早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

読売新聞オンライン

ホーム > オピニオン > 社会

オピニオン

▼社会

折原 芳波(おりはら・かなみ)/早稲田大学高等研究所助教  略歴はこちらから

アレルギーは皮膚から始まる? ―最近の研究より―

折原 芳波/早稲田大学高等研究所助教

 私は、アレルギーの研究に携わっています。

 アレルギーは、いまや全年齢層にわたって身近と言える病気の1つとなりました。食物やダニ、花粉などのタンパク質に対する免疫反応の1種で、鼻、気管支などの呼吸器系、皮膚、消化器系で症状が現れ、時に激しい全身性の症状を引き起こすこともあります。多くの人たちの研究によって、それぞれの症状に合わせた治療法が開発され、現在では、生物学的製剤や免疫療法も含めた様々な薬の組み合わせで多くの症状を軽減できるようになりました。

アレルギーとは?

 アレルギーは免疫システムの過剰な反応だと言われます。免疫システムは、私たちの身体を細菌やウィルスなとの外敵から守るためのシステムです。皮膚や毛髪、汗、涙、唾液や胃酸なども列記とした免疫におけるバリアシステムです。外敵がこれら物理的、化学的な1次バリアを通過してしまうと免疫細胞たちの登場、となります。免疫システムにとっての外敵は、「自分ではない」とシステムが認識した異物です。本来ならば危険でないものを異物として認識し、過剰に反応してしまうことで起こるのがアレルギーです。たとえば、卵や小麦、牛乳などのタンパク質を異物として認識すれば食物アレルギーとなり、ダニの糞やスギ花粉であれば気管支喘息や花粉症、アトピー性皮膚炎などの症状として現れます。

アレルギーは皮膚から始まる?

 最近のアレルギーの研究の中でのホットトピックは、皮膚感作と呼ばれる、アレルギーが皮膚から起こるというメカニズムに関する研究です。

 免疫システムにおける1次バリアとして重要な役割を担っている皮膚ですが、このバリア機能の低下がアレルギー発症のきっかけになることが明らかになってきました。

 バリア機能が低下している状態では、皮膚から入ってきた異物に対して、免疫システムがIgE抗体を作り、その物質に対するアレルギー体質が獲得されてしまいます。このメカニズムが皮膚に対するアレルギーだけでなく、気管支喘息や食物アレルギーにも共通していることが最近の研究で明らかになってきました。

 特に食物抗原の経皮感作により食物アレルギーのリスクが増大することは、二重抗原曝露説(dual-allergen exposure hypothesis)として提唱され(J Allergy Clin Immunol. 2008 Jun;121(6):1331-6.)、瞬く間に注目を集めました。食物アレルギーの原因となる物質は非常に種類が多く、それらは目に見えないレベルでテーブルや床の上にあったり、空気中に飛んでいたりします。湿疹や乾燥によって開いてしまっている皮膚バリアの隙間から、これらアレルゲンが入ってしまうと、赤ちゃんは特に皮膚の免疫機能が十分に働いていないため、アレルギー体質獲得に至るのです。免疫システムには、私たちの身体を守るために異物を記憶する機能があり、その記憶を元に同じ異物による次の攻撃に備えて体制を整えています。そのため、次にそのアレルゲンが入ってきた時に、食物として食べると消化器症状として、また、花粉を鼻から吸い込めばくしゃみや鼻水といった症状としてアレルギー反応が起きるのです。

 ひと昔前までは、赤ちゃんの消化管機能が未熟であるために異物認識を間違えてしまい、結果として食物アレルギーを発症するという考え方がありました。このため、妊娠中や授乳中のお母さんや離乳食において食事制限をするようなこともあったようです。ところが、最近の研究では、これらの制限が却って食物アレルギーを招いてしまうことが指摘されています(N Engl J Med. 2015 Feb 26;372(9):803-13.)。すなわち、食事制限によって、口からのアレルゲン摂取で本来働くはずの免疫寛容、アレルギーを抑制するような免疫システムの学習機能を阻害してしまうことになるということです。もちろん、消化管を経由した食物アレルギー発症がゼロという訳ではないと思います。ただ、特定の食品を避けることによってアレルギーを予防する証拠は今のところなく、逆にいま、皮膚からの感作が多くの研究者の注目を引くようになってきているのは事実です。

アレルギーの予防に向けて

 アレルギー体質を一度獲得してしまうと、免疫システムの記憶機能により、アレルゲンに曝露される度に症状が出てきてしまいます。そのため、病態メカニズムの研究が進められるとともに、アレルギーの発症予防に関する研究も進められています。最近、私の共同研究先である国立成育医療研究センターの研究成果が注目されました。アトピー性皮膚炎のハイリスク児とされる新生児の集団を対象とした研究で、毎日全身に保湿剤を塗った群では、皮膚が乾燥した時にその箇所だけワセリンを塗った群に比べて、アトピー性皮膚炎の発症が3割以上も抑えられることが判ったのです(J Allergy Clin Immunol. 2014 Oct;134(4):824-830.e6.)。すなわち、健康な皮膚を保ち経皮感作を防いだ結果、アトピー性皮膚炎の発症を抑えられた、ということです。この他にも最近では、腸内細菌バランスの研究なども進められていますが、まだよくわかっていないのが現状です。この先、更なる病態メカニズムの解明に加え、予防医学はますます発展してくる研究分野だと思われます。

折原 芳波(おりはら・かなみ)/早稲田大学高等研究所助教

【略歴】
東京理科大学薬学部薬学科卒業、東京工業大学大学院生命理工学研究科修士課程修了、昭和大学大学院薬学研究科(国立成育医療研究センター研究所免疫アレルギー研究部) 博士(薬学)取得。国立成育医療研究センター研究所流動研究員、カナダ・マニトバ大学医学部免疫研究部ポスト・ドクトラル・フェローを経て、2014年より現職。