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小倉 一哉(おぐら・かずや)早稲田大学商学学術院准教授 略歴はこちらから
残業ニッポン‐労働時間短縮に近道なし
小倉 一哉/早稲田大学商学学術院准教授
日本の労働者は勤勉だと言われる。その一つの側面が長時間労働である。正社員と呼ばれる人たちは、年間に2000時間ほど働いており、ドイツやフランスなどと比べると、400時間ほど長い。
1年間365日のうち、完全週休2日で年間104日、国民の祝日が15日、年末年始に5日ほど、夏休みに5日ほど、その他有給休暇などで5日ほど休日があるとすれば、年間の労働日は、231日ほどだ。2000時間を労働日で割ると、1日当たり8時間40分ほど働いていることになる。
しかし実際には、毎日平均的に8時間40分働く人は少ない。休日出勤もするし、有給休暇を取らないこともある。多忙なときには、深夜まで働くこともあるだろう。そもそも前述のような休日が確保されている人は、残念ながら日本ではかなり恵まれていると言わざるを得ない。働き盛りの20歳代後半から40歳代前半の労働者の約20%は、週に60時間以上働いているという統計もある(総務省「労働力調査」)。「週に60時間以上」というのは、法定労働時間である40時間を20時間も超えている。休日出勤をしないとすれば、週5日の毎日を4時間ずつ残業していることになる。朝9時出勤、昼の休憩を1時間取ったとすれば、終業時刻の18時を過ぎて、22時まで毎日、働いているのである。
もちろんすべての労働者が残業しているわけではない。しかし筆者の調査では、正社員の85%は残業をしている。つまり、正社員では残業がない人は少数派なのである。
また統計データにはなかなか表れない問題もある。前述した2000時間という数字には、基本的に残業手当が支払われた時間が含まれている。しかし日本には、残業手当が支払われない労働時間(サービス残業)がかなりあると考えられる。筆者の調査では、残業をする人の約半数は、少なくとも1時間以上のサービス残業がある。
残業をする人に残業をする理由を尋ねると、第1位の理由は「業務量が多いから」となる。つまり、終業時刻までに終わらないほど仕事がたくさんあるということだ。これをもって、「日本人は能率が悪いのではないか?」と考える人もいる。筆者もそれを否定しない。
しかし日本人全員の能率が低いと考えるのはおかしい。どれだけ仕事をてきぱきとこなす人であっても、絶対的な仕事量が多すぎれば、残業で対応せざるを得ない。
最近、その問題についても調査した。残業が多い人、労働時間が長い人の仕事の特徴や個人の意識などについて見たのである。その結果わかったことを紹介する。
第1に、他者・他社との調整業務が多い人は労働時間が長い。これは、会議や打ち合わせなどに多くの時間を費やすため、アイディアをまとめる、資料を作成するなどの創造的な作業をする時間が足りないという意味である。日本企業では、会議とは、物事を決定することに専念していない。情報を共有し、相互理解をする機会として、会議を重視している。だから何度も同じ案件で会議をする。決定するまでに何度も会議をする。
第2に、管理職が管理業務に専念できていない。残業とは、法律的には上司からの残業命令に基づいて実行される。しかし実態の多くは、部下が行った残業を、後から認めている。それには、管理職の仕事の仕方に問題がある。管理職が部下の管理をきちんとできていないのだ。中間管理職の多くは、例えば営業部門だとすれば、管理職自らの顧客も持っている。時々スポーツの世界で見かける、プレーイング・マネジャーという存在が、日本の中間管理職のごく一般的な姿である。管理職が管理できないのであるから、自らの労働時間も、部下の労働時間も長くなってしまう。
第3に、仕事に対してまじめに考えている人の問題である。仕事の目標を高く設定している人、余暇よりも仕事に生きがい感じる人は、労働時間が長い。そして日本には、そういう労働者が多い。前述したサービス残業も、責任感が強い人が、残業手当を申請しないよう、自発的に行っている部分もあるのだ。また一部の人は、自宅に仕事を持ち帰って作業する。
では、どうしたら少しでも労働時間を短くすることができるのだろうか。残念ながら抜本的に長時間労働を解決する策は存在しない。
筆者の調査及び分析によれば、労働時間管理について直接的に働きかける施策の有効性が確認された。これは、「ノー残業デー」(一定の曜日に残業をしない)や、「長時間労働の部署への警告」、「終業時の強制消灯」などを意味している。反対に、「IDカードによる労働時間管理」や「労働時間に関するカウンセリング」などの間接的な施策は、実際の労働時間を短くしなかった。
要するに、現状ではすでに一部の企業が導入している、地道な対策こそが労働時間短縮への近道なのである。
小倉 一哉(おぐら・かずや)/早稲田大学商学学術院准教授
【略歴】
1965年東京生まれ。
明治大学商学部卒業。
早稲田大学大学院商学研究科博士課程修了。博士(商学)。
1993年より2011年まで労働政策研究・研修機構に勤務。
専門分野は労働経済・労使関係。
『エンドレス・ワーカーズ 働きすぎ日本人の実像』日本経済新聞出版社、2007年。
『会社が教えてくれない働き方の授業』中経出版、2010年。
など。