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岩村 健二郎(いわむら・けんじろう)/早稲田大学法学学術院准教授  略歴はこちらから

改正風営法可決と「ダンス」
踊らせてよいことになったのか?

岩村 健二郎/早稲田大学法学学術院准教授

改正と新制度

 去る6月17日、風営法改正案が可決された。法全体から「ダンス」条項を削除する大きな改正である。以前このオピニオンでも述べたが(2013年2月4日『風営法と「ダンス」 なぜ、踊らせてはいけないのか?』)、その後紆余曲折を経て遂に改正は実現された。今後1年をかけて解釈運用基準、国家公安員会規則、それぞれの地方議会での条例等が整備され、施行される。すでに広く報道されているので詳細は省くが、「ダンス」の文言を法から削除することによって、いわゆる4号営業(ダンスホール営業=飲食を伴わないダンス営業)は削除され、同時に公安委員会や文科省が許可した団体が認定した講師が教える場合に4号許可を不要とした除外規定も効力を失い削除された。飲食を伴いダンスを踊らせるいわゆる3号営業も削除され、酒を提供しつつダンスを踊らせる「ナイトクラブ」営業も規制対象ではなくなった。ただし、これは深夜0時以前に限定した上での「全面開放」である。改正法は、0時以降酒を提供する既存の「深夜酒類提供飲食店」とは別に、「特定遊興飲食店営業」を許可営業として新設し、酒と「遊興」を深夜に提供する営業を新たに、別途、規制対象に置いたのである。

「遊興」規制とは

 問題は複雑である。表面的には「ナイトクラブ」営業が深夜に可能になる規制緩和の体裁を取ってはいるが、「特定遊興飲食店営業」の用地規制は旧法3号営業店のそれよりも狭められる可能性があり、そうなれば規制強化、逆行である。また、警察庁は「遊興」に「ピアノバーのピアノ独奏」も含まれると明言し、あらゆる音楽の生演奏が該当すると答弁している。つまり酒を伴うライブハウスや音楽フェスの0時以降の演奏もすべて規制対象となる。そもそも旧法では「深夜遊興」は禁止されていたのであるから、これも一見許可を取得すれば「深夜遊興」が可能になる体裁を取っているが、どうであろう。旧法では「深夜遊興」は遵守事項であり罰則はなかったが、改正法下では許可を得ずに深夜酒を出しながら遊興を提供すれば「無許可営業」となり刑事罰、2年以下の懲役、200万円以下の罰金である。

「個別判断」

 細かなことに見えるが重大な懸念を抱かざるを得ない規定もある。6月24日のダンス議連総会で明らかにされた「接待」に関する新たな解釈運用基準には、「ダンスを教授する十分な能力を有する者がダンスの技能及び知識を修得させることを目的として客にダンスを教授するために必要な限度での接触等は、接待に当たらない」とあり、この「ダンスを教授する十分な能力を有する者」に該当するのは、旧法にあった認定資格講師であり、それ「以外の者がダンスを教授するために客に接触する行為については、接待に該当するか否かを個別に判断することとなる」とされているのである。「ダンス」の文言を削除し、新興のダンスを阻害する悪しき参入障壁でしかなかった資格認定団体制度を廃止したはずが、「接待除外」規定において亡霊のように旧法の考え方が蘇っているように見える。そして、この「個別判断」という考え方は、曖昧な「遊興」規定について議員に質された警察庁が国会審議で度々使った文言でもある。

 風営法は「善良の風俗と清浄な風俗環境」「少年の健全な育成」が法益であって、それが害されるのを防止することを目的とした法である。上記の立法趣旨に踏み込まずとも、改正法がこの目的のための「手段」をどこまで改めようとしているのか、注視する必要がある。「善良の風俗が害され」ていると行政が認識して規制する事態と、(法が書かれた70年前の言葉ではなく、現在の我々の言葉で言えば)「文化」が規制される事態が重なってはならない。そもそも風営法が対象化しようとしている(繰り返し言うが今の言葉で言えば)「文化」ないし「消費文化」は、本来秩序から逸脱し、規範から逃れ、新たな価値を創造し、権力には抗争的な性質を持った営為であり、「官製文化」が否定的文脈で言われるように制度内で合成し純粋培養して発展させられるものでもないし、逆に規制する力を滋養とするかのように回避し動く性質も持っている。「善良の風俗が害され」るのを「防止」しようとする以上、困難であってもこうした「対象」の社会的、時間的変異、流動性を勘案できる制度上の担保を設けた上で、「営業の健全化に資する」「業務の適正化を促進する措置」を講じなくてはならないだろう。「個別判断」という、基準も示されない、適正さを担保する制度もない対応策によってでは、なおさら今後それが可能になるとは到底思えないのである。

今後の改正の最前線

 改正運動は旧法を「時代遅れのダンス規制」と非難した。実はこの訴えは、前回改正に遡ること20年以上に渡っての営業当事者の訴え、すなわち「善良の風俗が害され」ていると行政が認識して規制していることに向けられたものでもあった。改正の趣旨を警察庁も「最近における風俗営業の実情及びダンスをめぐる国民の意識の変化等に鑑み」としているが、「国民」にとっては「最近」なのか大いに疑問であるし、「意識の変化」の具体も理解されているのか懐疑的だ。ともあれ、今回こうした改正趣旨の形成が可能になったのも、営業当事者が「時代遅れ」の法であることを具体的に示し訴え、立法、行政にコミットしたことによる成果に他ならない。今後の一年、いや数ヶ月は、各地方議会における条例の制定が風営法改正の最前線になる。営業当事者による政治へのコミットメントの重要性は、今後の方がいや増すのではないか。まずは選挙区の地方議会議員への陳情が、営業当事者万人に開かれた窓であろう。

岩村 健二郎(いわむら・けんじろう)/早稲田大学法学学術院准教授

【略歴】
早稲田大学第一文学部卒業、東京外国語大学大学院地域研究研究科ラテンアメリカ専攻修了、東京外国語大学大学院博士後期課程地域文化研究科単位取得退学。専門はキューバの歴史学。
著書(共著)『キューバを知るための52章』(明石書店)、『世界地理講座 第14巻 ラテンアメリカ』(朝倉書店)など。