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森本 章倫(もりもと・あきのり)/早稲田大学理工学術院教授 略歴はこちらから
道路を暴走する車はなくなる!?
自動運転車は交通事故を減らせるか
森本 章倫/早稲田大学理工学術院教授
我が国の交通事故の現状
1年間に何人の方が交通事故で亡くなっているか知っていますか。交通事故の死者数がピークを迎えた1970年には実に16,765人(交通事故発生から24時間以内に死亡した人数)もの方が亡くなっています。この数は東日本大震災の死者数15,894人(2016年2月現在)に匹敵する数です。毎年、東日本大震災クラスの交通災害が起きていたのです。その後、道路環境の改善や安全教育の普及、自動車の性能向上など様々な施策が成果を上げ、2016年の交通事故の死者数は3,904人となり、67年ぶりに4,000人を切りました。絶え間ない努力によって安全な交通社会へと近づいているといえますが、それでも依然として多くの人命が失われているのは事実です。
交通違反の実態
なぜこれほどまで多くの方が交通事故で亡くなっているのでしょうか。原因は様々ですが、2016年の死亡事故件数(3,790件)のうち、なんらかの法令違反をした事故は約90%(3,410件)を占めています。表1はその内訳です。つまり、道路交通法違反をしていなければ、事故が防げた可能性が高いともいえます。自動運転技術が進み完全な自動運転が実現すれば、違反車両がなくなり大幅な事故抑止につながると期待されています。特に自動車乗車中の死亡事故(死者数1,338人)の大半は、自動車の安全運転で削減可能であるといえます。
法令違反 | 事故件数 | 法令違反 | 事故件数 |
---|---|---|---|
信号無視 | 119 | 酒酔い運転 | 24 |
通行区分 | 192 | 過労運転 | 33 |
最高速度 | 199 | 安全運転義務 | 1,963 |
優先通行妨害 | 104 | その他の違反 | 332 |
歩行者妨害等 | 252 | 違反不明 | 91 |
一時不停止 | 101 | 全法令違反 | 3,410 |
自動運転レベルと交通事故
一口に自動運転といっても、自動運転には様々な定義が提示されています。2016年の米国SAE(自動車技術会)の定義を踏まえた分類(表2)で交通事故との関係を見ると、レベル2までの安全運転支援システムの普及でも、様々な事故リスクが低減するといえます。車間距離制御や衝突被害軽減ブレーキなどの技術は事故自体の回避や軽減につながります。一方でレベル3以上の自動運転技術は、ドライバーが日常生活で犯してしまう信号無視や速度超過なども無くなるため、安全性はさらに高まるといえます。
SAEレベル | 概要 | 運転の対応主体 |
---|---|---|
レベル0(運転自動化なし) | 運転者が運転の全て実施 | 運転者 |
レベル1(運転支援) | システムが前後左右いずれかの車両制御タスクを実施 | 運転者 |
レベル2(部分運転自動化) | システムが前後左右の両方の車両制御タスクを実施 | 運転者 |
レベル3(条件付運転自動化) | 自動運転だが、システムの要求に運転者が応答要 | システム(場合によって運転者) |
レベル4(高度運転自動化) | 限定領域内の自動運転 | システム |
レベル5(完全自動運転化) | 完全に自動運転 | システム |
自動運転車導入時のリスク
一方で自動運転車(レベル3以上)の普及は、既存車両との間に新たな問題を発生させる危険性も持ち合わせています。例えば、規制速度50km/hの道路でも、実際の速度(実勢速度)は50km/hを超えている車両をよく見かけます。もちろんこれらの車両は道路交通法違反ですが、警察もすべての違反車両を検挙できずに、速度超過の車が常態化しているのが現実です。図1は速度超過取締りが全取締りに占める割合を地域ごとに示したものです。地域によって速度超過が大きな問題となっていることがわかります。
一方で、自動運転車はシステムで管理されているので、必ず道路交通法の規制速度を遵守します。つまり、速度差が異なる車両が一般道路に混在することになり、一時的に事故リスクが高まることが懸念されます。さらに、自動運転車は道路交通法を守り黄色信号で減速行動を実施します。黄色をみて急いで渡ろうとする一般車両が後方にいた場合、追突の危険性が高まります。
交通事故のない社会「ビジョンゼロ」に向けて
自動運転車が普及しても残念ながら死亡事故自体がゼロになるとは限りません。例えば、2016年に歩行中に交通事故で亡くなった方(1,324人)をみると、62%の815人が法令違反をしており、自転車乗車中に亡くなった方(504人)は、78%の394人が法令違反をしていました。事故抑止のためには自動車だけでなく、歩行者や自転車など交通社会を構成する各自が交通ルールを守ることが重要です。
道路ではシステムに管理された自動運転車と、徒歩や自転車のようにシステムに組み込まれない多様な交通が混在します。自動運転といった技術的な進歩に対して、交通事故のない社会「ビジョンゼロ」を達成するためには、我々一人ひとりの交通規範が問われています。また、自動運転車の普及過程にも気を配る必要があります。新しい技術を受け入れるためには、社会や都市もそれなりの準備が必要です。
自動運転の普及における3つの導入指針
事故を減らしながら上手に自動運転を普及させるにはどうしたら良いでしょうか?私は自動運転車(レベル3以上)の市街地導入に向けて次の3つの指針を提案しています。
- 低速からの導入(low speed)
自動運転車が完璧に交通状況に対応できても、歩行者の急な飛び出しなど、様々な事故を完全に防ぐことはできません。自動車と衝突して歩行者が致命傷となるのは、自動車が時速30キロのときは10%程度ですが、時速50キロとなると80%以上へ跳ね上がります。安全性を重視すると、自動運転車の普及においては低速からの導入が望ましいといえます。 - 低密エリアからの導入(low density)
都市中心部など人々の活動が活発なエリアでは、歩行者、自転車、荷捌き車両から違法駐輪など、自動運転側から見た不測の状況下となるケースが相対的に高くなっています。できるだけリスクの少ない低密エリアからの導入が望ましいでしょう。特に、低密エリアでは公共交通の利便性が低い場所が多く、自動運転導入における社会的意義も大きくなります。 - 低障害での導入(low hurdle)
競争市場の中で迅速な導入が歓迎される側面もありますが、都市計画の面からは緩やかな変化によってインフラや人々の意識の醸成とのバランスを考慮することが重要です。導入時は各種障壁の少ないエリアから、緩やかに交通環境を整えることで、社会変化との協調を期待しています。
森本 章倫(もりもと・あきのり)/早稲田大学理工学術院教授
1989年早稲田大学大学院修了。博士(工学)、技術士(建設部門)
早稲田大学助手、宇都宮大学助手、助教授、教授、マサチューセッツ工科大学(MIT)研究員などを経て、2014年4月より現職。
専門:交通計画、都市計画
役職:日本都市計画学会常務理事、日本交通政策研究会常務理事など