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島﨑 裕子(しまざき・ゆうこ)/早稲田大学社会科学総合学術院准教授 略歴はこちらから

SDGsを通してみる世界―カンボジアにおける人身売買と貧困―

島﨑 裕子/早稲田大学社会科学総合学術院准教授
2018.12.25

 「暴力にノー、平和にイエス、奴隷所有にノー、自由にイエス・・・」。

 今月、12月10日に行われたノーベル平和賞の授賞式で性奴隷として売買された経験をもつメディア・ムラド氏が訴えた一節である。今、この瞬間も、世界のどこかで奴隷として売られる人や、奴隷としてモノのように扱われている人がいる。この現実に私たちは目を伏せていないだろうか。国連薬物犯罪事務所(United Nations Office on Drugs and Crime: UNODC)の統計によると、日本を含む124カ国で現在も人身売買(Human Trafficking)は発生しており、被害者の国籍は152カ国におよぶ。そして、被害者のうち10人中6人は国境を越えて取引され、被害者全体の53%は性的搾取であるという

 筆者は10年以上にわたり、カンボジアで人身売買の調査をおこなってきた(『人身売買と貧困の女性化』明石書店)。現在カンボジアは急速な経済成長の途上にあり、積極的な民間投資が行われている。しかし、私たちは光があたる華やかな部分に目が行きがちで、実態をとらえようとしなければ見えない貧困には気がつかない。急速な経済発展の裏ではカンボジアの都市と農村の格差はひらく一方で、弱い立場におかれた人びとの生活はいまだ厳しい。社会のピラミッドの底辺に位置付けられた人びとは、巧妙な手口によって発生する人身売買に巻き込まれている。

人身売買被害にあった女児

 カンボジアにおいて弱い立場におかれた人びとは、経済的な貧困を発端として、衣食住の問題が深刻である。また、教育の機会が不十分であり、病気にかかっても医療機関にはかかることが出来ない。さらに、社会的に弱い立場におかれることによって、差別や偏見、孤立などがもたらされる。人びとは、経済的貧困から抜け出すために、出稼ぎなどの方法を選択するが、その際には詐欺・脅し・暴力などにしばしば直面し、気づいたときには人身売買に巻き込まれ、搾取の構図から抜け出すことが出来なくなってしまう。

 人身売買は、グローバル規模で広がる搾取の構図、国家や地域間の地域格差、国内外の社会問題、人権問題などが関連しあい、複数の搾取と負の連鎖により発生する。カンボジアにおける人身売買の問題を考えるとき、個人的要因、社会・文化的要因、地域的要因、国内外に関連する多面的関係から問題を読み解いていかなければ、問題の本質にはたどり着けない。

強制労働を強いられる女性

 これらの人身売買に関わる問題群は1カ国では解決することが困難であり、国際社会全体でとりくむべき問題となっている。このような問題をグローバルイシュー(地球規模の問題)という。グローバルイシューは、貧困格差、食糧、気候変動、エネルギー、環境、人口、医療保健・感染症、テロリズムなど多様な問題を含んでいる。国際社会はグローバルイシューの問題解決に向けてミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGs)を推進し、現在はその後継として2015年の国連サミットで採択された「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: 以下SDGs)」に取り組んでいる。SDGsは、グローバルイシューに向き合い持続可能な世界を実現するために17のゴール(Goal)を定めた。解決すべき問題や課題として、①貧困、②飢餓、③保健、④教育、⑤ジェンダー、⑥水・衛生、⑦エネルギー、⑧雇用、⑨イノベーション、⑩不平等、⑪都市、⑫生産・消費、⑬気候変動、⑭海洋資源、⑮陸上資源、⑯平和、⑰パートナシップが掲げられている。さらに169の具体的な目標を設定し「地球上の誰一人として取り残さない(leave no one behind)」というスローガンのもと、開発途上国、先進国の双方で取り組まれている。このグローバルイシューの解決のためには、国際社会・国・地域・個人がそれぞれ当事者意識をもって向き合う必要がある。

(国際連合広報センター)

 カンボジアの人身売買の問題をSDGsが掲げるゴールに照らし合わせると、貧困、食糧、教育、ジェンダー、雇用、生活環境の問題に強く関連しており、さらに都市と農村の格差、不平等な社会構造の問題、資源問題、生産・消費の問題とも無関係ではない。したがって、カンボジアの人身売買の被害者をなくすための取り組みは、SDGsであげられる複数のゴールに重なりあう。人身売買の問題は単独ではなく、こうしたテーマと関連させながら解決に向けた取り組みを実施する必要がある。人身売買の問題を考えることで、今まで見えていなかった現実に気づくことができる。

 私たちは世界で発生している様々な社会問題に対して、どれほど敏感にアンテナを張っているだろうか。インターネットの普及によって、自分が知りたいと思った情報は簡単に得ることができると思ってはいないだろうか。実際、多くの社会問題は、多くの情報のなかに埋もれていて、見ようとしなければ見えてこない。私達は、目を伏せることなく、グローバルイシューに向き合い、問題を他人事にしないで、自分には何か出来るかを問い続けていかなければいけない。

 貧困とは何か。まず、自分の足元を見つめなおそう。自分の身の回りで発生している問題に目を向けよう。声をあげる機会を奪われてしまった人びとの声に耳を傾けよう。そのことから、問題解決の道筋は見えてくる。世界で発生している問題を考えることは、自分自身と向き合うことである。

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  • ^ United Nations Office on Drugs and Crime (UNODC) (2014), Global Report on Trafficking in Persons 2014, New York: United Nations.p5.p7.p17。データ数は2010年から2012年の人身売買の発生状況となる。
  • ^ Ibid.pp.5-8
  • ^ International Labour Organization (ILO)(2014)“Forced labour, human trafficking and slaveryFacts and figures, Geneva: ILO

島﨑 裕子(しまざき・ゆうこ)/早稲田大学社会科学総合学術院准教授

早稲田大学大学院アジア太平洋研究科国際関係学専攻博士課程修了。博士(学術)。早稲田大学アジア太平洋研究センター助手、日本学術振興会特別研究員(PD)、早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター助教を経て現職。
〔主な著書〕「人身売買と貧困の女性化―カンボジアにおける構造的暴力―」明石書店、2018年、「カンボジア都市部の立ち退き居住者にみる社会的排除―貧困創出のメカニズム」山田満編『東南アジアの紛争予防と「人間の安全保障」』明石書店、2016年、「人身取引被害者と日本社会-送り出し国と受け入れ国を結ぶもの」『婦人保護施設と売春・貧困・DV問題』編著:須藤八千代/宮本節子、明石書店、2013年等。