早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

読売新聞オンライン

ホーム > オピニオン > 社会

オピニオン

▼社会

竹内 規彦(たけうち・のりひこ)/早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授  略歴はこちらから

新人の育成は組織内での社会化がポイント

竹内 規彦/早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授

新人育成の科学

 ゴールデンウィークも終わり、新緑が一層鮮やかさを増している。多くの企業で、初期の研修を終えた4月入社の新卒社員が各職場に配属される時期でもある。この時期、新人の育成に関する記事や情報等も数多く散見される。具体的な育成の事例やノウハウについては様々なメディアに情報があふれているので、ここでは少し科学的な視点から企業が取り組むべき新人育成の課題と「なぜ」それらが大切なのかについて述べる。

 そもそも、新人育成に関しての研究や学術的知見などあるのか、という疑問を持たれる読者も多いだろう。新人育成の問題は、経営学、特に心理学との融合領域である組織行動論(Organizational Behavior)において、主要なトピックスの1つとして一定の研究蓄積がある。海外の研究が圧倒的に多いが、筆者らの研究グループもこの10年ほど、日本企業の新人育成の問題を新人の社会化(newcomer socialization)という切り口から実証研究を行い、国際的に発信している。

 新人の社会化とは、平たく言えば、新人が入社した会社の「一員になる」プロセスである。ここでいう「一員になる」は、単に雇用契約が交わされているかどうかを指すわけではない。新人が会社の目標や価値規範・文化を受け入れていること、また仕事上の役割を認識し役割に応じたスキルや知識を習熟すること、すなわち組織と仕事両面に適応する過程を指す。新人がこの社会化に成功すると、会社への帰属意識やアイデンティティが生まれ、ひいては仕事のパフォーマンスや会社への定着意思・積極的な貢献意欲が高まることが多くの研究で確認されている。したがって、組織全体でみた場合、より多くの新人が早期に高いレベルで社会化を実現できるかは、企業にとって重要な育成上の課題である。

効果的な新人育成の3つの取り組み

 では、効果的な新人育成にはどのようなものがあるのか。もちろん、過度な一般化は危険ではあるが、筆者らの日本企業(とその新人社員)を対象とした実証結果、及びこの領域の過去30年ほどの研究成果を俯瞰すると、大枠で以下の3つの取り組みが総じて新人の社会化を促す高い効果をあげていると指摘できる。

表1.過去の研究で実証されてきた新人の育成の取り組みと社会化の効果

(社会化)効果の高い取り組み (社会化)効果が限定的な取り組み
職場外研修:
一時的に新人を職場から離して行う集合形式の研修。
集合研修はせず、直接仕事に就かせる。
キャリア計画の明示:
今後の具体的な育成計画やキャリアプランなどを新人に明示。
今後の育成計画やキャリアの道筋があいまい(存在しない、伝えないなど)。
職場サポート:
役割モデル(上司・先輩社員・メンターなど)を通じた社会化を支援。
役割モデルの不在。職場での適応は完全に新人本人次第であるというスタンス。
(1)職場外研修

 第1は、「職場外研修」、すなわち、一時的に新人を職場から離して行う集合形式の研修の実施である。これは、意外だと思われるかもしれない。「えっ、あの研修がそんなに大事なのか」と驚く読者も少なくないだろう。しかし、これまで数多くの研修を受けてきたベテラン社員でも、何十年前に受けた最初の新人研修を完全に忘却してしまった人はごく僅かだろう。人は不確実性が高い時ほど、不確実性を低減させるため、その事象に関するより多くの情報を得ようとするという行動原理がある(不確実性低減の理論)。入社直後、新社会人となった新人は、今後の会社での仕事や人間関係、自身のキャリアや生活など、きわめて不確実性が高い。その新人にとって、入社直後の集合研修は自身の不確実性を低減させるための大変重要な情報収集の場である。

 同時に、同期入社間でのコミュニティー形成の面で、初期の職場外研修はとても有用である。日本企業において、「同期入社」は職場間の垣根を超えた重要な(ネットワークというより)コミュニティーである。初期の研修で苦楽を共にし形成されたこの同期コミュニティーは、新人が各々別の部署に配属された後でも、同期間の相互交流を通じて「自律的に」社会化(=会社の一員になるプロセス)を促進させるという重要な効果をもつ。

(2)キャリア計画の明示

 第2に、「キャリア計画の明示」が挙げられる。すなわち、新人に対し、今後の具体的な育成計画やキャリアプランなどについて、明確な説明をしているかどうかという点である。こちらも、新人の社会化効果の高い取り組みとして過去に国内外の研究で繰り返し実証されている。筆者らによる日本企業とその社員を対象とした複数回のフォローアップ調査でも、入社3カ月以内に何らかの形でキャリア計画を明示されていたと感じている新人は、そうでない新人に比べ、入社6か月後、1年後の時点で、会社への積極的な貢献意欲や会社との価値観の一致、定着意思などの指標が有意に高いことを確認している。しかし、興味深いことに、「キャリア計画の明示」は社会化促進の効果は高いものの、ここで紹介する3つの効果的な取り組みの中では最も「実施されていない」取り組みであることも明らかとなっている。

 なぜ、この取り組みは実践が進まないのか。少なくとも2つの理由(ケース)が存在する。1つは、会社側が、新人に対して(仮に暫定的なものであったとしても)個々の育成計画やキャリアプランを持ち合わせていないケースである。この点を企業の人事担当者に個々にヒアリングし、突き詰めて考えていくと、そもそも会社や事業単位での戦略が非常にあいまい、ないしは戦略と人事(特に、採用・育成)とが連動していないという問題にたどり着くことが非常に多い。

 もう一方は、若手人材に育成計画やキャリアプランを明確に伝えることの重要性を認識していないケースである。単純に年齢で区分することはできないが、過去のキャリア研究の知見から、20代前半から後半にかけて、少なくとも学校から労働市場に移行して数年の期間は、個人のキャリア発達上、「探索」(exploration)段階ないしは「トライアル」(trial)の期間として位置づけられている。この時期は多くの場合、自身の核となるアイデンティティやキャリアプランは必ずしも確固としたものではなく、むしろあやふやな部分が大きい。その意味では、キャリアに対する道しるべを必要とする時期でもある。同時に、この時期は他の年齢階層に比べ、自己の成長志向が強い時期でもある。

 したがって、新人に明確な育成計画やキャリアプランを提示することは、それを個人がそのまま受け入れるかどうかは別としても、会社での自己成長のベクトルを判断し、自身の会社への貢献領域を理解する貴重な情報となる。新人・若手のキャリア開発の視点からも人材育成を考える必要がある。

(3)職場サポート

 第3に、上記2つの取り組みに加え社会化効果の高いものとして、「職場サポート」が挙げられる。これは、新人が職場に配属された後、職場での役割モデル(例えば、上司・先輩社員・メンター等)を通じた会社の「一員になる」プロセスの支援を指す。我々の研究でも、職場配属後の上司と先輩社員からサポートを受けていると感じる新人は、その後の会社での適応を円滑にすることを確認している。

 さらに、上司と先輩社員とでは、新人サポートの役割や中身(特に新人の育成に必要な情報コンテンツ)が異なることも既存研究で明らかになっている。入社後に円滑に社会化した個人は、上司からは業務に密接に関連した情報(例えば、仕事の段取りや進め方、期待される役割や達成目標、自身の仕事成果に関するフィードバックなど)を多く収集しているのに対し、先輩社員からは業務以外の社会的な情報(例えば、会社や職場の風土、人間関係、仕事以外での自身の行動についてのフィードバックなど)を多く収集していることが確認されている。

 当然ながら、入社時点で、感覚的に会社と合う(合わない)の水準には個人差があり、上司と先輩社員に求めるサポートも同等とは限らない。筆者らの研究では、入社時点で既に会社の価値観などの受け入れが比較的高かった新人は、その後上司からの仕事レベルでのサポートがさらなる社会化を促進していたのに対し、入社時点で会社の価値観などの受け入れが低かった新人は、その後同僚からの社会的なサポートが、彼・彼女らの社会化を後押ししていたことが明らかとなっている。したがって、新人個人の育成の状況を把握しつつ、適切なエージェント(上司・先輩社員等)が、適切な内容のサポートをしていくことが必要である。

個別ではなく体系的な取り組みが重要

 以上、過去の研究で実証されてきた効果の高い新人育成の3つの取り組みについて、「なぜ」効果があるのかを中心に解説した。ノウハウではなく、「ノウホワイ(know-why)」を知ることのほうが、各企業や職場のコンテクストや個別事情に合わせた応用可能性が高まると考えたからである。

 最後に、忘れてはならない重要なことを述べておく必要がある。上記取り組みは、カフェテリア的に個別に実施するよりも、システムとして体系的に実施することが重要であるという点である。少なくとも、筆者がエビデンスとして確認している範囲では、「職場外研修」のみを実施し、他の2つ(「キャリア計画の明示」と「職場サポート」)を実践できていない場合、6か月後に新人と会社との価値観の不一致が高まり、また1年後に離職意思を高めるという少し心配な結果を得ている。もちろん、研修の内容による差異もあるだろうが、少なくとも「研修のやりっぱなし」は問題という提起にはつながるだろう。入社式や研修で聞いた素晴らしい社長や経営者のスピーチも、その後の育成方針の欠如や職場での不適切なサポートにより、台無しになってしまう。入社直後の人材は「リアリティ・ショック」(期待と現実のかい離からくる心理的ダメージ)を経験しやすいことも繰り返し実証されていることも付記したい。

竹内 規彦(たけうち・のりひこ)/早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授

名古屋大学大学院国際開発研究科博士後期課程修了。博士(学術)学位取得。専門は組織行動論及び人材マネジメント論。東京理科大学准教授、青山学院大学准教授等を経て、2012年より早稲田大学ビジネススクールにて教鞭をとる。2017年4月より現職。米国Association of Japanese Business Studies会長、欧州Evidence-based HRM誌編集顧問、産業・組織心理学会理事、組織学会評議員等を歴任。組織診断用サーベイツールの開発及び企業での講演・研修等多数。2015年度早稲田大学リサーチアワード(国際発信力)受賞。