早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

読売新聞オンライン

ホーム > オピニオン > 社会

オピニオン

▼社会

川名 はつ子(かわな・はつこ)早稲田大学人間科学学術院准教授 略歴はこちらから

「新しい公共」への希求
-タイガーマスク現象の波紋

川名 はつ子/早稲田大学人間科学学術院准教授

 昨2010年のクリスマスに、群馬県前橋市の児童相談所に「子どもたちのために」と10個のランドセルが届き、添えられたメッセージカードには漫画「タイガーマスク」の主人公「伊達直人」の名が記されていたとのニュースが始まりでした。それ以来、「伊達直人」さんは全国各地に出没し、「児童養護施設に700個のランドセルと3,400万円の寄付金が寄せられている」と大々的に報じられたのは1月半ば。その後プレゼントも子ども服、文房具からお年玉や金の延べ板、ねぶた祭用の大きな虎まで多彩となり、お祭りさわぎの様相を呈しています。

 送り主の正体は?というのが世間の人々の関心事で、プレゼントの中身や置き手紙を手がかりに、さまざまな臆測が飛び交いました。一方送られる側からは、児童相談所や児童養護施設職員がやや戸惑い気味に登場し、おおかたは感謝の言葉を述べていました。しかし、「来年春に小学校に入学する施設の子どもたちに贈られることになった」10個のお揃いのランドセルを背負った子どもたちの姿は、入学式の日にテレビや新聞に初登場するのかしないのか……。

社会的養護の子どもたち

 日本では、児童虐待、育児放棄、アルコール・薬物依存症などの精神疾患、ドメスチック・バイオレンス、サラ金に追われて蒸発、刑務所で服役中などさまざまな事情のため、親は生きていても親のもとで育ててもらえない子どもたちが増え続け、4万人を突破しています(2009~2010年厚労省資料より)。1989年に国連総会で採択され、1994年に日本も批准した子どもの権利条約によって「家庭的環境を奪われた子どもたちにはこれに代わる里親委託、養子縁組または必要な場合には適当な施設への収容」が規定されています。しかし日本では里親家庭で養育されている子どもはこのうち1割程度で、乳児院、児童養護施設、情緒障害児短期治療施設および児童自立支援施設などの施設で暮らす子どもが9割を占めているのです。

 伊達直人さんは、このような社会的養護の子どもたちを励ます支援に乗り出したのでしょうが、「あたしは赤いランドセルがいいな」「あたしは青よ」「ぼくだって黒じゃなくて明るいピンクがいいな」と家庭で育つ子どもたちが両親や祖父母にねだる姿を重ね合わせてくださったでしょうか。

 現代の児童福祉制度では施設で育つ子どもたちは必ずしも物質的に貧しい暮らしを余儀なくされているとは限りません。が、集団生活の中でわがままを言ったり気ままにふるまったりしにくいことが、家庭で育つ子どもたちとの大きな差異でしょう。児童養護施設で暮らす女子高校生が、アルバイトで稼いで買ったブランドものの洋服やバッグを大事に持っていたり、重症心身障害のため帰る家庭を失った男子中学生が、施設職員の心づくしでおしゃれなジーンズを着せられて車椅子に乗っている姿は、私にとっては微笑ましくも物悲しい情景です。

 施設育ちの大人たちの中には、「金品を勝手に送りつけて自己満足している伊達直人さん」を非難する人もいて、それはこれまでの慈善家の慰問時、「あの人たちには帰る家があるんだ」と玄関でお見送りしながら寂しさをいっそう募らせた幼時の体験が蘇ってきたりするせいでしょう。しかし全国の老若男女さまざまな伊達直人さんたちは、実は新しい公共創出の気運を醸し出し、その担い手に成長する可能性があるかもしれない、と私は期待しています。

 厚生労働省の児童福祉部局と障害者福祉部局の担当者2人が民間の研究会に同席し、「社会的養護の子どもたちの障害児サービスの利用」すなわち従来はできなかった二重措置を、実態に即して使えるようにしようと画期的な検討が始まり、「児童養護施設等の社会的養護の課題検討委員会」が設置されることになったのも、タイガーマスク現象の波及効果と思われます。

日本にも寄付文化を

 2010年現在の各国の寄付額アメリカ9兆円、英国1.3兆、日本5,000億で、この大きな差は、税制の問題と日本ファンドレイジングの徳永さんは指摘しています(http://www.jfra.jp/wp/wp-content/uploads/2010/12/summary1.pdf)。日本にも寄付文化を根付かせるために、埼玉県は特定非営利活動促進基金(NPO基金)を設けて小さなNPO法人への寄付に対しても寄付控除が受けられる仕組みを作っている例を、私は見つけました。

 子どもたちの日常の世話をしている施設職員や、学習ボランティアとして継続的に宿題を一緒に解いたり遊んだりしている学生たちは、物ではない触れ合いの関わりを以前からすでに結んでいたことなどにも光を当てた報道がありました。

 障がいの有無、血縁の有無、長幼や男女の別、貧富の差などを超えて、新しい人間社会の在り方を人々が探り始めたこの機をとらえて、社会的養護の子どもたちも地域社会に迎えられ、包まれて育っていくための動きに結び付けていきたいものです。問題は子ども、中でも障害や被虐待の問題を抱えて何かを望む権利すら奪われている子どもたちの声を、誰がどのように聴けるのかです。すぐ近く、あなたの身の回りにいるかもしれないこのような子どもたちの代弁者に、私たちはなれるでしょうか。

川名 はつ子(かわな・はつこ)/早稲田大学人間科学学術院准教授

【略歴】
出版社編集部勤務、帝京大学医学部助手等を経て、2003年4月~ 早稲田大学人間科学学術院准教授

【研究】
児童福祉(子どもの社会的養護/障害児・者福祉);さまざまな理由で実親と離れて暮らす子どもたちが、家庭的環境のなかで育つよう、施設養護から里親養育への転換に「早稲田大学里親研究会」の学生たちとともに取り組んでいる。

【学会等】
日本社会福祉学会、日本スクールソーシャルワーク協会、養子と里親を考える会理事、NPO法人「里親子支援のアン基金プロジェクト」理事

【論文等】
これからの家族支援,里親と子どものための里親養育リソースセンター設立準備プロジェクト調査研究報告書,25-48(2007)