宿期間中に1件の急性心停止事例がラグビーの試合中に発生しました。幸いにも、この事例が発生した現場には医師が現場におり、急性心停止の発見からAEDによる電気ショックの適用、ドクターヘリの要請から病院到着までの救命の連鎖が滞りなく繋がったことから、当該選手は一命をとりとめています。

 では、このような人的および物的リソースが整っていない場合はどうしたらいいのか。実際に菅平高原を利用する多くの部活動現場には、医師やアスレティックトレーナーなどの有資格者が常駐していない部が多く存在します。このギャップを埋め、いつどこで急性心停止が発生しても救命の連鎖を止めないことを目標に発足したのがSAFE (Sugadaira AED for Everyone)プロジェクトです。

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図2:SAFEプロジェクト

SAFE プロジェクト

 SAFE プロジェクトは、日本ラグビーフットボール協会安全対策委員会の支援の下、帝京大学スポーツ医科学センターの鶴健一朗、国士舘大学大学院救急システム研究科の中陳慎一郎、国立スポーツ科学センターの大伴茉奈、および早稲田大学スポーツ科学学術院の細川由梨で企画・運営をしたAED普及プロジェクトです。

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図3:旅館に設置された貸出用AED

 SAFEプロジェクトには、日本ラグビーフットボール協会安全対策委員会、セコム株式会社、菅平グラウンド部会、菅平高原観光協会、ラグビー指導者・保護者・選手、選手の安全安心をサポートするチーム/メディカルスタッフがステークホルダーとして関わっているという特徴があります。本プロジェクトではまず、合宿繁忙期が始まる前に菅平グラウンド部会の方々を対象に、普段は災害派遣医療や救急医療の現場で働くDMATの方々による救命講習会を開催しました。

 また、菅平高原の特徴として105面あるグラウンドのほとんどが地元の旅館によって管理されている点があげられます。そこで本プロジェクトでは、菅平にグラウンドを所有されている旅館の方々にご協力頂き、利用者が練習や試合でグラウンドを使用する時にはAEDを持ち出すよう管理して頂きました。利用者らに練習や試合がある毎に自分でAEDバッグを持ち運んで頂くことで、合宿後、普段の活動場所に戻った際にもAEDへのアクセスや緊急時対応プランについて改めて見直すなどの、スポーツをより安全にするための具体的なアクションに繋がることを期待しています。

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図4:SAFEの貸出AEDは防水加工されたリュックに入っており、屋外での使用に配慮

一次救急処置(BLS)に関する調査

 現地では任意で菅平高原の合宿場を使用するチームの顧問、指導者、チームメディカルスタッフおよび引率者などの大人を対象に一時救命処置に関する準備や心構えに関する任意のアンケート調査を実施しました(早稲⽥⼤学 ⼈を対象とする研究に関する倫理委員会 承認番号#2022-018)。本調査では回答者の68.3%はSAFEプロジェクトがなければグラウンドにAEDを持参することができなかったことが明らかになりました。また、一次救命処置講習への参加率は医療関連資格保有者では100%であったものの、それ以外の大人の中では約半数(55.5%)に留まったことから、チームメディカルスタッフのいない部に向けた重点的な人的および物的リソースの必要性が改めて確認されました。


参考文献

[1][2]Hosokawa Y, Murata Y, Stearns RL, Suzuki-Yamanaka M, Kucera KL, Casa DJ. Epidemiology of sudden death in organized school sports in Japan. Injury Epidemiology. 2021;8(1):27.

細川 由梨(ほそかわ・ゆり)/早稲田大学スポーツ科学学術院 准教授

2011年早稲田大学スポーツ科学部医科卒業後、渡米。
2013年アーカンソー大学アスレティックトレーニング大学院修士(MAT)課程修了後、米国公認アスレティックトレーナー(ATC)取得。
2016年コネチカット大学大学院キネシオロジー研究科運動生理学専攻博士課程修了。同大学Korey Stringer Instituteでのポストドクトラルフェローを修了後、2018年に帰国。
現在は早稲田大学スポーツ科学学術院で准教授を務める。ゼミのテーマはスポーツセーフティ。

ホームページ(Safety and Performance Optimization Laboratory):https://www.waseda.jp/prj-spo/spo/