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鳥越 皓之(とりごえ・ひろゆき) 早稲田大学人間科学学術院教授 略歴はこちらから

「サザエさん」から地域コミュニティを考える

鳥越 皓之/早稲田大学人間科学学術院教授

 サザエさんの4コママンガが朝日新聞朝刊に登場したのは昭和26年です。そしてテレビのアニメとしてそれは今もつづいています。こんなに長く私たちの関心をつなぎ止めたマンガは希有な存在です。長くつづくには、社会の変化にキチンと対応して変貌をつづけてきたはずですが、その変貌を一手に引き受けているのがカツオだと私は思っています。つまりカツオのキャラが時代とともにある方向へ変化してきたのです。

カツオが表す先進的地域コミュニティ

 かつては、カツオは姉のサザエさんを困らせるいたずらっ子であるのが主な役割でした。そのカツオがどのように変わったのでしょうか。いたずらっ子という側面はまだ残っていますが、周りの人びとに心くばりをし、人と人とを結びつける役割を果たす比重がたいへん増えてきました。昔のサザエさんのマンガが、ほとんどサザエさん一家のことで閉じていたのに対して、後期のマンガや最近のアニメでは、伊佐坂さん一家やそれ以外の近所の人たちの登場する比重がたいへん高くなっています。その比重の高さを支えているのがカツオの活躍です。

 カツオは近所で人びととコミュニケイションをはかって、地域社会の交流の場を形成しています。それは孤独な老人であったり、タラちゃんと同じような幼児であったりします。つまり一言でいうと、新しいカツオの世界では、地域のコミュニティの世界が前面に出てきているのです。ここで、少し注釈を入れておく必要があります。サザエさんのマンガ/アニメの特徴は、いつもそのときどきに現代社会を反映させながらも、日本社会の国民の多数の人たちが占めている現実の生活そのままの忠実な反映ではありません。そんな生活は少数派でしかなくて、理想が入っています。サザエさん一家の「楽しい庶民の暮らし」は、東京都世田谷区という東京の山の手の暮らしであり、庶民といっても、サザエさんの夫、マスオさんは大学出(マスオさんだけが学歴が分かっている。二浪して早稲田大学に入った)でもあるのです。このサザエさん一家の姿は現実の反映よりも、10年ほど先を走っていると言っておけば分かりやすいかも知れません。現実そのものべったりよりも、みんなが実現できると思われる少し先を走っているのがマンガ/アニメのサザエさんの世界の特徴なのです。そうすると、カツオを中心にした地域コミュニティの姿は、現在ではまだ一部の先進地域でしかその姿を十分に表していないけれども、みんなができればそうなったらよいな、と思っている身近な社会の近い未来を表しているといってもあながち誤りではないかもしれません。

地域コミュニティ ≧ 国家コミュニティ

 少し大きな話になりますが、私たちはここ二百年ほどかけて、国民国家というものを造り上げました。それ以前は、ひとつの国家のなかに支配者層と被支配者層という上下の層が存在し、国家の運営は上の層の人たちの仕事で、多数を占める下の層の人たちにはかかわりのないことでした。ところが明治維新を経て、我が国にも曲がりなりにも国民国家が成立し、代議制度を通じて国家を運営する人たちを私たち有権者が選ぶことになりました。それが十全に確立するのは、論者によって意見が異なるかも知れませんが、私は第2次大戦後の民主主義制度の確立と考えています。

 初期のマンガ、サザエさんにはこの民主主義の自由な姿がよく現れています。しかしながら、この民主主義制度の行きわたった国民国家の充実だけで、私たちの社会はうまくいっているのでしょうか。必ずしもそうとはいえません。私たちは国家というものがしっかりすれば、それで自分たちは幸せになるという素朴な考えから脱しつつあります。国家に対置する地域コミュニティというものが私たちの視野に入ってきました。国家という遠いコミュニティではなくて、地域コミュニティという身近なコミュニティの充実の大切さを私たちは自覚し始めました。その場は、子どもたちにも高齢者にも外国人にもやさしい場なのではないかと感じはじめました。そこは私たちの生活の舞台であり、そこに私たち自身の将来を見据えた社会観や人間観が反映されるものである必要があります。学校だけに子どもたちを閉じこめるのではなく、施設や家族だけに高齢者を閉じこめるのではなくて、地域社会という舞台でいろんな人たちが場を共有する必要があります。研究者の間では、制度としては地方自治政府など、地域コミュニティの自立についての制度的なアイデアが出つつありますが、制度だけでなく内実が必要です。カツオがそうであるように、学校の成績だけではない別の価値観を基本においた人物の登場が望まれています。この価値観の問題をはやくからとりあげたのは民俗学者の柳田国男で、その価値観は教育観に出ているとして、学校教育のような自分の子どもが他人よりもよい成績をとることを望ましいとみなす教育(非凡教育)ではなくて、他者に対する慈しみなど、みんなが共有しなければならない教育(平凡教育)を深める必要があることを指摘しました。地域コミュニティはそのような教育を行い実践する場となるだろうと思います。カツオはそれをけなげに実践していると読み取れなくもありません。

鳥越 皓之(とりごえ・ひろゆき)/早稲田大学人間科学学術院教授

【略歴】

1944年生まれ。筑波大学大学院人文社会科学研究科教授を経て、2005年より現職。文学博士。社会学、民俗学、環境論などを専門とする。早稲田では、環境社会学、環境民俗学を担当。行政やNPOのリーダーたちと地域計画やまちづくりについて協議し、施策化することを仕事としている。最近は中国など東アジア各地や沖縄の湧水利用の調査をしている。

【主著】

『景観形成と地域コミュニティ』(農文協、2009年、共著)、『「サザエさん」的コミュニティの法則』(NHK出版、人間新書、2008年)、『花をたずねて吉野山』(集英社新書、2003年)、『柳田民俗学のフィロソフィー』(東京大学出版会、2002年)、『環境社会学の理論と実践』(有斐閣、1997年)、『地域自治会の研究』(ミネルヴァ書房、1994年)、『沖縄ハワイ移民一世の記録』(中央公論社新書、1988年)など多数。