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松本 淳(まつもと・じゅん)早稲田大学人間科学学術院准教授 略歴はこちらから

身近な大気汚染の基本的な考え方

松本 淳/早稲田大学人間科学学術院准教授

1.大気汚染における「量」の考え方

 一言で大気汚染といっても、光化学オキシダント[1]やPM2.5[2]、各種公害、酸性雨、地球温暖化、ほか多様な問題がある。共通するのは、人間活動に伴い大気中に放出される原因物質が、人体や生態系に直接的・間接的に影響を及ぼすことである。各問題の原因物質、発生メカニズム、空間・時間的な規模は多様で複雑だが、原因物質の量が各々の限界を超えると問題が生じる。物質・成分を分子レベルで把握する「化学」の考え方が必要となる。大気汚染問題では、大気中の分子100個に対し78個の割合で存在する窒素Nや21個を占める酸素Oなど主要成分でなく、存在割合の低い微量成分が主役である。たとえば、地球温暖化で有名な二酸化炭素COは大気微量成分でも存在量の多いほうだが、それでも最近の濃度は約400ppmvとされ、分子数の割合で100万分の400すなわち大気の分子を2500個集めてようやく1個がCO、という状況である(ppmvは体積混合比の単位で気体分子数の割合100万分の1を表す)。

2.大気微量成分の量を決める要因

 微量成分の大気中での大まかな挙動を図1に示す。発生源から大気中に放出される成分は、局所的な空気の混合(拡散)、風による長距離の移動(輸送)、に伴い希釈されて減っていく。輸送・拡散と並行し、他の成分と反応すると元の成分は減少するが、別の成分を二次生成する場合もある。地表面や海水面に取り込まれて大気から消失する成分もある(沈着)。大気成分の場所ごとの分布や時間的な変動は、輸送・拡散による移動、放出や反応に伴う増加、沈着や反応に伴う減少、によって決まる。たとえばCOの反応は遅いため重要ではない。一方で、光化学オキシダント[1]の主成分である(対流圏)オゾンOとその生成に関与する窒素酸化物NO(一酸化窒素NO,二酸化窒素NO)の反応は速く、重要性が高い。ごく微量存在する大気ラジカルと呼ばれる成分は、大気成分の反応にて特に重要である。

図 1.大気微量成分の挙動の概略。主に放出、輸送・拡散、反応、沈着などの過程により、成分ごとの空間分布や時間変動が支配される。

3.PM2.5の考え方の例、および筆者の研究紹介

 ある大気汚染問題を考える際には、その原因物質、許容量とその前提、発生のメカニズムや条件、等の理解とともに、現状の正しい把握が重要である。たとえば、PM2.5について心配する人は、「PM2.5とは何か?その特性は?」「どの指標が、どういう条件で、どの値に達すると、どう危険か?」を知ることが望ましい。そのうえで、各自の曝露量と許容量を比較して「問題ない」「長時間は外に出ない方が良い」「短時間でも健康に影響があるかもしれない」という判断をする。実際はそこまで判断するのは困難なので、自治体が発令する注意報や、報道やインターネットの情報に頼ることになる。その場合でも基礎事項を知っておくと、「注意報が出たが、どういう意味か?」「この記事の意味は?」「どの内容が、引用した事実か?発信者の意見か?」「発信者の立場は?」等を各人が考え、妥当に対応するための一助になるであろう。多くの方々にとって複雑・難解な内容とは思うが、身近な大気汚染について少しずつでも興味を持って勉強してもらえれば、幸いである。

 さいごに、筆者の研究の一部を紹介しよう。未知の反応メカニズムの解明や大気成分の現状把握には、大気の実際の測定が特に重要である。筆者は、O,NOと関連成分について、高性能NO測定装置を活用した新規評価手法の開発や観測研究を主に実施し、対策に関する提言につながる観測データの収集を目指している。

[1]光化学オキシダント:地表に近い大気(対流圏)では、窒素酸化物NOと揮発性有機化合物VOCを原料(前駆体)として、十分に強い太陽光(紫外線)が存在すると、大気ラジカルの関与する光化学反応が起こり、酸化性物質(オキシダント、主成分はオゾンO)を二次生成する。これを光化学オキシダントと呼び、環境基準を設定して各地で常時監視している。以前は光化学スモッグと呼ばれ、前駆体が高濃度な都市域で問題となり、その後の排出対策によって鎮静化した。しかし最近、前駆体濃度の減少に反して、全国平均で年率約1%の増加も報告され、重要な研究対象であり続けている。このオゾンは、成層圏で減少が問題となるオゾンと化学的に同一成分だが、対流圏では健康影響や温室効果を及ぼすため増加は望ましくない。

[2]PM2.5:大気中には気体成分のほかに、浮遊粒子状物質SPM(エアロゾルとも呼ぶ)が漂っている。PM2.5はSPMの一種である。SPMは、粒子の物理的な大きさ(粒径)、粒子を構成する化学的な成分(組成)、によって分類される。PM2.5はSPMのうち粒径が2.5マイクロメートル以下の微小粒子の総称(単位はマイクログラム/立方メートル)。微小粒子は人間の呼吸器系を通した影響(経気道曝露)が懸念され、その指標としてPM2.5が用いられる。

松本 淳(まつもと・じゅん)/早稲田大学人間科学学術院准教授

【略歴】
埼玉県川口市出身。1996年東京大学理学部化学科卒業、2001年東京大学大学院理学系研究科化学専攻博士後期課程修了、博士(理学)。科学技術振興機構・博士研究員、名古屋大学太陽地球環境研究所・研究機関研究員、東京工業大学統合研究院・特任助教、首都大学東京戦略研究センター・准教授、を経て、2012年より現職。

【関連する主要業績】
Matsumoto J, et al. (2001) Direct measurement of NO2 in the marine atmosphere by laser-induced fluorescence technique. Atmos. Environ. 35: 2803-2814.
小杉如央、松本淳、ほか (2005) レーザー誘起蛍光法による NO3/N2O5 測定装置の開発と冬季夜間大気中の窒素酸化物による大気酸性化の評価. 大気環境学会誌 40: 95-103.
Matsumoto J, et al. (2006) Examination on photostationary state of NOx in the urban atmosphere in Japan. Atmos. Environ. 40: 3230-3239.
Matsumoto J, et al. (2006) Nocturnal sink of NOx via NO3 and N2O5 in the outflow from a source area in Japan. Atmos. Environ. 40: 6294-6302.
松本淳、ほか (2010) レーザー多光子イオン化法を用いたモード走行中自動車排気に関する個別成分のリアルタイム分析と OH ラジカル反応性の評価. 大気環境学会誌 45: 205-211.
松本淳 (2013) レーザー誘起蛍光法に基づく大気中ポテンシャルオゾンの測定. 大気環境学会誌 48: 35-42.
Matsumoto, J. (2014) Measuring biogenic volatile organic compounds (BVOCs) from vegetation in terms of ozone reactivity. Aerosol and Air Quality Research, in press.
松本淳 (2014) SOA 生成評価のための前駆体 VOCs のラジカル反応性と全有機硝酸量の計測. エアロゾル研究, 印刷中.