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東出 浩教(ひがしで・ひろのり)/早稲田大学商学学術院教授 略歴はこちらから

“自分”を活かして幸せに生きる
~「試してみれば、なんとかなりそう」と思える社会へ~

東出 浩教/早稲田大学商学学術院教授
2018.3.12

もう「ワークライフバランス」はいらない

「ワーク」、生きる糧のために働き、「ライフ」の方にも時間を割き、何とかプラスとマイナスのバランスを取りながら充実した人生を目指す、という生き方は次第に減ってくるだろうという意味です。これまでの社会学や心理学における「幸せ」の研究を振り返れば、社会が発展するに伴い、より高いレベルの幸福感を感じるためには、自分が「やりたいこと」「する意義があると思うこと」に無理なく挑戦していくことが処方箋になってくることがわかっています[1]。そして、これからの時代は、この処方箋を活かし、「ワーク=自分の社会に対する意志を実現する時間」として活躍する人たちが増えるとともに、「ワーク=お金のための与えられた場」という感覚が次第に薄まっていくでしょう。また「ライフ=自分自身や家族に対する意思を実現する私生活」と考えられますので、「ワーク」「ライフ」のどちらも出発点が「自分」となり、両者の間の垣根は低いものになっていきます。同時に、「ライフ」で取り組んでいる、例えば趣味などが近い将来の「ワーク」になったりすることも増え、両者の間を“行ったり来たり”しながら人生を形作り、幸せになっていく人が増えていくことが予想されます。

不確実性の中で「シフト」し続ける社会

 我々はVUCA(Volatility - 脆弱さ、Uncertainty - 不確定さ、Complexity - 複雑さ、Ambiguity - 曖昧さ)ワールドを生きています。つまり、先が読みにくく何事にも変化が激しい、また目の前で起こっていることを理解するにも幾通りもの見方があり、原因もはっきりしない――という時代です。もちろん、世界の様々な才能が簡単につながることができるグローバル化、それを支えるテクノロジーの進化が影響を与えている事は当然です。

 このような時代における我々の働き方・生き方を論じた本として『ワーク・シフト』と『ライフ・シフト』があります(共に著者はリンダ・グラットン)。これらからのメッセージを私なりに簡潔にまとめたり解釈したりすると以下のようになります。

  • しばらくはVUCAワールドが続く
  • 確実に予測が出来る事は、世界中で高齢化が進んでいくということ
  • 人に引退はなく、一生涯学び続け、変わり続ける必要がある
  • 常に自分を見つめなおし、変わるための「行き先」を決めていかなくてはならない
  • 多様性を受け入れ、人と違っている自分を大切にすること
  • 「共感」できるビジョンを「共有」できるコミュニティ・組織・パートナーが大切になる
  • 個人の専門性を活かしたような働き方が増え、複数の仕事を同時にこなすケースも増える
  • 五感を駆使し、自分を取り囲む状況と対話し、創造的になる必要がある

 一読すると、なんだか大変な社会になるんだなあ、と思われるかもしれません。しかし見方を変えれば、「滅私奉公」から距離を置き、(人によりスケールは違うでしょうが)自分の意思で社会にどのような影響を与えていくのかを、考え実行し創造していくような時間を、生涯過ごしていける可能性が開かれたとも考えられます。

 実行の仕方は様々です。起業という道を選ぶ人もいるでしょう。自分と異なった専門性を持つ仲間とパートナーシップを組む、自分の専門性を生かしプロデューサーのような役割を果たしながら企業と組む、また企業の中で実現を目指すことも可能です。ただ、何らかの形で企業が絡む場合には、自分の持つ夢や志と、組む企業の理念や企業文化がマッチしていることが条件となります。ウィルキンソンが『スピリットレベル』の中で論証したように、貧富の差が少ない国や地域の方が、そこに暮らす人々の幸福度や健康のレベルは高くなると考えられます。同じ原則が企業にも当てはまり、搾り取ることを目的とし我々の生活の質を脅かすような企業はパートナーとなりえません。いずれにせよ、我々の企業に対する依存度は減り、個人を「一人ひとり異なった人間」と尊重し、その創造性を引き出せない企業は存在意義を失っていくでしょう。

自己実現のモデル

 十分に満足できる衣食住の環境が整った上でという条件付きですが、創造的に生きることによって、われわれはより高い幸福度と満足感を感じることができるようになります。創造的に、というと芸術家のような人たちをイメージするかもしれませんが、実際の社会では、現実に存在する仕組みに、何かを足したり引いたり組み合わせたりしながら、単なるパクリではない何かを作り出すだけでもいいのです。

 出発点は、以下の図にある②の「内面から湧き出る好奇心」になります。ビジネスにおける創造性研究の第一人者でもあるアマビルが発見したように、我々が創造力を発揮するためには、「この仕事をすれば、これがもらえるよ」というような外から与えられるインセンティブではなく、「これに挑戦してワクワクしたい」というような内から湧き出るモチベーションが重要です。

図:内発的発展のモデル

 自分が実現したい将来のイメージ、そこでの自分自身のイメージが湧けば、次は、そのゴールから逆算しながら、今自分が持っているもので使えるものは何か、実現のために手に入れなければいけないものは何か、誰と組みながらやっていけばいいのか、と考えながら実行に移していきます。そして実行した結果を振り返り、結果として自分が得たものは、経験は、学びは何なのかと考え、人生の次の実験のサイクルに生かします。同時に、行き先のイメージと志を共有し一緒に走ってきた仲間たちとの間に、信頼に裏付けられたコミュニティが作られ、これが生涯の資産として蓄積されるのです。

 この様に、「自分」から出発し、様々な人や組織と協力しながら結果に向かい、試しながら走っていくことは、少し前までは易しいことではありませんでした。しかし、「物・金・情報」の相対的価値が日々下っていく現在では、旧来型の企業に属さなくとも、(すべてとはいいませんが)かなりのことを、「人」である個人が周囲とつながることによって実現することができるようになってきているのです。これまでは、多くの人が、周りの人よりもっとお金や物を得ることができれば、自分のやりたいことができるようになるだろう。そうすれば、きっと幸せになれるだろう、と漫然と考えてきました。今は、「自分はどうなりたいのか」を出発点として、創造的に、ある意味「起業家的に」自己実現を目指すことができる時代が来つつあるのです。

 モデルの①、「やればできそう、という自信」にも注目してください。自分の将来のイメージが見えたとしても、行動が伴わなければ内発的成長には繋がりません。創造的に自己実現していくための本当の出発点はこの自信であり、教育プロセスの中でこの自信の芽を摘まないことがとりわけ重要です。しかし、残念ながら日本の教育や日々の生活では、何かに挑戦してアウトプットしたもの(絵や歌かもしれませんし、サッカーのシュートかもしれません)をgood challengeと讃えるのではなく、当面見えた結果が芳しくない時には、「下手」と周りが判断してしまう。以降、本人は他人の評価を気にして挑戦しなくなってしまいます。私は過去3年にわたり、世界の40カ国以上の国を対象にした「起業家指数」の比較調査[2]に関わっているのですが、全ての年において、日本の回答者の指数は世界で最低、世界平均より高い指数を示す傾向にあるアジア諸国とは非常に大きな差があります。日本の低い起業家指数の主な原因は、日本の回答者が「やってみれば何か達成できる」と考えていないことにあり、この項目の平均値は世界の中で「ずば抜けて低い」という現状です。

 企業、教育機関、そして日本社会全体でも、「やればできる」という意識を高めることが急務です。そのためには、人間の多様な才能を評価し、個人が自己の強みを活かして、自らを起点として何か新しいものを創造し始めること、やってみるという取り組みの行為自体を評価するべきなのです。

才能を見つめ直す

 人間が後天的に獲得していく多様な才能を評価する目安の一つとして「多重知能」というコンセプト[3]があります。多重知能とは、我々が持つ様々な潜在能力のことであり、問題解決や新しい何かを創造することに役立つ能力のことで、人は少なくとも9種類の能力や才能を持っていると考えられています[4]。このような、いわゆる知能指数や偏差値で測定されていない様々な才能を積極的に評価し「違っていること」を活かしながら挑戦することが社会全体で促されなくてはなりません。

 私が2015年に実施した調査では、自分が価値あるものだと思えば、必ずしも実現の可能性が高くなくとも、知恵を絞りながら何とか達成しようとするような、起業家的傾向の強いグループ(必ずしも起業家ではない)は、起業家的傾向が弱いグループを比較して、多重知能全ての項目をバランスよく成長させています(下図)。 

図:多重知能ダイアグラム

 同調査では、それぞれのグループの感じる幸福度も比較されており、起業家的傾向の強いグループの47%が、自身は「幸せである」と明言する一方で、傾向の低いグループでは、同比率は15%に留まっています。また、後者の17%が、自身は「不幸である」と明言している一方で、前者では5パーセントの人しか、不幸とは感じていません。3倍の人が幸せと感じ、1/3の人しか不幸と感じていません。どうしても、より多くの人に「自分を起点」にした挑戦に取り組んでみて欲しいと考えてしまうのです。

 最後に、早稲田大学出身でチャレンジし続けている女性を紹介して締めくくりたいと思います。私の授業にもきてお話しをいただいた「RICCI EVERYDAY」代表取締役の仲本千津さんです。経歴を詳細には紹介する紙面はありませんが、自分の内発的なモチベーションに突き動かされながら、様々な経験をし、現在はウガンダ発のトラベルバックブランドを成功裏に立ち上げている起業家の方です。多くの賞を受賞されてきていますが、直近では、社会起業家たちの世界大会「CHIVAS VENTURE(シーバス・ベンチャー)」において、2018年度日本代表者に選出され、5月にアムステルダムでファイナルピッチを行う予定です。

 このようなに生きることも可能になってきている時代なのです。

  • ^ 東出浩教、2007、幸せを紡ぐ企業の条件、早稲田ビジネススクールレビュー、Vol.10.;Higashide, H., 2016, A model of happiness in the workplace, Kindai Management Review, Vol. 4.
  • ^ Amway Global Entrepreneurship Report 2015—2017, 米国アムウェイ
  • ^ Gardner, H., 1983, Frames of Mind: The Theory of Multiple Intelligences, NY: Harper Collins.
  • ^ 言語的知能は:読む・書く・話すことを通じてコミュニケーションを取る能力、論理数学的知能:数字を効果的に使い、論理的に問題などを解決する能力、空間的知能:3次元の空間などをイメージしながら学び考えることができる能力、身体的知能:体を使い学び、表現できる能力、音楽的知能:リズムと音に対しての感受性をいかし音楽的に表現する能力、対人的知能:は、他人を理解し、他人と上手に付き合っていく能力、内省的知能:自分自身の興味や目標を上手に把握する能力、哲学的知能:人生や死の意味、スピリチュアルなもの、芸術的なものと自分を対峙させる能力、自然観察知能:動植物などを観察・区分・分類する能力。

東出 浩教(ひがしで・ひろのり)/早稲田大学商学学術院教授

【略歴】
1985 慶應義塾大学経済学部卒業
1985 鹿島建設株式会社入社
1992 英国ロンドン大学インぺリアルカレッジ卒, MBA(経営学修士)取得
1998 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科、講師
2000 英国ロンドン大学インぺリアルカレッジ, Ph.D(経営学博士)取得
2002 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科、助教授
2006 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科、教授
2008 早稲田大学大学院商学研究科、教授
2016 早稲田大学経営管理研究科 教授

【著作】
『ベンチャー企業の経営と支援』(2004年 日本経済新聞社、松田 修一(監修),早稲田大学アントレプレヌール研究会(編集))
『幸せをつむぐ会社』(2010年 ワンプルーフ、東出 浩教(著),大久保 秀夫(著))
『ボーングローバル起業論』(2011 ワンプルーフ、東出 浩教(著),大久保 秀夫(著))
『創業學:從執行力到幸福力』(2013年 翰蘆、東出浩教(著)、大久保秀夫(著))
『Love-Based Company:ガゼル企業成長の法則 ビジョナリー採用と育成』(2018 中央経済社、東出浩教(編著)、早稲田大学校友会ベンチャー稲門会(編集))
『Developing next generation leaders for transgenerational entrepreneurial family enterprises』(Edward Elgar、MA、2015)