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稗田 雅洋(ひえだ・まさひろ)/早稲田大学大学院法務研究科教授(元東京地方裁判所部総括判事) 略歴はこちらから

裁判員制度10周年
 -国民参加がもたらしたもの

稗田 雅洋/早稲田大学大学院法務研究科教授(元東京地方裁判所部総括判事)
2019.6.24

裁判員制度創設10年と国民参加の意義

 2009年5月21日に裁判員制度が施行されて10年が経ちました。裁判員制度とは、重大な刑事事件の公判審理に国民から選ばれた裁判員が参加し、裁判員6人と裁判官3人が一緒に協議して、被告人が有罪か無罪か、有罪の場合はどのような重さの刑を科すかについて決める制度です(審理の途中で裁判員が差支えにより参加できなくなったときのために、補充裁判員も審理に参加します)。施行後2018年末までの9年半余りの間に、89,000人近くの国民が裁判員・補充裁判員として刑事事件に参加し、合計11,541人の被告人が裁判員の参加する裁判によって判決を受けました。

 裁判員制度の創設を提言した司法制度改革審議会は、「一般の国民が裁判の過程に参加し、裁判内容に国民の健全な社会常識がより反映されることによって、国民の司法に対する理解・支持が深まり、司法はより強固な国民的基盤を得ることができるようになる」ことを、国民の司法参加の意義として挙げています。

裁判員と裁判官の協働作業について

 私は、裁判員制度施行から約8年間にわたり、東京地方裁判所と千葉地方裁判所で合計80件の裁判員裁判の裁判長を務め、数多くの裁判員の皆さんと一緒に審理を行い、議論をして判決を出してきました。裁判員の皆さんは、実に誠実に事件や被告人と向き合い、その問題点について真剣に考え、他の裁判員や裁判官と熱心に議論をして、裁判に参加しています。

 もちろん、法律を専門とせず初めて刑事裁判に参加する裁判員の皆さんにとっては、刑事裁判の審理の内容には難しいと感じるところが多いと思います。しかし、法律の定めや解釈などについては、裁判官が分かりやすく説明しますし、検察官や弁護人も、裁判員に分かりやすい審理を行うよう工夫をしています。

 私は、裁判員裁判の裁判長として、裁判員が選任された直後に手続について説明する際に、次のようなお願いをしていました。

 「皆さんの中には、何故裁判員制度ができたのか、疑問に思っている方もいるかもしれません。法律専門家である裁判官が裁判をすればよいではないかという疑問です。しかし、社会が複雑化し価値観も多用化する中で、法律家のみの視点で裁判を行うのではなく、国民から選ばれた裁判員にも刑事裁判に参加してもらい、法律家と共に法律家以外の多様な観点からも一つの事件を検討して結論を出した方が、より納得性の高い判断ができるのではないかという考えにより、裁判員制度が創られたのだと思います。この制度趣旨を生かすためには、法律の素人であるからといって遠慮するのではなく、思い付いたことを率直に発言することが大切です。それとともに、他の人の意見をよく聴くと、そこに良い知恵が示されていることがありますから、それを踏まえて、もっと良い知恵がないかを考えてください。皆がそうすることで、議論が深まり、よい結論に繋がるはずです。また、分からないことが出てきたら、直ぐに言ってください。他の人から良い知恵が出てくるかもしれません。疑問を抱え込んだまま審理を聴いていると、それが膨らんで自分の意見を思うように言えなくなってしまいますが、その場その場で仲間と話合いながら疑問を解消していけば、評議でも思ったことを言いやすくなるはずです。」

 そして、審理の合間の休憩などに、思い付いたこと、感じたことを言ってもらうよう話を向けると、皆から様々な疑問や感想・アイデアが出くるようになり、一人で悩むのではなく皆で議論しながら考えるようになります。その過程で、裁判官が気付かなかったような鋭い視点が裁判員から出され、はっとさせられたことも珍しくありません。裁判員・裁判官それぞれが、そうした議論を通じて、他人の意見を聴きながら自分の考えを深め合い、それぞれ意見を修正しながら、一つの結論を得ていくのです。その結果、裁判員・裁判官の皆の意見が、判決の中に反映されます。

 裁判員の皆さんの感想を判決後に聞くと、最初は自分に判断ができるのだろうかと不安であったが、皆で意見を出し合い、チームとして結論を出していったので、乗り切れたという感想を聞くことがよくありました。裁判員裁判における裁判員と裁判官の協働作業は、正にそのようなチームによる判断なのです。そして、裁判員の皆さんからも、一つの事件についても様々な見方があることを実感し、議論を通じて一つの結論をまとめ上げていくのは、とても良い経験だったとの感想が多く出されています

裁判員制度が刑事裁判にもたらしたもの

 裁判員制度については、法律の専門家であり裁判を職業とする裁判官が判決の実質的な内容を決めてしまい、裁判員は大きな役割を果たしていないのではないかという人もいます。しかし、前述のとおり、裁判員は、多様な観点から貴重な意見を述べて議論を尽くしており、その意見の内容には、裁判官が気付かなかったところを鋭く指摘するものも少なくないですし、こうした裁判員と裁判官の議論の内容が判決に反映されています。また、裁判員が参加することによって、裁判官は、法律家でない国民と実際の事件について議論する機会を日常的に持つことになり、国民の多様な視点・考え方に接し、そのような多様な考え方を持つ国民にも理解してもらえるような論理を用いるようになります。他方、これまで裁判官・検察官・弁護士という法律家の間だけで当然のこととされていた論理についても、国民に理解してもらえるよう考え直す機会を持ちます。そして、その効果は、裁判員裁判だけではなく、裁判官のみで行う裁判においても、国民に理解されないような論理は用いないという形で現われます。司法制度改革審議会が述べていた「裁判内容に国民の健全な社会常識がより反映されることによって、国民の司法に対する理解・支持が深まる」という効果が現われているのです。

 また、裁判員に参加してもらいやすいよう、公判審理の前に裁判官・検察官・弁護人が争点と証拠の整理を行うことによって、公判では争点に重点を置いた計画的・集中的な審理を行うようになり、かつ検察官・弁護人と裁判所が「法廷で目で見て耳で聞いて理解し、心証を得ることができる」審理を行うよう工夫を重ねたことによって、裁判員裁判の審理は、法廷を傍聴する国民にも分かりやすい審理となっています。このことも、刑事裁判に対する国民の理解・信頼を得るために大切なことです。ただ、裁判官だけで審理する事件で、相変わらず多数の証拠書類を用いた分かりにくい裁判が行われていることは、残念であり、今後の課題と思われます。

 さらに、裁判員制度の課題としては、選任手続で呼出しを受けながら辞退をする裁判員候補者が増えていることがあります。2012年に61.6%であったのが、2018年には67%にまで上昇しています。これと関連して、裁判員経験者に対するアンケート調査の結果を見ると、裁判員に選ばれる前の気持ちとしては、やってみたかったという意見が26.8%、あまりやりたくなかったが29.3%、やりたくなかったが14.8%と、やりたくないという気持ちであった方が比較的多いのに対し、裁判員として裁判に参加した感想としては、非常によい経験と感じたが63.8%、よい経験と感じたが32.9%で合計96%を超え、よい経験と感じてない人は2%強に止まっていることが注目されます。「裁判員制度|裁判員裁判の実施状況~経験者の声もお知らせします~」参照。時間的にも精神的・身体的にも相応の負担を伴いますので、選任される前にやりたくないと感じるのはやむを得ないところがありますが、経験者の圧倒的多数が良い経験であったと感じていることが、一般に知られていないのは残念なことです。裁判員経験者の体験をもっと多くの人に知ってもらえば、積極的に裁判員をやってみたいという人も増えるのではないでしょうか。裁判員としての経験等をまとめた本なども出ていますので、是非読んでいただければと思います(例えば、飯孝行・裁判員ラウンジ編集「あなたも明日は裁判員!?」日本評論社)。さらに、この本にも紹介されていますが(72頁)、裁判員経験者の交流団体がいくつも誕生し、裁判員経験者の体験談を聞く機会を提供するなど、様々な活動をしていますので、アクセスしていただければと思います。

 そして、裁判所から裁判員選任手続へのご案内(呼出状)が届いたら、是非、参加していただければと思います。きっと、貴重な体験をすることができるでしょう。

稗田 雅洋(ひえだ・まさひろ)/早稲田大学大学院法務研究科教授(元東京地方裁判所部総括判事)

【略歴】
早稲田大学法学部卒。1985年司法修習生、1987年東京地方裁判所判事補、その後、福岡地方裁判所判事、最高裁判所刑事調査官、最高裁判所刑事局第二課長、同第一課長、東京高等裁判所判事、2008年東京地方裁判所判事(裁判長)、千葉地方裁判所部総括判事を経て、東京地方裁判所部総括判事を最後に、2017年3月退官。同年4月より、早稲田大学大学院法務研究科教授(刑事法)、現在に至る。

【主な著作】
「陪審・参審制度(ドイツ編)」最高裁判所事務総局(岩瀬徹・稗田雅洋)
「第4章 裁判員裁判と量刑」松澤伸、高橋則夫、橋詰隆、稗田雅洋、松原英世『裁判員裁判と刑法』77頁-98頁
「司法制度改革後の刑事裁判が目指すべき姿について-核心司法と公判中心主義(直接主義)を中心に」酒巻匡、大澤裕、川出敏裕編『井上正仁先生古稀祝賀論文集』471頁-495頁
「裁判員裁判と刑法理論-裁判官の視点から」刑法雑誌55巻2号361頁