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枝川 義邦(えだがわ・よしくに)早稲田大学高等研究所准教授 略歴はこちらから

サプリメントの光と影
セルフメディケーション時代の健康管理

枝川 義邦/早稲田大学高等研究所准教授

サプリメント市場は現代社会の映し鏡

 現代人は忙しい。健康管理は後回し。こんな状況では、やはり手軽に健康が手に入る方法に魅力を感じるものです。

 このような背景を反映してか、サプリメント市場は拡大の一途を辿っています。製薬企業も医薬品のポートフォリオとしてサプリメントを扱うなど、その市場性の魅力が伝わってきます。これは、それだけニーズが大きいということでもあり、生活習慣の変化やサプリメントの濫用を想像させるものでもあります。

 サプリメントは、その名の通り「補うもの」です。バランスのよい食事や充分な睡眠をとってなお、足りない部分を補填するためのものなのです。そこを履き違えると不具合が生じやすいことを肝に銘じないとなりません。

現代はセルフメディケーションの時代

 「セルフメディケーション」という言葉は、一般語として私たちの日常に浸透したでしょうか。これは、世界保健機関(WHO)からも「自分の健康に責任をもつ」ことや「軽度の身体の不調であれば、自ら手当てする」ことが唱えられているものです。自分は医師でも薬剤師でもないし、そんなことはできやしない。そう考えることが自然でしょう。しかし、もはや専門知識のない方にもこのようなことが期待されているのです。

 セルフメディケーションが徹底された暁には、2025年に10~15兆円の医療費を削減可能という試算があります。財源の模索に困窮を極める我が国では、国策として加速していくものでしょう。そして、一般用薬への規制緩和や医療費の自己負担額増加などによって、既に始まっているものでもあるのです。

 このような状況にあり、サプリメントで予防策を講じることが選択肢の中で益々大きな存在感を示すようになってきました。

サプリメントがもつ副作用の危険性

 インターネットにより流通が大きな変化を遂げ、今ではあらゆる商品を簡単に入手できるようになりました。しかし、このことが私たちの健康を脅かすことに繋がると意識する必要もでてきています。

 海外のサプリメントには、強力ですぐに結果がでることや、なにか良い効果を期待してしまいがちです。このような心理から、ダイエット食品などを海外から個人輸入するケースが多くなっています。しかし、人種や生活スタイルの違いなどがあるので、海外で根づいているものがそのまま自分に合うとは限りません。また、製造過程の管理状況も見えにくいため、粗悪品を摂取することも充分にありうることです。

 医薬品であれば、薬効や副作用について考えを巡らせるものですが、サプリメントとなると心のハードルが下がる傾向にあるようです。「クスリ」と「リスク」が表裏一体であるように、「サプリ」もリスクを内包しています。先のような個人輸入では、肝臓や腎臓への障害性が少なからず知られています。また最近も、花粉症の治療効果を期待して使うバターバー(西洋フキ)による重篤な肝障害という、医薬品でも生じ難い副作用が報告されたばかりです。国内で流通しているものであっても適量を守らないとリスクが高まります。例えば、肝機能の増強を期待して飲むウコンでは、逆に薬剤性肝障害を生じたケースが多く知られています。また、イソフラボンは閉経後の女性で認知症の発症頻度を下げるといわれますが、過量では婦人病発症のリスクを高めてしまいます。

 サプリメントであろうとも、やはり「光」と「影」の両面をもっていることを意識する必要があるのです。

サプリメントは「食品」

 我が国の法律では、口から摂取するものを「医薬品」と「食品」に大別しています。ビタミン剤などのサプリメントや特定保健用食品(トクホ)は食品に属するものであり、食品衛生法や健康増進法による規制を受けています。しかし、これらには医薬品に対する薬事法のような厳しさはありません。法律で縛られるものは、同時に法律で安全性が確保されるということでもあります。これは、サプリメントには医薬品のように厳しい安全基準がないことを意味しています。

 このことから、サプリメントやトクホには、消費者の過度の期待を煽らない注意がなされています。有効成分が定められた範囲内にあることや栄養機能表示だけでなく、注意喚起も消費者へのメッセージとして必要となります。つまり、『きちんと書く・書きすぎない・誤解をさせない』を三原則とした表示が求められているのです。

“身近なサプリメント”ビタミン剤を見るポイント

 サプリメントは、不用意に接すると「影」の部分を見せますが、私たちの健康に「光」をあてる存在です。やはり足りないものはきちんと補うことも大切なのです。

 サプリメントといえばビタミン剤を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。疲れが溜まったときや、身体のちょっとした不具合であれば、ビタミン剤を飲むだけで回復するケースも多いので、身近に感じるものでもあります。しかし、ひとくちにビタミンと言っても種類は多く、個々の特徴をきちんと把握することは容易ではありません。せめて大枠だけでも理解してつきあうことが得策です。

 ビタミンには脂溶性のものと水溶性のものがあります。脂溶性のものは、飲んだものの一部が脂肪組織に蓄積します。身体に溜まったものは、二次的に血液中に溶け出すので、新しく飲んだものと併せると過量になることもあります。蓄積性のため短期間で欠乏症が生じることはありませんが、過剰症には注意を要します。一方で水溶性のビタミンは、過量に摂っても尿で排泄されます。過剰症が生じにくい反面、体内に貯蔵できないので欠乏症が問題になります。

 サプリメントは、加工段階で有効成分の量をコントロールできるものでもあります。つまり、小さなタブレットに大量の成分を含ませ、食事で摂り難いほどの過量を「気軽に」摂取することも可能になるのです。不足を気にすると同時に、過剰摂取にも気を配らないとなりません。

 脂溶性のビタミンAは、過剰量で皮膚の異常などが生じます。また、妊娠中に過量摂取することで胎児の催奇形性リスクを高めることも知られています。そしてビタミンEには過量摂取による障害が知られていませんでしたが、最近、骨粗鬆症を招く危険性があることが報告されました。

 ビタミン剤という身近な存在をもってしても、「影」の部分をもっています。しかしこのようなことの多くは、基本的な性質を知るだけでも防ぐことができるものです。「光」を浴びることができるつき合い方をするためにも、見極める目をもつことが大切です。

 これからも拡大し続けるであろうサプリメント市場。セルフメディケーションが謳われている現在、そろそろつきあい方を見直す時期かも知れません。

 セルフメディケーションで必要なことは、主体性を持って行動を起こすことです。そのために、きちんと自分自身の問題として健康管理と向き合う姿勢が求められているのです。

 サプリメントは、内在するリスクを想定できれば、有用で健康や生活の質(QOL)を向上させるものです。賢くつきあうためにも、身近なことを身近な専門家に相談しながら、自分の健康を守り、増進させていく姿勢をもちたいものです。

枝川 義邦(えだがわ・よしくに)/早稲田大学高等研究所准教授

【略歴】
1969年東京都出身。早稲田キャンパスの近くで生まれる。1998年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。博士(薬学)。薬剤師。2007年早稲田大学ビジネススクール修了。経営学修士。
1998年名古屋大学環境医学研究所助手、2000年日本大学薬学部助手、2005年早稲田大学生命医療工学研究所講師、2006年同助教授、2007年同准教授を経て2009年より現職。専門は脳神経科学。マイクロシステムを用いた細胞薬理学研究、脳の神経ネットワーク解析、人間の記憶や感性などをもとにしたマーケティング理論など、ミクロからマクロまでの視点で研究を進める。
著書に『身近なクスリの効くしくみ』(技術評論社、2010年)など。現在、日経DI誌にて『Dr.エディの薬理のコトバ』を連載中。