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矢口 徹也(やぐち・てつや)/早稲田大学教育・総合科学学術院教授 略歴はこちらから

若者にとっての「働き方改革」

矢口 徹也/早稲田大学教育・総合科学学術院教授
2019.4.22

 「若者の社会的弱者への転落」が指摘されて久しい[1]。労働市場の再編によって若年失業者が増加し、高学歴化・在学期間の延長から若者の親依存度は高まり、帰属する家族自体の不安定化も進行している。しかし、その状況は社会の構造的な問題としてじゅうぶん認識されていない。例えば、アルバイト中の若者の職業倫理を問う報道が続いているが、アルバイトに店舗運営を委ねる企業の雇用のあり方や、非正規労働を選択している若者の現実は注目されていない。

 日本の若者は、ほぼ全員が高校に進学し、約半数が大学で学んでいる。しかし、その学校は、将来の進学と就職に有利な「偏差値」の序列下に置かれ、多くの若者はより高い序列に入ることを目指してきた。経済成長期には、有名大学から大企業、官公庁に入れば将来の安定した生活が保証される、という期待感もあった。

 かつて、男性は卒業後に会社員(公務員)として転勤を繰り返しながら「昇進」し、女性は専業主婦として帯同し、核家族(家庭)を形成した。家庭は、夫である男性の終身雇用を前提としたものであり、性別役割分業に支えられた労働力の再生産の場として経済成長を支えるかたちとなった。家庭から学校、さらに会社へという流れの中で、三者は協力して若者を「自立」させてきた。この経路への期待は、急速に減少しているが、明治期から継続して定着してきた経路であり、人々の意識も含めてその変換は容易ではない。

 近年の若者が抱える困難は、自らが生育した家庭像の再生産が困難になったこととも無縁ではない。企業戦士の父親とそれを支えた母親の下で育った世代には、父母はロールモデルではなくなりつつある。一方で、労働力不足と少子化を背景とした男女共同参画、子育て支援の推進という政策転換には、困惑を感じているのではないか。とりわけ、女子学生には、親や周囲から男子学生と同等の学歴、キャリアが求められ、同時に、良き母親となることへの期待も存在しており、苦悩する姿をしばしば目撃している。

 大学生たちは、現在も「新卒一括採用」にむけて揃いのスーツで企業訪問を行っているが、かつての終身雇用や経営家族主義が幻想になりつつあることに気づいている。スタートした「働き方改革」では、過酷な長時間労働の防止、非正規雇用者の待遇改善、多様な働き方が提唱されているが、若者の多くは矛盾する役割を期待されつつ、少子高齢化社会での生産性の向上を担う、という難問が待ち受けていることを直感し、不安感を抱いているのである。

 学校と労働との関係を問い直す考え方として生涯教育の構想がある。生涯教育は、人は一生、学び、活躍するというだけのものではない。今から半世紀以上も前に、ポール・ラングラン(Paul Lengrand)はユネスコの表舞台で、戦後社会に課せられた問題を克服するために生涯にわたる学びの機会を社会で用意することを提案した。これは、労働日を調整して教育・文化休暇を創設することやリカレント教育の構想にもつながった。学び方と働き方との一体的改革である。彼にはナチス占領下でのレジスタンス経験があって、生涯教育は、平和と民主主義の実現のために、教育制度をひろく勤労者に開いていく方法でもあった。

 現在の若者たちの閉塞状況の解決にも、生涯教育から一定の示唆が得られるのではないか。従来の学校から職場へという一方向性を再考すること、つまり、彼、彼女たちの自立を多角的にとらえ、就労、教育、生活福祉等を総合的に検討することは生涯教育の考え方につながる[2]。その際、社会全体が若者のおかれた状況を理解し、現在の生活のあり様を見直していくことが不可欠であり、さらに、先行世代の「既得権」を放棄する姿勢も時には必要なのではないか。

 「若者の社会的弱者への転落」は未来への衰退を意味する。若者の「働き方改革」は若者の多様な生き方を肯定していくことが原則であり、労働力として若者を消費するような活用方策を練ることではないことを確認しておきたい。

参考文献
  1. ^ 宮本みち子『若者が《社会的弱者》に転落する』洋泉社,2002年。
  2. ^ 日本社会教育学会『子ども・若者支援と社会教育』東洋館出版・2017年。

矢口 徹也(やぐち・てつや)/早稲田大学教育・総合科学学術院教授

早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得、博士(教育学)。専門は社会教育、生涯教育。著書に『女子補導団-日本のガールスカウト前史』2008年、『社会教育と選挙』2011年等がある。