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石原 剛(いしはら・つよし)早稲田大学教育・総合科学学術院准教授 略歴はこちらから

「男性学」―男らしさって何?
男性の多様な生き方を問う

石原 剛/早稲田大学教育・総合科学学術院准教授

 「男性学入門」という科目を担当してからはや三年程が過ぎた。「男性学」などと聞くと、それこそ男子学生が受講生の大半を占めるのでは、と思う向きもあるかもしれない。しかし、例年、受講生の約半数は決まって女性。「女性学」関係のクラスには男子学生は尻込みする傾向があるようだが、それとは大分様子が違う。一言でいえば、自分と異なるジェンダーについても積極的に学ぼうとする女子学生の意識の高さを反映している。

 同授業は少人数のゼミ形式の授業。従って、学生とのやりとりも密にできる。それだけに学生に教えられることも多い。特に、流行など最新情報となると圧倒的に学生の方が敏感だ。例えば、「男梅キャンデー」から「男のスイーツ」まで、男性をターゲットにしたお菓子がいかなるものか学生から教わった。不況が続く中、「男」という新たなマーケットを開拓するというしたたかな市場戦略の表れだろうが、これまで馴染みのなかった分野に男たちが関わっていくことで彼らの生活の幅が広がっていくなら、むしろ歓迎すべき現象だろう。

 ただし、男性を巡る状況は「男のスイーツ」のように口当たりの良いものばかりでもない。特に不況の中で共働き世帯が増えているにもかかわらず、男性の平均的な家事・育児時間は依然先進国中最低レベルで、女性の7.41時間に対して、わずか0.48時間(「平成18年版厚生労働白書」)というお粗末な状況。むしろ今、社会が男に求めているのは、スイーツに目覚めることではなく、実質的な家事や育児に積極的に参加していくことだ。 とはいえ、昨今、家事に参加する男性のこともよく話題になる。「男の料理」といった類の本が多数出版されたり、男向けの料理教室が各地で開講したり、他にも男性の育児休暇取得の話なども良く耳にする。料理や育児は時間と労力のいる活動であるし、仕事以外の男の生き方を広げる意味でも実に素晴らしい。しかし、敢えて言わせてもらえれば、「料理」や「育児」は、家の仕事の中でも最も創造的で楽しい部類に入るものではないだろうか。丹精込めて作った料理を「おいしい」といって食べてもらう喜び、日々成長する我が子を見守る幸福感など、重労働ながら深い充実感を感じることも多い。しかし、例えば生ごみの処理、掃除機のゴミの取り換え、トイレ掃除、風呂場や流しの排水溝の掃除、目地にたまった汚れの除去など、そういった目立たず感謝されることも少ない家事にどれだけの男が積極的に関わってきているだろうか。我が身の反省も込めて、はなはだ心もとない。

 こういった男女共同参画といった問題と共に、従来信じられてきた「男らしさ」を再検討することも「男性学」の重要なテーマだ。例えば「男らしさって何?」と聞くと、よく「強さ」といった言葉が返ってくる。そこで、「強い男ってどういう人?」と学生に問いかけてみる。すると「我慢強い男」とか「体力のある男」とか、「勇気のある男」とか、いろいろな反応がある。そんな時、私はあえて強い男の代表として「専業主夫」を挙げることにしている。トイレ掃除や排水溝掃除もいとわずやる主夫は「我慢強い男」であることは間違いない。「体力」にしても、夜中に何度も赤ちゃんにミルクをあげたり、子どもの遊び相手をするのはなかなかの重労働だ。そして、何よりもいまだ根強い「男は仕事」といった周囲の偏見をものともせず「主夫」としての生き方を貫ける男は間違いなく「勇気のある男」である。

 「男らしさ」をより広い視野から考えてみることは、これまでの自分の生き方自体を問い直すことにもつながる。特に、自己の「男らしさ」を評価され続けてきたいわゆる「勝ち組」と呼ばれる男性ほど、自分が信じてきた「男らしさ」を一旦疑ってかかることをしない。少数派ではあるが、事実「男は外で仕事をバリバリやって、我慢強くて、弱音を吐かず……」といった伝統的男らしさを確認すべく「男性学」を受講する学生もいる。そういった学生には、仕事に失敗しても弱さを見せたくないばかりに家族にすら相談もできず、その挙句、精神を病んだり、最悪の場合自ら命を絶ってしまうような男性たちの苦しみを知ってもらう。すると大抵の学生は、「男らしさ」が場合によっては人の命まで奪ってしまうという現実に衝撃を受け、男性の生き方をもう一度見つめなおしてくれる。こういった学生たちが「男とはこうあるべきだ」という伝統的な価値観を見直し、多様な男の生き方を認めようという姿勢を見せてくれた時、そんな時が授業を担当して最もやりがいを感じる瞬間だ。

石原 剛 (いしはら・つよし)/早稲田大学教育・総合科学学術院准教授

【略歴】
1971年生まれ。早稲田大学教育学部英語英文学科卒業、テキサス大学アメリカ研究科博士課程修了。アメリカ研究博士。追手門学院大学文学部英語文化学科専任講師、早稲田大学教育学部英語英文学科専任講師を経て、2008年4月より現職。

【著書】
Mark Twain in Japan: The Cultural Reception of an American Icon(ミズーリ大学出版、2005年)アメリカ学会清水博賞受賞
『マーク・トウェインと日本―変貌するアメリカの象徴』(彩流社、2008年)日本児童文学学会奨励賞、東北英文学会賞受賞

【共書】
『アメリカ研究の理論と実践―多民族社会における文化のポリティクス』(世界思想社、2007年)

【その他】
連載コラム「早稲田の英語」『産経新聞』2009年4月~2010年3月
ラジオ「早稲田の英語」ニッポン放送2009年4月~9月

【国内学会】
アメリカ学会、日本アメリカ文学会、日本児童文学学会、日本マーク・トウェイン協会

【国内学会】
Modern Language Association、American Studies Association、Mark Twain Circle of America

【学内委員】
早稲田大学男女共同参画推進委員2008年4月~現在
早稲田大学教育学部学生担当教務副主任2008年9月~現在