早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

読売新聞オンライン

ホーム > オピニオン > 社会

オピニオン

▼社会

西原 是良(にしはら・ゆきなが) 早稲田大学人間科学学術院助教 略歴はこちらから

変わる農村、世代交代により進むICT技術の導入

西原 是良/早稲田大学人間科学学術院助教

変わる農村がもたらす課題

 近年、農村の姿は大きく変わりつつある。2010年センサスでは、総農家数が05年調査比で11.2%も減少した。農業就業人口は22.3%の減少であった。政策への対応の結果とはいえ、農村集落において今や農業者は少数派となっている。長い間、日本農業をささえてきた昭和一ケタ世代が、ついに高齢化により引退する時を迎えているのだ。

 この変化は、私たち農業経済(農経)研究者にどのような問題を与えてくれているのだろうか?

 私は、二つの議論の方向性があると考える。一つは、技術進歩による農業の効率化と農地の大規模化を促進するための制度設計論、もう一つが、規模拡大から取り残される傾斜地や、生産物が限られる寒冷地などの条件不利地域における内発的発展に寄与するための支援体制の構築である。

私は、この二つの視点に一貫してアプローチできる研究対象として、農業用水システムと、それを管理する人、組織、政策に関心をもってきた。それは、農業用水は農業生産に欠かせないものであるにもかかわらず、その調達が市場によって賄えないものであるからである。

 どんなに耕作地が大規模化しても、用水確保には個人を超えた政府・共同体といった組織的な投資が必要である。従来、農業用水を守ってきたのは、農村というコミュニティだった。昭和時代には、近代化していく農業生産の中で唯一変わらない「むら仕事」としての水路管理作業に着目した日本型水社会論が、西洋農業との対比で語られることもあった。その文脈で捉えれば、私たちは、その日本型水社会の崩壊過程に直面しているのである。

技術的アプローチと経済性評価
 

 こうした局面において、農経の農村調査アプローチには、新しい潮流が生まれつつあるように思われる。それが、技術開発との連動や、地域づくりの活動との連携を配慮しながら、経済性を考慮していく手法である。

 私は、2009年から2011年まで、山形県長井市野川流域に入り、破損調査や将来的な水路管理計画づくりのワークショップに参加した。同時に実施した調査では、担い手農家を中心としたワークショップによる情報伝達が、引退した高齢農家層をふくむ集落全体へと波及していく過程が明らかになった。研究成果は、農村工学研究所作成の「農業水利施設の機能保全のための研究成果の活用の手引き」として公表され、地域住民の合意形成手法のヒントとして活用されている。

 この研究は、農地の貸し手と借り手の緊密なコミュニケーションの重要性を示している。農業経営の規模拡大によって、今や数十名以上の貸し手から農地を借りる大規模な担い手農家が出現している。変化する農村が今後重視すべきネットワークの存在が明らかになった意義は大きい。

農業用水路を空間地理情報(GIS)によって表現し、その破損箇所をワークショップで提示

 2012年からは、農業の担い手となる大規模稲作農家と、そのサポートを行う水管理組織である土地改良区に対するICT技術の導入と普及について、愛知用水流域でワークショップを実施した。費用や無線通信技術など、まだ発展途上の技術だが、普及のタイミングは、経営者の世代交代であろう。ノウハウを蓄積した篤農家から、経営者の世代に交代するとき、技術の可視化は一挙に進む可能性がある。

 また、技術導入は、農業水利管理の専門集団である土地改良区に、水路・農地の一体的な管理への参画という新しい役割を付加するものとなるだろう。

 稲作農業の姿が変容すれば、その周辺の組織や制度も変化を迫られる。技術開発を専門とする研究者と経済学者との連携は、応用科学としての農学の意義を十分に味わえるものである。

そして、教育の役割

 現在の農業情勢は、農経研究者にもう一つのアプローチの可能性を与えてくれている。私は、この魅力ある方法に、研究だけにとどまらない魅力を感じている。

 それは、教育を通じた農村と都市大学の学生との交流である。早稲田大学は、2003年に「農山村体験実習」という科目を設置し、学生に農村を体験させるプログラムを提供してきた。農村に足を運ぶ若者を増やす目的で始めた講義だったが、受講生の中には、就農者や、地方公務員も出てきた。農村だけではない、食と農に関わる人材も排出している。食品企業の開発者になったものもいる。あるいは、農学分野の研究者になった私のようなものも。実習地である新潟県十日町市松代地域や山形県寒河江市田代集落との交流は双方向的に発展し、毎年ホームカミングデイへの出店を頂いている。

 この場合のツールはバーチャルネットワークである。Facebook等の連絡網が、受講年度を超えて組織されており、学生たちは随意に農家と連絡を取り、交流を行っている。週末に時間を見つけて実習先に通う学生や、実習地の豪雪を聞いて駆けつける卒業生の姿をみるにつけ、この講義は新しい都市と農村の交流のスタイルを作り上げつつあるのではないかと考えている。

 農業経済学の研究は、生産関数の推定や労働力移動の研究から、より具体的な制度設計や技術普及の評価へと変化してきている。同様に、研究と教育を一貫しながら、農村とのつながりを持ち続ける仕組みが構築されつつある。早稲田大学はこのような新しいアプローチに取り組んできた。将来、私も、その連環の中から新たな研究を発表できる人間になりたいと願っている。

水路管理サポートシステムの概要(東京大学大学院水利環境工学研究室作成)

西原 是良(にしはら・ゆきなが)/早稲田大学人間科学学術院助教

【略歴】
1983年愛媛県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了、博士(農学)日本学術振興会特別研究員DC1、東京大学大学院農学生命科学研究科特任研究員を経て、2015年4月より現職。共著に『書を持って農村へ行こう―早稲田発・農山村体験実習のすすめ』早稲田大学出版部2011年、主な論文は『水路の維持管理の共同体意識に関する社会実験型研究‐課題抽出型ワークショップの情報伝達効果のDID推計‐』(共著、2012年度日本農業経済学会論文集)など。