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有賀 隆(ありが・たかし)早稲田大学大学院創造理工学研究科教授 略歴はこちらから

人口減少・高齢化時代に立ち向かう
住み続けるためのまちづくり

有賀 隆/早稲田大学大学院創造理工学研究科教授

住み続けるためのまちづくりの視点と課題

 わが国で人口減少と高齢化が社会問題となって久しい。例えば、地方都市のまちなか居住の施策は、中心市街地の地域再生や活性化につながる都市計画と一体的に考えられることが重要であるし、その実践に際しては地域のネットワークを通した担い手の協働が欠かせない。また郊外の土地利用のコントロールと都心への機能の集約化を通したコンパクトな都市像の形成も、そのための市街地再編と一体的に進めることが重要である。

写真−1 立派な庭木を持つ伝統的住宅とそれを取り巻く現代の高層マンション群

 かつて人々は地縁、血縁、職縁など社会的な人間関係を基に日常の生活圏を形成してきた。一方現代社会では、様々な生活スタイルや変化するライフステージに応じて、市民の暮らしの範囲や消費・経済活動は自治体や既成市街地を越え複雑に広がり、これらが重なり合いながら生活圏を形づくっている。しかし、こうした現代のネットワーク型市民社会における生活スタイルの多様化や、ライフステージの変化に対応できるまちづくりの空間イメージや将来目標が地域全体で共有されていとは言い難い。

 地域の市民や住民地権者が主体となる住み続けるためのまちづくりは、市町村が進める都市計画やまちづくりの施策と一体的なものとして行われるべきであるが、実態としてはどうであろうか。例えば地方都市の都心部で進む高層マンション建設やミニ戸建て開発は、都心人口の増加という一面で評価される一方、周辺の居住環境の再生や中心市街地の魅力化という本来のまちづくりと一体的な関係を築けず、その意味で真の地域再生や市街地活性化につながっているとは捉え難い。都市には本来、有効な社会投資が行われれば市街地の住環境更新や改善へ大きく貢献するような自然環境や歴史・文化環境、また福祉・教育環境など多くの地域資源が積み重ねられているはずである。これらの点から見れば、地域に蓄積されている様々な資源を住環境まちづくりに位置づけ、その価値の再生を進めることは社会的に重要な意味を持つものである。

住環境資源の新たな再価値化とまちづくりへの反映

 近年、首都圏の住宅団地などで進められている団地再生では、高度経済成長期に建設された住棟の耐震補強や改修と並行して、住戸ユニットのコンバージョン(用途転換)を通して、若者向けシェアハウスや、貸し菜園付き住宅、また高齢者向けの小規模多機能型福祉サービスを併設した賃貸住宅など、多様な生活環境をミックスして、従前の団地の再価値化を図る取り組みが成果を上げている。これらは、個性的な生活スタイルに対応する住環境再生へ向けたまちづくりの方法としても有効である。

写真−2 里山・農地の保全と住民等による維持・管理・利活用を実現した住環境マネジメント例

 他方、高齢化や人口減少の時代にあっても、高齢者が安心して住み続けられる生活支援や福祉サービスが併設された居住スタイルには社会的な需要が期待される。また自然の樹林地や里山、水系など、暮らしの場に近接する自然環境や近郊農地とも良好な相互関係を維持・形成する住環境は、都市における田園的な生活スタイルとして受け入れられる可能性を持っている。

 かつて住宅地の開発と一体的に保全・整備され、住民の憩いの場として利活用されてきた里山や樹林地など都市の緑地は、その環境や景観面での価値に加え住民相互の交流と多様な市民参加を生み出す社会的な場としても重要な意味を持っている。このような里山や樹林地は、いわば都市部における地域の“コモンズ”(共用庭)と見ることができ、コミュニティの共益的な社会資源として再価値化された好例である。しかし、そうした地域の“コモンズ”の多くはそれぞれの地権者による善意のまちづくり活動への貢献や、特定の住民グループによる献身的なボランティア活動などによって維持・管理されている場合がほとんどである。本来こうした取組みは、地域全体の共益的な住環境づくりに貢献するものなので、そのメリットを受益する市民や住民が協働で維持、保全、利活用するエリアマネジメントの仕組みを基に進められることが大切であり、その社会的なコストも地域全体が応分に負担できるまちづくり事業として位置づけていくことが望ましい。

地域固有の住環境価値を活かす選択可能なまちづくりの取組みへ

 このように、地域固有の歴史・文化や自然環境を住民自らが維持・管理・利活用して住み続けるための住環境を創りだすためには、これまで通りの営利目的型の不動産・住宅開発市場に任せておけば良いというものではない。まずは地域で共有可能な将来のまちづくり目標を立案し、その実現のための社会的なまちづくり事業を連動させて継続的に進める仕組みと担い手の協働が求められる。このような視点から見ると、今後のまちづくりには以下のような役割が求められる。

  1. 人口減少・高齢化に伴う都市・地域構造の長期的な変動(縮退、蚕食化など)に応答し、様々な生活スタイルの質とその立地特性を反映した住環境の再価値化を進める
  2. 地域社会が共有できる住環境まちづくりの目標とローカルルールを立案し、市町村が進める都市計画との協調、連動を進めるための仕組みをつくる
  3. 地域固有の自然環境や歴史、文化、場所の特性を継承し、それらの地域資源を住環境まちづくりに反映させて新たな価値を創りだす
  4. 文化や芸術、スポーツ、教育、福祉など幅広い市民活動の基盤となる地域のプラットフォームをつくり、それと連動して多様な生活スタイルやライフステージに対応可能なまちづくりの目標と段階的な実現プログラムをつくる
  5. まちづくりの担い手となる地域の市民、住民地権者などを自治体行政やまちづくりの専門家が継続的に支援できる社会的な仕組みをつくる

 以上の様に、これからの住み続けるためのまちづくりでは、不動産価値の基本的な指標である地域の安全性や交通の利便性、また公共事業による都市基盤整備の充実度等に加え、地域資源を反映した住環境の価値を創出することが不可欠である。その上で今後、急速に人口減少や高齢化が予測される地域構造の局所的な変化や変動に応答できるよう、地域の担い手が自治体行政や専門家と協働してまちづくり目標像を描き出し、市民や住民地権者などが主体となった地域プラットフォームを基に、住環境のまちづくりを進めていくことが重要であると言える。

有賀 隆(ありが・たかし)/早稲田大学大学院創造理工学研究科教授,Ph.D. (Environmental Planning and Urban Design)

【略歴】
東京生まれ
早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学院修士課程(都市計画研究)修了後、(株)西洋環境開発勤務を経て、カリフォルニア大学バークレー校大学院環境デザイン学研究科Ph.D.プログラム留学。帰国後、名古屋大学大学院環境学研究科・都市環境学専攻助教授を経て、2006年より現職。

【専門分野】
アーバンデザイン、都市空間・環境デザイン、住環境まちづくり研究、都市計画論が専門。

【学会など】
現在、(一般社団法人)日本建築学会理事・代議員・都市計画委員長、同学会「住環境マネジメント小委員会」主査、同学会「巨大災害からの回復力が強いまちづくり特別調査委員会」都市計画部門主査ほかを歴任。

【委員会など】
現在、福島県白河市「歴史的風致維持向上計画協議会」会長、同市「景観審議会」委員、埼玉県川口市「開発審査会」委員、東京都「屋外広告物審議会」委員、東京都杉並区「まちづくり景観審議会」委員、東京都港区「市街地再開発事業事後評価委員会」副会長など。これまで愛知県「愛知まちなみ建築賞」選考委員長、(独)国際協力機構「E-JUSTエジプト日本科学技術大学」キャンパス国際設計競技審査委員などを歴任。

【受賞など】
「国際住宅都市計画連合(IFHP)」国際都市デザイン設計競技最優秀賞(1986)、早稲田大学「小野梓記念芸術賞」受賞(1986)。

【著書】
主な著書に「都市計画国際用語辞典」(共著、丸善、2003年)、「まちづくりデザインのプロセス」(共著、日本建築学会、2004年)、「まちづくり教科書第8巻・景観まちづくり」(日本建築学会まちづくり支援建築会議編、分担、2005年)、「地域と大学の共創まちづくり」(共著、学芸出版社、2008年)、「景観法活用ガイド」(日本建築学会編著、ぎょうせい、2008年)、「いまからのキャンパスづくり」(共著、日本建築学会、2011年)、「唐津:都市の再編 歩きたくなる魅力ある街へ」(共著、日本建築学会編、鹿島出版会、2012年)ほか多数。